016 美しき愛人
「ねぇダミアン、この前言っていたドレスの話はどぅなったのー? 王妃様が仕立てたお店と同じところで、作ってくれるって話ょ」
「もちろんわかってるよ、僕のかわいいアンヌ。だけど、今はまだ少し難しいんだ。もう少しだけ待っていておくれ」
「どうして? あの女を妻にしたら、まとまったお金が入るって言ったじゃないの!! だからアタシはダミアンと結婚ができなくても我慢したって言うのに」
屋敷の奥の離れ。
本邸から十分近く中庭を歩いて抜けた先に、半分くらいの大きさの白塗の離れがあった。
パッと見は、小さいのになぜか本邸より造りもしっかりしていて、綺麗だ。
もし売りに出されたら、こちらの方が小さくても新しくて綺麗だから値段がつきそうね。
そこの裏手の窓際にそっと近づいた私には、中から一際大きな会話が聞こえてきた。
甘ったるいながらも、かなり怒ったような女の声と、もう一人はたぶん夫ダミアンだろう。
愛人がいるのは知っていたけど、まさか離れに囲って堂々と、他の女と暮らしていたなんて思わなかったわ。
前は言いつけ通り、ここには近づかなかったからね。
確か相手だって、貴族令嬢よね。
夜会にも妻の代わりにって連れまわしていたし。
結婚もしていないのに、相手の親とかどうなっているのかしら。
声からすると、私と年齢もさほど変わらなさそうなのに。
いくら私と結婚する前から恋人関係だからって、普通の親なら反対するでしょう。
しかもダミアンは金持ちでもないわけだし。
あんな人の何がいいのかしら。
ある程度は予想していたけど、グズすぎるわ。
こんなことして、永遠にバレないとでも思っていたのかしら。
そうは言っても、三年間何も言えなかったのは事実だけど。
「僕だってお金のことさえなければ、あんな女なんかと結婚などしなかったさ。僕が愛しているのはアンヌだけ。知っているだろう?」
「分かっているけど、だったら! アタシのことを本当に愛して下さっているのなら、こんな離れで我慢している可哀想なアタシにドレスを買って下さいな」
私は気づかれぬように、そっと中を覗き込む。
真っ赤なドレスを着た愛人さんは、長いバイオレットピンクのストレートの髪と同色の瞳。
気は強そうだけど、それ以上に綺麗ね。
ソファーの上で夫にしなだれかかるその姿を、ほん少しだけ見ることが出来た。
「もちろん分かってるから、いい子だからもう少し待っててくれアンヌ……」
「ダミアン、アタシがどれだけ惨めか分かっているの? あの女のせいで、屋敷の中も自由に動き回れないのに……。夜会だって、あの女と行くのでしょう?」
「いや。彼女は平民だからね。そんな女を貴族の夜会になど連れて行かないさ」
そうね。一度だってあなたが私を外に連れ出してくれたことはない。
それこそ、夫はずっと私を使用人扱いしてきただけだったもの。
優しいのはその口ぶりだけ。
しかも優しい自分を演じているだけどいう、薄っぺらい男だったけどね。
「ちゃんと夜会には、いつも通り君を連れて行くよ」
「本当にぃ? でも大丈夫なの?」
「ああ、案は考えてあるから大丈夫だよ。誰にも何も言わせないさ。僕の愛しているのは君だけだからね、アンヌ」
「うれしい! アタシも愛しているわ、ダミアン」
貴族であっても、この国では重婚は認められていない。
だけど前回も金のために受け入れるしかなかった、可哀そうな男とその恋人を演じてたっけ。
金がないって言っている時点で、空しくないのかしら。
一応仮にも貴族なのに。
もっとも、この男爵家が困窮しているのは、みんなが知っていることだから関係ないのかな。
なんだかあまりの茶番を目の当たりにしていたら、不快な胸の奥から吐き気がしてくる。
何だが見ていただけで、ドッと疲れたわ。
少し部屋に戻って休みましょう。
私はクラクラする頭を抱え、その場をそっと離れる。
「あなたこんなところで何をしているの?」
そっと立ち去ろうとする私を、見たこともない一人の侍女が引き留めた。