表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/56

一章 6



まずは結論から言っておこう。

高階由良は確かに第八特務課に存在していなかった。


一日経っても二日経っても三日経っても高階由良が第八特務課のオフィスに姿を見せることはなかった。

ここまで来れば流石の私でも認めざるを得ない。

高階由良は本当にローレルを辞めたのだ。


いやなんで?なんで高階由良はローレルを辞めてしまったの?本当になんで?

私が知らないだけでローレルを退職する展開を含むシナリオが存在した?あり得なくはないけど、それってバッドエンドのシナリオなんじゃない?


……ここまでの経験から、私のたてた仮説が一つある。

それは高階由良が『紅が繁ぐ運命』をゲームオーバーしたんじゃないかというもの。

ゲームオーバーとは即ち何らかの要因でゲームが一時中断すること。今回の場合その要因とは本来恋仲となるべき攻略対象キャラクターの誰とも深い仲になれなかったというものなんじゃなかろうか。もっと端的に言えば、攻略失敗ということ。

これは本当に状況証拠でしかないんだけど、もし高階由良がこの第八特務課の誰かと恋人関係にあるのだったら彼女がレオーネを辞める理由がない。

早今転職はそう珍しくもない選択肢となったが、態々恋人や好きな人のいる職場を辞めようとは思わないだろうし。

でもな……高階由良は職場恋愛を厭っているタイプかもしれないし……単に家庭の事情かもしれないし……。


私ははあ、と溜息を漏らした。

高階由良がいなくなった理由を延々と考えていても仕方がない。

それが私にどんな影響を与えるか、私はそれこそを気にするべきだった。


『高階由良を探してください』


まず一つに、私が前世を思い出す契機となったあの手紙。あれの差出人が高階由良という可能性は完全に消えた。

一週間前に私が受け取った手紙を、一ヶ月前にローレルからいなくなった高階由良が書いたというのは時系列がおかしい。

でも、だとするなら、あの手紙は誰が書いたのか。確かなことはその差出人が私の転生を把握しているということだった。そうでなければ私と高階由良を結び付ける理由がないのだから。


そしてもう一つ、これは第八特務課の業務に関わることだ。詳しい説明は省くが、第八特務課の仕事は『血の特異性』を持っていないと殆ど成り立たない。

私は当然の如くそんなものは持っていない。そも『血の特異性』を有している人間など日本の人口の十%もいないのだから。

『奇跡の血』を有する高階由良は良い。だが、その高階由良が抜けて新たに入ったのが平々凡々な私では第八特務課全体が危ない。


私はもう一度はあ、と瑠息を吐き出した。

なんでいないの?高階由良~。

もう第八特務課に来てからずっと彼女のことを考えている。考えすぎて頭痛を引き起こすくらいにはずーっと。

貴女がいてくれるだけで状況は今より何倍だって良くなるだろうに。戻ってきて!カムバック!


「常盤さん、ちょっと良いですか」


その時私の身に降りかかってきたのはハキハキとして聴き取りやすい男性の声。高坂流亥の声だった。

弱冠十八歳にして国家公務員、超天才の帰国子女くんである。

その彼が私のデスクの脇に資料の束を片手で持って仁王立ちしている。


「はい、どうかしましたか?」

「どうかしましたか、ではありません。この資料、読めたものではないのですが」

「え!?」


高坂流亥の手に収まっているそれは確かに先日私が一部を担当した資料だった。


「これ縦列がずれているので全く別の表になっています。そもそも第二項目の内容がまるまる消えているのですが、これはなんですか?製本したのも常盤さんですよね?どういう設定にしたら片面印刷と両面印刷が混ざるんですか?」


高坂流亥の持ってきた資料を受け取って眺めると、確かに彼の言う通りの間違いが散見……というか寧ろ正しい箇所の方こそ散見されるような有様だった。


……これは酷い。

確かにここ数日間の私は高階由良に心を奪わ

れて仕事中も上の空だった。

内心では別のことを考えつつ仕事も処理するなんてマルチタスクをできるほど、今の私は有能ではない。

……完全完璧に私のミスだ。


「すみませんでした。すぐ修正します!」

「いえ、大丈夫です。僕がやっておきました」

「え!?あ、ありがとうございます!」


し、仕事はやぁ。流石だ、流石高坂流亥。


「……常盤さん、うちに来てからずっと仕事に集中していませんよね?それで結果が出ているなら良いですが、こんなことが続くなら迷惑でしかありません」

「す、すみません……」


高坂流亥の怒りは尤もで、私はペこぺこと頭を下げ続けた。


「常盤さんはキャリアだと聞きましたが、本当ですか?急な異動で一悶着あったという話も聞きましたけど、もしかして手を抜いているんじゃないですよね?」

「ええ!?いやいや、まさか!!」


それはない。誓ってもそんなことはしない。常盤めぐりのためにも、そんなことは絶対に。


「そうでないのだとしても、そういった誠意のない言動ではこちらも貴女を信用することはできません。ミスもそうですが、その浮ついた態度も早急に改善してください」

「しょ、承知しました……。すみませんでした……」


こ、怖い!高坂流亥、怖い!

