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二章 3



私はパソコンのモニターを眺めつつ欠伸を噛み殺す。

昨日の夜は引越しの荷造りで遅くまで起きていたから、満足な睡眠が取れていないのだ。

そうでなくても先日の出動の疲れが残っていると言うのに。


今日は残業だな……。

私はパソコン脇に貼った付箋をちらりと見て溜息を吐く。

そこには今日やるべきタスクが羅列されていて、拳ほどの大きさの紙を隙間なく埋め尽くしていた。

なんか……もうちょっと手加減というものはないのか……?

私だって出動の後遺症がね、まだ完全には癒えてないんですよ。全身筋疲労中なんです。

ちょっとさ……ほんのちょっとで良いから仕事、減らしてくれたら助かるんだけどなー……。


なんて、泣き言ばかりも言っていられない。

私に多くの仕事が降りかかってきているのはそれこそ出動が関係している。

作戦は敵陣に乗り込んで犯人を捕らえれば終わりってもんじゃない。その後にも色々やらねばならんことはある。

それをみんなはやってくれているということだろう。

私は今回そういう後処理には関わらなくても良いよってことになっているのだ。だって新人だし。

みんなが実働方面で頑張ってくれている分、私はとにかく事務をこなさなければならない。

それに、完全に忘れていたんだけど、そういえば一応私はキャリア組なんだよね。

キャリアが事務仕事もできないでどうすんねんという話だ。

よし!頑張ろう!

私はカタカタとキーボードを叩く。


そうして時間が過ぎて午後となった。

午後からは何やら、特務課全員が実技演習場に集まるらしい。何するんだろう。


ということで、やって来ました実技演習場。

相変わらず名前の大層さに比べるとちゃっちい印象が拭えない。

高坂さんは三保さんと、間島先輩は水瀬さんとそれぞれ話し合っている。

だから必然、私は神楽くんと話すことになった。


「これから何するのか知ってる?」

「仮想訓練だ」

「か、仮想訓練?」


なんじゃそりゃ。ただの訓練じゃなくて?

仮想って……敵を仮想するってこと?どうやって?


神楽くんの言葉に私が疑問符を浮かべていると、水瀬さんから招集がかかった。

私たちはちょっと駆け足で水瀬さんの元に駆け寄る。


「今日は仮想訓練を行う」


水瀬さんは捲り上げられた袖の形を整えながらそう言った。

あ、やっぱり本当に仮想訓練なんだ。

仮想って……どういうことなんだろう。


「先日の出動は概ね期待通りの結果になったが、それと同時に色々な問題点も見えてきた。今日は仮想訓練を通してそれを改善していきたい」


はえー、なるほど。問題点を改善ね。偉い。

で、問題点って具体的にはなんだろう。

みんな文句なく強かったと思うけどな。


「三保さん、どうでした?今回の編成は」

「相変わらず火力不足だな。それに高階が抜けた穴が思った以上にでかい。攻撃の役割が間島に集中してるのも、神楽が前に出なきゃいけないのも、燈真の負担が重すぎるのも全部どうにかした方が良い。な、高坂」

「そうですね。僕も三保さんと殆ど同じ意見です。少なくとも神楽は後ろに下げるべきだと思います」

「えー、俺一人はきついよ。火力足りないなら神楽も前に出すべきなんじゃないの?」

「……俺が前に出ても、水瀬さんの負担が増すだけだと思います」

「あー、なるほど?」


はっはあ、そういうことか。


高階由良がローレルを辞めたのは二ヶ月ほど前なはず。要するに、第八特務課がこの編成になってから二ヶ月ということだ。

高階由良の『血の特異性』の実力が如何ほどかは知らないが、殆ど置物の私に比べれば戦力になっていたことであろう。


慣れない編成に単純な人員の減少。

今の第八特務課は絶賛戦力不足!ということだろうな、きっと。


「じゃあ、どうするんすか?八方塞がりじゃないですか」

「いや、高階が抜けた分は新しく入ってきた奴が埋めるもんだろ、普通」

「…………」


三保さんの言葉に、私はさっと半歩後退った。


ははは、いやあ、まあね?そうですよね。

だってみんな頑張ってるもん。第八特務課は全員が自分にできることをしてると思う。

私を除いて。


みんなの視線が私に向いているのがわかる。

みんなも私とおんなじこと考えてるよね。

そりゃ私をいつまでも後詰めだとか後方支援だとかにしておく訳にはいかないですよね。


「常盤、お前今度の出動では前衛に出ろ。良いな?」

「いっ、えっ、私がですか……」


良いな、じゃないよ三保さん。全然良くない。

何が具体的に良くないかっていうと、私が前に出たら十中八九死ぬってことだ。

いの一番に、先陣を切って、誰より早く死ぬよ。


「理想は常盤さんが攻撃に回ることですね。間島さんと常盤さんで攻撃が二枚になればかなり楽になると思うんですが」


高坂さん、なかなか無茶なこと言うね。

私が攻撃だって?今のところ肉壁にしかなれなさそうだよ、私は。


「常盤さんが防御っていうんじゃ駄目なの?危なくない?」

「常盤さんに防御はちょっと……。単純に物量が足りない気がする」

「そう……ですね。めぐりが守るのはちょっと心許ない」

「それ言ったら攻撃に回ったって物量は足りないだろ」


ちょっとちょっと、私散々な言われようじゃない?全部当たってるけど!!


