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一章 19



週が明けて月曜日。

月曜日というのは無条件に憂鬱になるものである。別に第八特務課が職場として嫌だ、とかではなく。

しかし今日はそんな悠長なことを言っていられない状況であった。


「今日は土曜日の出動について、作戦の共有をしたい」


水瀬燈真が開口一番そう言った。

今日の業務時間は始まったばかりでこれから朝礼だと思っていたのだが、何やら今日は趣が違うらしい。

私がいつもの朝礼の通りに自身のデスクに座っていると、みんなゾロゾロ動き出した。

え、なになに?どういうこと?


「ん?ああ、今日は向こうで話だ」


私の疑問の視線に気が付いた三保瑛人がオフィスの反対側に向かって顎をしゃくった。


向こう、と三保瑛人が言ったのは第八特務課のオフィスの出入り口から私たちのデスクに向かうのと反対側にある謎のスペースだった。

真ん中の机を取り囲むようにしてホワイトボードと椅子が並べられているが、今まで誰も使っているところを見なかったので疑問に思っていたのだ。

漸くあの謎スペースの真実が明かされる日が来たのか……と私は特に深くもない感慨を抱いた。


なんて冗談は良いとして、謎スペースに足を踏み入れた私はホワイトボードの正面に位置するソファに座る。

ホワイトボードの前には水瀬燈真が立ち、それ以外の面々はみんな椅子に腰掛けている。

因みに私のソファは二人掛けであり、隣には高坂流亥が座った。ちょっと緊張。


水瀬燈真はみんなが集まったのを確認するとそれぞれに資料を手渡した。


「岸根ーユビキタス大井E16作戦……?」

「声に出さないでください」

「す、すみません……」


私が思わず資料のタイトルを読み上げると、すぐさま高坂流亥からお叱りが飛んできた。ごめん。

いやでも、なんだこの物々しい名前は。しかも全く内容が推測できないタイトルだ。


「今週土曜日、岸根会とサイバーユビキタスコンサルティングとの間で血液の密売買に関する談合が行われる。予てからの情報通り場所は東京都品川区大井一丁目にある雑居ビル内の岸根会事務所。今回は本格的な取引が行われるわけではないが、血が持ち込まれる可能性が高い」


淡々とした口調で言葉を並べ立てる水瀬燈真を私はぽかんとして見つめていた。


ええええ、ちょっと待って。これ説明なしでいくの!?いや、今説明しているんだと言われたらまあそうなんだけど、そういうことじゃない。

落ち着け。決して私も伊達に半月第八特務課にいるわけじゃないのだ。冷静になれば色々とヒントはある。

でもさ、誰か教えてくれたって良いじゃない?半月ってまだ新人の域よ?懇切丁寧に教えて欲しいよ、私は。


私は渦巻く感情を抑えつつ、少し頭を回す。

多分今は、先週水瀬燈真が言っていた出動に関する説明の真っ最中なのであろう。これがあるから私の育成にかける時間が取れないと言われていたあれ。

その出動の細かな作戦を説明します、というのがこの集会の目的であろう。


それが今週土曜日に行われると……。早くない?マジ?


「談合の日時は七月二十七日十三時三十分が予定されている。我々はその日の早朝五時から張り込んで機を伺う。例によって実働班と情報収集班に分かれるが、作戦説明もその二つに分かれてもらう。まず、実働班は間島と神楽。そこに僕も入る。次に情報収集班は三保さん、高坂、常盤」


うん、事前に水瀬燈真に聞いていた通りだ。

私は良いとして、高坂流亥も情報収集班なんだ。ちょっと意外かも。彼は前線でバリバリ活躍している方が似合うような……。ああ、でも彼は適性があれなのか。


班分けを言い渡された第八特務課の面々はそれぞれで集まる。

私はもちろん三保瑛人と高坂流亥の二人と話し合う訳である。


「ま、俺と高坂はいつも通りだな。通常の作戦と大した変更はない」

「承知しました」


三保瑛人が気怠そうに音頭を取ると高坂流亥はハキハキした声で返事をした。


あのー……私は?私はどうしたら良いんでしょう?

