021 散々な朝の幕開け
翌日私は、朝に屋敷を抜け出し街へ。
義母たちには風邪を引いたと嘘をつき、ミーアに朝食に参加できない旨を伝えてもらってある。
義母はいい顔しないと思うけど、ダミアンはきっと気にすることもないだろう。
むしろ一人分の食事が浮いて、よかったぐらいにしか思わないんじゃないかな。
朝霧が薄く立ち込める街中には、人通りはまばらだ。
しかし広場にたどり着くと、すでに支度を始めた店などから美味しそうな匂いが立ちこめている。
「お腹空いたわね」
朝早くの方が動きまわりやすいって思ったけど、まだどこも開いていないのね。
店が開くには、あと小一時間くらいあるだろう。
どこかでボーっと座っていてもいいけど、なんだかそんな気分にはなれない。
私はまるで引き寄せられるように、あの橋に足を運んでいた。
橋の上から川を眺める。
流れは見た目こそゆるやかだが、底は見えない。
落ちた時に思ったけど、結構深かったのよね。
「私、上手くやれてるかしら」
水面に映る自分を見つめた。
フードから覗く自分の顔にはあの頃あったバラ病のあざはなく、顔色だってそんなに悪くはない気がする。
だけど少し痩せたかな。
あの家のご飯って、商会よりもずっと質が悪く栄養もないのよね。
バラバラで食べている昼食や夕食に、あの二人はいいものを食べているんだろうけど。
私たちに回ってくる食事は、ほぼ野菜くずのような色のないものばかり。
肉なんて、ほとんど食べたこともない。
「いくら嫁憎しっていってもねぇ」
商会でのご飯が美味しいなんて思う日が来るとは、思わなかったわよね。
基本的に、あれはみんなで作っていたからなぁ。
大人数分を大きなお鍋で作って、みんなで食べる。
中にはちゃんと肉も入っていた。
ただまぁ、なんの肉かは考えないようにしていたけど。
でも大人数でワイワイと食べるのは楽しかったな。
「ミーアたちが屋敷に来てくれた以上、食事はどうにかしなきゃ」
昼と夜は基本的に厨房に残った食材で料理をしているけど、まず残っているものがすでに散々なのよね。
一人の時は気にしなかったけど、さすがにあの子たちがかわいそうだもの。
とりあえず今日は何かお土産でも買って帰ろうかな。
「あれ?」
ふと、橋の向こう側をあの豪華な役者の馬車が足早に駆け抜けて行くのが見える。
「あの馬車! ちょっと、動き出すの早すぎじゃない?」
昼くらいにはどこかの貴族の家にでもお金をせびりに行くかと思っていたけど、まさかこんな早朝に動きがあるなんて。
広場で何かを食べながら、馬車が通り過ぎるのを待っている計画が台無しだわ。
ひとまず追いかけてみるしかないわね。
私はかぶっていたフードがめくれないように、さらに深くかぶる。
そしてワンピースのスカートのすそがなびくのも気にすることなく、全力かつ気づかれないように距離を保って走り出す。
馬車って前方にしか人がいないから、こういう時は気づかれなくて便利よね。
にしても、人が走って追いつける速さではないけど。
体力には十分自信があったものの、街中を何区間分か走るとすでに息が上がってしまっていた。
膝に手をつき、私は肩で息をする。額からは汗が流れ落ちた。
もー、無理。走って追いかけるのはやはり限界ね。
馬車はさらに街の奥へと進んで行くのだけが見えた。
「でもあっちの方向って、貴族のお屋敷はないんじゃないかな」
街道とも貴族の屋敷がある方向とも違う道を、馬車はぐんぐんと進んで行く後姿だけが見える。
あきらかにこの先は貧民街であり、普通の人が踏み込んではいけない領域だ。
ここ帝都はたしかに他の都市などよりかなり発展しているものの、裏に入ってしまえばまた世界はガラリと変わる。
父に着いて何度か行ったことはあるけど、裏ギルドなど危ない組織が貧民街の奥に隠れているのだと教えられた。
もっともあの父にかかれば、貴族であっても裏ギルドであっても大差ないらしいけど。
あの人はすべてにおいて、規格外というかちょっとおかしいからね。
マトモな仕事だけであの人がここまで稼いでいるわけがない。
いつだってその後ろには、ああいった怪しい連中が見え隠れしている気がする。
もっとも彼らにとっても、父みたいな人は邪魔な存在かもしれないけどね。
「でも困ったわね。そうなると、私一人ではどうにもならないし」
父の手を借りるにはお金が必要になるだろうし。
もしあの売れない役者がそっち系な人だったら、迂闊に手を出せなくなるわね。
「もー。頭が痛い問題ばかり増えていかないでよ」
一つずつ片づけていきたかったのに、誤算だわ。
まぁいいわ。あの役者は後回しね。
先に愛人をどうにかする方が早そう。
「疲れた、お腹空いた。はぁ。なんて日なの、今日は」
とんだくたびれ儲けだわ。
私は遠くにかすむ馬車を一瞥したあと、元来た道を一人引き返した。




