一章 20
「というわけで高坂と常盤、二人で経理課に行ってきてくれ」
そう言ったのは三保瑛人だった。
苦笑いして椅子に座っている水瀬燈真の横に仁王立ちをして、彼は居た。
「というわけで、と言う割に何の脈絡もないと思うのですが」
「高坂、そういう細かいところは気にするな」
私の隣に立つ高坂流亥の言う通り、三保瑛人の発言は前後の文脈を全く無視した突拍子もないものであった。
今週末の出動に関する作戦の説明が終わって数十分後。
私と高坂流亥は私の特訓のことについて水瀬燈真に呼び出され今日のスケジュールを変更する旨を伝えられた。
午前はデスクワーク、午後は三保瑛人との特訓。元々予定されていた高坂流亥との特訓は中止にすると。
三保瑛人の発言はその直後のものである。
同じく業務の連絡であるから、という脈絡なのだろうか。まあ仕事の話であるだけマシな脈絡かな。
それでも、何故私と高坂流亥が態々二人で経理課に赴かなければならないのだろうと言う疑問はある。別にどちらか一人が行けば良いんじゃないの?
「経理課に、というお話ですがそれなら僕一人で行ってきますので常盤さんは……」
「ふっ……そう言うと思っていたぞ、高坂。どうやら俺の計算に狂いはなかったようだな……」
「計算というか、経験則ではないでしょうか」
高坂流亥……そんなにはっきり言ったら三保瑛人が可哀想でしょ。なんか今はテンション高いみたいだし、そのままそっとしておいてあげようよ。
「二人とも、そんなに冷たい目で三保さんを見ないであげてください。三保さんはいつもおかしいですが、今日は特に変というだけですから」
「燈真はなんでそんなに俺に対して冷たいんだよ」
「それはまあ、色々と積もるものが……」
「積年の恨みか……じゃあしょうがないな」
第八特務課って仲良いね、本当。
職場って普通こんなに仲良くなるものなの?少なくとも私の前世はこんなに賑やかじゃなかったけど。でも第三総務課も仲良さそうだったもんなあ。私の前世がイレギュラーだったんだろうか。
「まあ冗談はさておき、経理課へは二人で行ってくれ。二人であることに意味がある」
「意味とはなんでしょうか」
「それは.....まあ色々だ。今度の出動にも必ず役に立つ」
高坂流亥が疑い深く三保瑛人を見つめる。正直私も同じ気持ちだ。
いくら提案を通したいからといってそれは流石に誇張が過ぎるのでは、と思う。
高坂流亥は説明を求めるように水瀬燈真に視線を移した。
水瀬燈真の方は困ったように笑って、少しの逡巡の後に口を開く。
「常盤さんの経験を積むため......というのでは駄目かな」
明らかに嘘だった。水瀬燈真もなのね。なんで二人とも真意を隠すような真似をするんだろう。
多分高坂流亥も同じようなことを思っているのだろう、彼は憮然とした面持ちで、でも渋々頷いた。
「承知しました。どういった用向きで__」
高坂流亥が業務内容の確認を始めたので私も耳を傾ける。
彼が良いというのであれば、経理課に二人で行くということに私からの否やはない。
私は真面目に話を聞きつつ頭の半分で、道中高坂流亥とできる他愛もない話を必死に絞り出していた。
仕事の話だけでは間が持たないだろうと思ったのだ。
しかしまあ、これが全く思い浮かばない。
出てきたのが天気の話と気温の話だけ。
自分の会話のバリエーションの少なさに嘆息する。
もっと気の利いた話ができるようになりたいものだ、切実に。