二章 1
暗闇の中でブルーライトだけが私を照らしていた。
スマートフォンから放たれるそれは今も私の目を犯し続けている。
『お盆、いつ帰ってくる?』
メッセージの差出人は母だった。常盤めぐりの母。
常盤めぐりは今現在一人暮らしで、隣の県に住む家族とは離れて生活をしている。
東京から彼女の実家までは在来線で一時間くらいだから、その気になれば今日明日にだって帰ることができた。
常盤めぐりは家族を愛している。
彼女の人生の中心には常に家族が据えられていたし、彼女の行動原理はいつも家族の幸福を叶えるためのものだった。
だから私も常盤めぐりの家族を___私の家族を愛さねばならない。
今の私にも家族を養うために働こうという気持ちは確かに存在している。家族には幸せになって欲しいし、楽しく暮らして欲しい。
でもそれと、私が実際に家族に会うということは全く訳が違った。
私が常盤めぐりの___私の家族に会ったとして、私は一体どんな顔をすれば良いのか。どんな顔をしてあの人たちの前に出れば良いのか。
笑えば良いの?貴方たちを愛していますと、そう言えば良い?
私はあの人たちから常盤めぐりを奪ったのに?
私は常盤めぐりの家族に幸せになって欲しいと思ってる。それは絶対嘘じゃない。
だけど、それはあくまで『常盤めぐりの家族』に対してなのであって『自分の家族』に対してじゃない。
あの人たちにとっては私こそが、私だけが常盤めぐりなのに。
わかってる。だから、私は常盤めぐりにならなきゃいけない。前世を忘れて、純粋な常盤めぐりにならないといけない。
びこん、と音がしてスマートフォンが震えた。
新しいメッセージが来たのだと、目の前の端末は控えめに私に告げている。
『今週の日曜空いてる?』
それは麻生からの連絡だった。
麻生というのは常盤めぐりの大学からの友人でローレルの同期。
私が特務課に異動になる前は同じ総務課で働いていた。
麻生と常盤めぐりは本当に仲が良かった。
気の置けない関係と言い表すのが最も適していて、お互い親友と呼んで憚らないほど。
正直、私はこの麻生をこそどうやって扱って良いのかわからない。
扱う、という言い方は良くないな。麻生とどうやって関わっていけば良いのかわからないのだ。
家族は生半可な繋がりじゃない。血は水よりも濃い。日本は戸籍制度でもある。
でも、友人関係は違う。友人なんてものは任意の関係性だ。どこに明記しないといけないということもない。
だから、私は麻生から容易に逃げられる。
いつでも麻生と他人になれる。
家族と友達。
常盤めぐりが築き上げてきたものは、私にとってなんなのだろう。
常盤めぐりの積み重ねは彼女のものであって、絶対に私のものではあり得ない。
私だって彼女の経験をそっくりそのまま全て自分のものだとは、自分が見て感じてきたものと完全に一緒だとは思うことができない。
私にとって常盤めぐりの人生を知ることは映画を見ているのとそう違わない感覚だった。
感情移入はできる。心情を理解して共感することはできる。
でもそれは、結局他人の感情以上のものではない。
私はスマートフォンの画面を伏せてベッドの上に置いた。
返信、明日でいいや。
私は結局のらりくらりと逃げているだけだった。