うう……前に出るのは怖いけどみんなの役に立てないのは嫌だ……。

こ……これは腹を括るしかないのか!?私が特攻部隊になりますっていうしかないのか!?


「常盤さんと間島が前で……僕が後ろ……。……まあ、取り敢えずはこれでいこう。神楽は一旦抜けてくれ。高坂、いつもの設定で頼む」

「了解です」


私がぽけーっとしていると水瀬さんが次々に指示を飛ばす。


え、もしかしてもう訓練始めちゃう感じ?

無理無理!私死ぬってマジで!


私が右往左往していると間島先輩と水瀬さんが私を手招きしているのが見えた。

私は慌てて二人に近付く。


「常盤さん、ひとまずは第一系統の血だけを使ってみてください。動きは間島の指示に従って、それ以外は何もしなくて大丈夫ですから」

「あっ、はい……。いや、あの、これから何を……」

「あれ、常盤さんって仮想訓練初めて?」

「はい……」

「ああ、そうでしたね。仮想訓練というのは___」


水瀬さんが話してくれたことを纏めると、仮想訓練には相手に幻覚を見せることのできる、第三系統である繁町の『血の特異性』を使うらしい。

第三系統の血によって生み出された幻の敵、そして環境を攻略する過程を訓練とする、ということだ。

幻覚って……。『血の特異性』ってのはなんでもありすぎるな。


水瀬さんの解説が終わるとすぐに仮想訓練が開始された。

高坂さんが第三系統の血を使って敵の幻影を生み出す。


サロン○スのCMに出てきそうな人形が、私たちの前に三体現れた。

完全にマネキンと違わないそれは、しかしぬるぬるとあたかも人間のような動きで戦闘を開始した。

うわっ、なんかキモい。CGで動かしてるみたい。いやCGを貶してるんじゃなくてね。

そしてその人形たちは『血の特異性』を使ってこちらに攻撃してくる。


「うひゃっ」


私の周りに氷の弾丸の雨が降ってきた。

いやいやいやむりむりむり。助けてマジで怖い死ぬ。


そう思っていると今度は私を守るように氷のドームが作られて弾丸の雨を防いでくれた。

これは多分水瀬さんがやってくれたんだ。

彼は今、私と間島先輩を俯瞰するように一歩引いて陣を構えているから、こちらからは水瀬さんの詳細な動きはわからないんだけど。


私が敵の動きに立ち竦んでいる間に、間島先輩は霰や氷柱をびゅんびゅん飛ばして攻撃していた。

強くない……?先輩めっちゃ強くない……?

圧倒的才能差を感じる。


いや、あの、うん、それで、私はどうしたら良いんだろう。

間島先輩の指示に従え、とは言われたものの……。

私がそう考えていると間島先輩がこちらをちらりと振り返った。


「常盤さん!あいつらの進みそうな方向に氷飛ばして!テキトーで良いから!」

「は、はい!!!」


いやテキトーって言われてもね!

間島先輩はセンスでどうにかなるかもしれんけど、私はそうじゃないんだからね!?


そうやって心の中で文句をぶつくさ垂れつつも、試験管を構えて第一系統の血を使う。

私は水瀬さんや間島先輩みたいな規模では氷を操れない。

だけれども、戦闘に於いては規模だけが勝敗を決めるものとはなり得ない。

いくら小手先と言われようと細かな技術は立派な戦力となり得るのだ。

私は宙に数個の氷玉を作って、敵の進行方向へ妨害をするように発射した。

それは概ね期待通りの射線を描き、敵のサロン○スは大きく後ろにのけぞる。

間島先輩はそこを狙い撃って相手を氷漬けにした。


……先輩の敵の捕獲方法って毎回、相手を氷漬けにすることなんだよね……。

先日の出動の時から思ってたんだけど、この方法どうにかならない?絵面が結構残酷だ。


「常盤さん!続けていきますよ!」

「へ?は、はい!!!」


後ろから水瀬さんの声が飛んでくる。

それと同時に次なる敵の幻影が生み出された。

なんでか知らんが今度は、真実はいつも一つ系名探偵の犯人みたいな人形が現れる。

そこで敵のデザインを変える必要性はあったのか……?


