017 妻としてのプライド
本邸にいる侍女とは、制服も何もかも違う。
きちんとした身なりだった。
ややふくよかであり堂々とするその様は、古くからこの屋敷に勤めていそうな人に思える。
のぞきが彼女に見つかったのは誤算だったけど、ある意味好機かもしれないわね。
ここで古くから支えている人間の話は、絶対に役に立つもの。
何とかして彼女から情報を引き出さなきゃ。
私はあくまで新人の侍女を装いつつ、おどおどとした感じで彼女に話しかけた。
「す、すみません。奥様に頼まれて、お庭の掃除をしようと思っていたのですが、掃除用具の倉庫がどこにあるのか分からなくて……」
「奥様? 掃除用具って、あなた……」
腰に手をあて、キツい赤茶色の目をさらに吊り上げる侍女。
かなり怪しんでいるようね。
まぁ、見たこともない侍女がこの離れに近づいてきているんだから、それもそうか。
ある意味この人は忠実な人なのかもね。
でもこっちだって、バレるわけにはいかないのよ。
「本邸にいらっしゃる奥様です……。その……大奥様より、掃除を奥様もするように申し使っていて。私たちはその手伝いなのです」
「ああ、大奥様のご命令なのね」
「はい、そうなんです。奥様にはこの家のためによく働くように、とのことだそうです」
「それで侍女までかり出しているの?」
「奥様一人ではどうにもならないとのことで、私たちはご実家より手伝いに来ているのです」
さも興味なさそうに、『ふーん』とだけ彼女はもらした。
でも今の話で何も疑問に思わなかったってことは、奥様が本邸にいることは知っているってことよね。
知っていて、この人は夫と愛人の世話をしている。
でもそれって、つまりは義母も知っているってことじゃないかしら。
いくらあの人が外には出ないような人だからって、同じ敷地内に愛人がいたらさすがに気づくわよね。
なんともまぁ、恥ずかしくないのかしら。
いくら私が初めから貴族ではないとはいえ、この屋敷中の人間たちが平民を……いえ、私を見下しているのね。
腹を立てるだけ無駄なのだろうけど、本当に人として腐ってるわ。
私は目の前にいる侍女に気付かれないように、そっとため息を吐いた。
「掃除用具の倉庫は、この中央の庭を抜けた先にあるわ。木で出来た納屋があるから、すぐ分かるはずよ」
侍女はめんどくさそうにしながらも、指で道を示してくれる。
掃除道具なんて必要はないけど、一応これで逃げ出せるわね。
こっちの使用人たちと顔合わせしていなくて助かったわ。
じゃなきゃ、私が奥様だってバレていただろうし。
「あ、ありがとうございます、助かりました。では行ってきます」
「ねぇ……奥様って、プライドがないのかしらね」
ぼそりと漏らしたその侍女の言葉に、私は足を振り返る。
どうしてこの場面でプライドの話に繋がるのか、私には分からない。
分からないけど、考えるよりも先に言葉が口をついていた。