私が焦ったそうな顔をしていることに気が付いたのだろう、三保瑛人がこちらを見てふっと笑った。


「心配しなくても常盤にはちゃんと説明するよ。ってことで高坂、任せた」

「……承知しました」


高坂流亥の返事が明らかにワンテンポ遅れた。多分自分に振られると思ってなかったんだろうな。それでも文句の一つも言わないあたり、高坂流亥は偉い。


彼は暫し資料を見つめて、それから私に向き直った。その目は私を真っ直ぐに射抜いていて、やっぱりちょっと怖い。


「先程水瀬さんからも説明がありましたが、今回は岸根会とサイバーユビキタスコンサルティングとの間で行われる大型血液売買の事前の談合現場を取り押さえる予定です。この件は二ヶ月ほど前の段階から調査を進めていて、これまでで資料一~六ページに記載されていることがわかっています」


その言葉に合わせて私は資料の当該ページに目を滑らせる。

そこには出動先の詳しい住所や周辺の地理情報、岸根会・サイバーユビキタスコンサルティングそれぞれの詳細情報、談合に於ける参加人員・取引内容の予測などなど、超々重要事項が羅列されていた。

うわあ、どうしよう。これ全部覚え切れるかな。


「七〜十三ページには実働班の作戦詳細、十三〜十六ページには僕たち情報収集班の作戦詳細が載っています。今は全てを説明している時間はないので、実働班の方については後で確認しておいてください。……自分が実際に動く訳ではないからといって疎かにせず、ちゃんと確認してくださいよ。わかりましたか?」

「は、はい!隅々まで読んできます!」


怖いって、高坂流亥。そんなに威圧しなくてもちゃんと読むよ。

初めての仕事でやらかしたくないし……。しかもこの仕事ってやらかしたら最悪死ぬし……。

ていうか私、信用ないなあ。高坂流亥から見た私って、こんな重要資料も読まないほどのちゃらんぽらんなの?

流石にそこまで無責任な生き方してないよ~。信じてくれ~。


「では作戦の説明に入ります。僕たちは一応情報収集班という名前ですが、勿論仕事はそれだけではありません。周辺状況の警戒や本庁との連絡も重要ですし、後詰の役割もあります。現場では何が起こるかわかりませんから、その都度対応を変えていかなければならないということを念頭に置いて聞いてください」

「はい」

「僕たちは基本、現場近くに停めた車の中で待機をします。今回は二台出すと思いますがその内の一台には僕と常盤さんが、もう一台の方に三保さんが乗ることになります」

「えっ」


え、私高坂流亥と二人きりなの?おお……それは……。

多分実際に作戦が始まったらそれどころではないだろうと思うけど、冷静な今考えるとちょっと気まずそうな配置だな。


「なにか問題でも?」

「い、いえ……なんでもないです……」

「……僕は免許を持っていないんです。色々と時期が悪くて。今年中にはなんとか……」

「あ、す、すみません……」


めっちゃ高坂流亥に気を遣わせてしまった。ごめん。本当にごめん。今のは私が悪すぎる。

なるほど免許の関連なんですね。確かにいざという時車動かせないんじゃ困るよね。

……いうて私も半ペーパードライバーみたいな感じだから作戦の一要素としてそれが組み込まれているのには不安を感じるけど。


いや、本当にごめん高坂流亥……。空気読ませてしまった上、自分じゃどうしようもないところを反省させてしまった……。彼はまだ十八、九の歳なんだから免許のことはしょうがないのに。