ていうか容赦なしかよ。

ちょっとは休ませて欲しかった……。


なんて、この時の私は甘すぎたのだ。

その後も敵を倒してはまた別の敵が現れ、私はずっと『血の特異性』を使い続けた。

一時間半ずーっと。

長いって。みんなは体力底なしか?それとも男女の差なんだろうか……。


「はあっ……はあっ……」


私は膝に手をついて肩で息をする。

もう無理、マジで疲れた。流石にもう打ち止めだよね?そうと言ってくれ、頼むから。


「常盤さん大丈夫〜?」

「常盤ー、死んでないなー?」


間島先輩と三保さんの声が左右両方向から聞こえてきた。


「だ、だい、だいじょ……大丈夫でぜえぜえはあはあ」

「全然大丈夫じゃないじゃん」


私がその場から一歩も動けずにいたのでみんなの方から集まってくれた。

ごめんなさい……。でも本当マジで動けない……。


「常盤、お前体力ないなー」

「ずみまぜん……。大学時代に動いてなさすぎました……」

「サークル何やってた?」

「オケです……」

「あー、そりゃ動かんな」


三保さんが少し揶揄うようにそう言った。

いや、私の体力がないのもあるかもしれないけど、普通にみんなが動けすぎるんだよ。

私だって最近はランニングとかしてみてるんだから。


「もっと体力付けろ、体力」

「それを一番消耗の少ない三保さんが言っても説得力ないですよ。まああるに越したことはないですが……。一番の問題点はそこじゃない」


水瀬さんが真剣な顔をしてそう言った。

ああ、そうだった。ちゃんと反省しないとね。振り返りは大事です。


「高坂、神楽、どうだった?良い点でも悪い点でも遠慮なく言ってくれ」

「そうですね……」


高坂さんが顎に手を当てて考え込む。

そうして数瞬の後に彼は私を真っ直ぐ見つめる。


「想定よりは悪くないです」


おお!なんか高坂さんにしては優しい物言い!

まあ私は頑張ったからね?当然の成り行きかもしれないけどね?


「でも血の切り替えは遅いし棒立ちだしコントロールも甘いですね。水瀬さんの防御に頼りすぎですし、偶に動きが間島さんの射線に入っていることがありました。でも、悪くはなかったですよ」


……高坂さん……。

最後の取ってつけたようなフォローはあんまり効果がないかもしれないよ。その前が辛辣すぎる。

いや、なにも理不尽なことは言われてないんだけどね。


そんな高坂さんの口ぶりに神楽くんが苦笑いしていた。


「……俺の言いたいことは流亥に言われてしまったので……。特に気になったことを言うなら、血の切り替えが遅いことです。あれでは攻めるにも守るにも間に合わない」


はあ、なるほど。切り替えか。

確かに難しいんだよなあ、切り替えって。


ある系統の血から別の系統の血に移る時、そこには少しの抵抗が働く。

例えるなら同じ投擲にしてもソフトボールを投げるのかハンドボールを投げるのか、はたまた槍を投げるのかでコツが異なる、みたいなそんな感じだ。

しかも『血の特異性』の場合、その違いが抽象的であるため困る。


「それに実戦では間島先輩の指示だけを待っているわけにもいかない。切り替えだけに集中できるわけじゃない」


確かに……。

今の仮想訓練では私は殆ど間島先輩の指示通りに攻撃していただけだったからな。

でも本番もそうであるわけじゃない。

先輩にだって私の分の負担まで背負う義理はないし、私だって先輩におんぶに抱っこでいたいとは思わない。


「二人とも、ありがとう。じゃあ常盤さんの目下の目標は切り替えをスムーズに、かつ素早くすることかな」

「はい!わかりました!頑張ります!」


よーし、頑張るぞー!

そうしてみんなの役に立つ人材になるんだ!それに絶対死にたくない!


「切り替えもですけど、戦術も同時並行で詰めないと結局は使い物になりません。こちらから助言もしますが、自分で間島さんの動きを見て理想系を固めるようにしてください」


高坂さんが真剣な声音でそう言った。


戦術……戦術かあ……。

そんなものが私の人生に於いて必要となる日が来るとは……。

どうやって戦術なんて身につけたら良いんだろう。先輩をお手本にするって言ったって、私と先輩だと前提が違いすぎるしなあ……。

だってあれだけ『血の特異性』を使える人と私なんて、戦術面に於いて重なる部分数パーセントくらいじゃない?

うーん……戦術……戦術かあ……。

戦術……戦術……。


「じゃあ私、孫子読んできます!」

「は?」

「いや、勿論孫子だけじゃなくて呉子とか六韜とかも読んできます!本当なら武経七書全部読みたいくらいなんですけど、流石に次の出動までには厳しいと思うので……。でもできるだけ読んできます!頑張ります!」


戦術といえば兵法書だよね!

そりゃ孫子や呉子に『血の特異性』のことなんて書いていないけど、先人の知恵は偉大なんだから。全ての戦術道は孫子に通ずなんだから!

そもそも私は戦術について基本のきすら知らない状態なわけで、それなら寧ろ広範な戦いに関わる知識をつけた方が良いんじゃないかな、多分!


「家帰ったら通販で買いますね!」

「いや、それは努力の方向を間違えていると思いますけど……」

「え?高坂さん何か言いました?」

「あ、い、いえ、なんでもないです。まあ、やる気があるのは良いことですから……。多分無駄にはならない……かも……」


高坂さんはなんだか苦々しい顔をしてそう言った。

大丈夫だって!孫子を信じるんだ、高坂さん!孫子最強!


ということで、帰宅したのち私は宣言通りにアマ○ンで孫子を購入したのだった。



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