理路整然と正しさを振りかざす彼は、法服を着た裁判官のようだった。私を断罪し、懲らしめる正義の味方。


高坂流亥はすみません、と繰り返す私を冷ややかな瞳で見つめる。

彼は軽く溜息を吐くと更に言葉を重ねようとその唇を__


「はい、そこまで!流亥~、常盤さんの教育係は俺なんだから勝手に仕事盗られると困るなぁ」


私と高坂流亥の間に手を割り込ませ、口を挟んできたのは間島レイヤだ。

た、助かった……。いや、私情で仕事に影響を及ぼした私が全面的に悪いのだけど……。

怒られる時間が短くなることは良かった、と思わざるを得ない。

反省はしている。改善する気もある。

それでも純粋に湧き上がってくる怖いという感情から解放されるのは嬉しかった。


「別に盗ったつもりはないですが……間島さんがしっかり指導してくださるのなら、僕から言うことはありません。でも、間島さんはいつも甘……」

「あーはいはい。流亥はいつも三言くらい多いんだよ~」

「は!?僕は必要なことを……」


高坂流亥は間島レイヤに引き摺られてデスクへ戻っていった。

その後すぐに間島レイヤが引き返してくる。


「流亥の言ってたこと、あんまり気にしないでね。あいつと上手くやってくコツは話三分の一くらいに聞いておくことだから」

「ありがとうございます。でも、発端は私のミスですから高坂さんの仰ったことも受け止めて改善していきます」

「そう?偉いねー。ま、常盤さんはうちに来たばっかりなんだから多少のミスは仕方ないと思うよ」


……あれは多少ではなかったような気がするけど、まあ良い。

なんというか、飴と鞭がはっきりしすぎている。

高坂流亥と間島レイヤ、二人を足して二で割ったらちょうど良さそうだ。


「でも、常盤さんがここに来てからずっと心ここに在らずって感じなのは俺も思うかな」


わ、私そんなにわかりやすいかな……?

うーん、これはいけない。ここまで色んな人に心の乱れを察されているのはいただけない。

取り敢えず今日から余り高階由良のことは考えないようにしよう。

いない人物に思いを募らせて今共に過ごす人たちに迷惑をかけるのは下の下の行為だ。

そもそもこのままでは私の当初の目的であった常盤めぐりのために仕事で成功するという目標も達成できるか怪しいではないか。


「すみませんでした。最近少し気に掛かることがあってそちらに意識を向けがちだったもので。でも、これからはしっかり仕事第一で頑張ります!」

「気に掛かることって由良ちゃん?」

「ええっ、なんでそれを!?」


いや本当になんで間島レイヤがそのことを知ってるの?

もしかして間島レイヤはエスパー?あなたの考えていることはなんでもお見通しですよ……みたいな特殊能力でもお持ちなんだろうか。


「いや、三保さんから聞いたんだよ。常盤さんが由良ちゃんの話を聞いて以来様子がおかしいって」


み、三保瑛人にもバレてたの!?

みんな察しが良いな……この分だと水瀬燈真にもバレていそう。まあ彼は課長という職務柄、課の人たちをよく見ているから当たり前かもしれない。

だけどまあ、流石に残る最後の攻略対象キャラ、神楽・エヴァンズにはバレていないだろう。碌に喋ったこともないし……。


「俺と水瀬さんと神楽でどうにか元気付けれたら良いねーって話してたんだけど、もう必要ないかな?」


……うん。そういったご配慮はとても嬉しいんですけど、神楽・エヴァンズにもバレてたのね。

なんか、すごい恥ずかしい。……穴……穴はどこですか……。私が入れるくらいの穴を探しています……。


「あの、色々とお気遣いありがとうございます……。でもあの、本当に大丈夫ですので……」

「そっか。じゃあそう言っとくね。……あ、そうだ。その件で言いたいことがあったんだった」

「その件、ですか?」

「そう、由良ちゃんの件。今度ね、由良ちゃんがここに来るんだよ」


はい?なんか急に流れが変わったぞ?


「来週の月曜日に、うちに置いてっちゃったものを回収しに来るんだって。由良ちゃんも忙しいっていう話だったから一瞬しか会えないかもだけど、一応ね」


え、え、え、私高階由良に会えるってこと???

やった!嬉しい!聞きたいことは沢山ある。富士山を超えてチョモランマくらいまで、言いたいことが積もりに積もっているのだ。


「月曜日ですね。時間は何時ごろですか?」

「正確には決まってないけど、朝早い時間だって」

「了解です!ありがとうございます!五時に来ます!」

「それは流石に門開いてないんじゃないかなあ」


そうだとしても!寝坊して会う機会を逸するより断然マシだ。なんなら寝坊しないために徹夜をするのもアリ。……でもそんなことをしていざという時に質問内容が飛んだらどうしよう。そこはカンペを作れば良いか?来週までに書き切れるだろうか。分厚さが京極夏彦並みになる気がする。いやでも念には念を入れないと……。


「常盤さん?常盤さーん?……あれ、また心ここに在らずって感じになっちゃった……由良ちゃんが来るって言ったの逆効果だったかなあ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