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一章 4



ね、眠い……。眠すぎる……!!


私はキーボードの上で指を乱舞させながら必死に睡魔と戦っていた。

私の特務課への異動も明日に迫った今日、総務課での割り当ての仕事をなんとか終わらせようとしている。

いるのだが、これが全然終わらない!

異動が決まった日から特に手を抜くこともなく、寧ろ必死こいて仕事に打ち込んできた割に全く終わってない!

いや、これにはちゃんとした理由があるのだ。聞いてほしい。


今一度確認しておくが、常盤めぐりはキャリア官僚なのである。

そしてあの課長から堂々総務課自慢のルーキーと言われている。

それは決して課長のお世辞なんかではないってことが、この一週間程度でよーく分かった。


めぐりちゃんはきっと仕事が出来すぎる……!

私が終わらせねばならない仕事は明らかに尋常ではない量だった。

私の要領が悪いとか、私がこの仕事に慣れていないとか、多分そんなことに関係なく常盤めぐりに振られた仕事の量は誰が見ても膨大すぎた。

確かに出来なかったからといって組織運営に致命的な打撃を与えるような仕事は含まれていないのだとは思う。

それでも新人に任せる仕事の量じゃねえ!というのが私の正直な所感である。

一応前世の私の方が社会人経験は長かったはずなんだけどな……。

ちょっと……いや、かなりショック……。


だからといって……!だからといって、私は諦めるわけにはいかないんだ!

常盤めぐりの薔薇色の未来のために!私は頑張ると決めたんだから!

私が全てを終わらせるんだ!うおおおお!


燃え滾る内心とは裏腹に生気を失った私の目は、机の上に堆く積まれた資料の束を捉えていたのだった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「終わった〜〜〜!!!」


私は小指でぱちんとエンターキーを弾く。

これで正真正銘私の総務課での役目は全て完了したわけだ。

椅子の背もたれにだらしなく体を預け、思いっきり酸素を吸い込んだ。

定時などとっくのとうに過ぎて、オフィスの窓からは絢爛たるビル群の光が宙に浮いたように見える。


「常盤、お疲れ」

「課長!」


どこからともなく現れたのは我が総務課の長であった。

びっくりした。課長は、というか他の人たちは全員既に帰宅したものと思っていたから。


「まだいらっしゃったんですね。お仕事ですか?私でよければお手伝いしますが……」

「いやいや、仕事はもう終わってるよ。今日は常盤の総務課勤務最終日だろ?課長として見届けねばと思ってな」

「え、そうだったんですか。すみません、こんな夜遅くになってしまって……」

「そこは謝るとこじゃないだろ。人は謝られるより感謝される方が嬉しいもんだぞ?」

「……本当、課長の仰る通りですね。ありがとうございます、私のためにわざわざ」

「良いってことよ。……常盤、今時間大丈夫か?」

「はい?えっと……はい、大丈夫です」


時刻は九時を回ろうかというところ。

それなのにまだ用事があるのだろうか。


「こっち来てくれるか?」


そうして課長が目配せしたのは総務課オフィスと直通の談話室だった。

談話室なんてローレルに入ってついぞ、といっても三ヶ月程度だけど、使ったことがなかった。

そんなところになんの用だろう。


談話室に向かって歩みを進める課長に私はちょこちょことついていく。

課長が談話室に繋がる扉に手を掛けて、ドアノブを回した。


「めぐりちゃん〜〜!!!」

「うわっ、麻生!?」


開かれた扉の先から飛び出してきたのは、同期の麻生だった。

いやなんで麻生?

確かに麻生とめぐりは同期の中でも特に仲が良かったけど、なんで今?


「早く中入って!!」


麻生はそう言うと私の腕をぐいっと引っ張った。

その勢いにつられて談話室の中に身体を飛び込ませると、そこには___


「「「めぐりちゃん、お疲れ様〜!!」」」


総務課の中でも特にめぐりちゃんが仲良くしていた人たちがいた。


そこで私は状況を理解する。

要するに、これは送別会ということか。


「いやマジでお疲れ!てか仕事手伝えなくてごめんね。謎に締め切りラッシュでさ」

「特務課行っても遊びに来てよ〜?めっちゃ待ってるから!」

「はい、これプレゼント!フォションのアップルティー飲みたいって、この前言ってたでしょ?」

「あ、ありがとうございます!!」


私はあっという間に取り囲まれた。

みんな好き勝手に話すせいで私の気分はさながら聖徳太子である。

私はそんな一人一人に対応しながら考える。


しかしまあ、めぐりちゃんは慕われているんだな。慕われているというか、可愛がられているというか。

参加者は同期も先輩も男女も関係なく満遍にいるようだった。

これは総務課の結束が他所に比べれば強いというのもあるだろうけど、めぐりちゃんの人望だって馬鹿にはできない。


総務課は本当に良い職場だったんだろうなと思う。

これだけ和気藹々として暖かいのだったら、否が応でもそう感じる。

そんな心地の良い環境を紙切れ一枚で奪われてしまった常盤めぐり。

きっと彼女も悲しんでいるだろうなと思う。


「本当に……ありがとうございます……。マジで不甲斐ないやつでしたけど……」

「めぐりちゃん、泣いてる!?ちょっとちょっと、ティッシュ持ってきてー!」

「うおーーーん!俺も泣く!!」

「いや、あんたは泣かんで良いかな……」


私の目に涙が浮かんだのは常盤めぐりの意思の為せるわざだ。

流石に一週間の思い出で泣けるほど、私の感受性は高くない。

でも多分、常盤めぐりは今悲しいだろうから。

私が泣かないで他の誰が彼女のために泣けるというのか。


「皆さん、本当にありがとうございます。私、総務課に来られて幸せでした」


私は常盤めぐりを蔑ろにしたくはなかった。



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