しかも私が新人だというのを気遣って二人待機になっているんだろうから、本当に謝罪してもし尽くせない。


「高坂さん、本当にすみません……あの私……」

「常盤さんの言いたいことはなんとなくわかりますから、大丈夫です。それより説明に戻りますよ。時間がないですから。……これまでの調査や潜入によって、件の雑居ビル内には我々が使用可能な盗聴器や監視カメラ等が複数仕掛けてあります。僕たちはそれをモニターして実働班に伝える。音声の方は三保さん、映像の方は僕たちで担当します。実働班とは無線で会話を繋げますので、それを通して現場状況の把握に努めるということです」


高坂流亥は淡々と述べる。私も頭を切り替えて、彼の話す内容を一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてた。


それにしても本当にちゃんとしてるなあ。刑事ドラマみたい。まあここは警察じゃないんだけどね。

でも盗聴器とか監視カメラとか、本当に使うんだ。しかも無線で話すと。……格好良い……。


「実働班が突入すると同時に僕たちも現場に入ります。現場に入るといっても目的は取り押さえではなく、実働班が捕らえた人間を連行するためにですが。それでも十分危険ですから、いざという時は『血の特異性』が使えるよう準備しておいてください」

「はい」

「その後捕らえた者たちを赤薔会(せきしょうかい)本部に連行します。常盤さんはご存知ないかと思いますが、赤薔会(せきしょうかい)本部には警察でいうところの留置所のような施設があるのです。そこに犯人……捕らえた者たちを収容して、作戦は終了となります。その後も取調べや事務所捜索、本部への報告等ありますが、今の常盤さんがそこまで気にする必要はありませんので安心してください」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


はあ、なるほど。

話で聞くだけだとそこまで大変という感じはしない。私がするのは監視カメラの情報を実働班に伝えることと犯人たちの連行ぐらいなものだし。

いや、それでも結構怖いけど言葉で言うと淡々としてるよね。


だからといって油断していると足元を掬われる。作戦当日まで今日を含めて六日。

私は少しでも第八特務課の力になれるよう怒力を重ねるべきだし、そのためにも『血の特異性』を自在に操れるよう特訓をしなければならない。


「僕からの説明は以上ですが、何か質問はありますか」

「あ……ええっと、今はまだ……資料を読みこんでからまた質問させていただいても……?」

「構いません」

「あ、ありがとうございます」


良かった。怒られるかと思った。こんなこともすぐに理解できないのか!って。

高坂流亥が本当にそこまで理不尽に感情を発露させる人だと思っているわけじゃないけど、なんとなくこう……。


いや、多分私が全て悪いのだ。

高坂流亥だって、私が恙無く業務を遂行していれば態々声を荒らげる必要なんてない。そうして当然の叱責をしているだけの彼を恐がってしまうのは私の前世の記憶故。

私の前世の職場にいたのだ。所謂パワーハラスメントを当たり前のように行う上司が。自分の方が職歴が、そして立場が上だからといって自身の機嫌一つで他者への対応を極端に変える人間が。


あんな人と高坂流亥を一緒にするなんて流石に失礼すぎた。発言の合理性が段違いだ。

それはわかっている。わかっているのだけど……。


「……高坂、常盤」


一通り資料を読み終えてホワイトボードに何やら書いていた三保瑛人が、私たちを振り返って名を呼んだ。


「はい」

「はい。なんでしょうか」

「お前ら……んー……そうだな……」


三保瑛人は自分から呼びかけた割に歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

なんだろう。そんなに言い淀むってことは作戦のことじゃないのかな。でも、じゃあなんのことを話そうとしているのだろう。


なかなか瞭然とした態度をとらない三保瑛人に高坂流亥も怪訝な顔をしている。


「……よし、高坂、常盤。俺に任せておけ」

「はい?何をですか?」

「不安がらなくて良い。俺が全て手配しておくからな」

「だから何をですか」


高坂流亥が怪訝な顔をどんどん深めていく。良かった。分からないのは私だけじゃなかった。

三保瑛人は本当に何を言っているんだ。彼は元々不思議なところのある人だけど、今日はとりわけよくわからなかった。

しかし三保瑛人本人は心底楽しそうであったので、それならまあ良かろうと私は思った。



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