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一章 17



夕暮れの真っ赤な光が私の視界に否応もなく入ってくる。

突き刺すようなその光は流石に目に毒だと思われたので私はブラインドを締めに立ち上がった。


「水瀬さん、いつ帰ります?」

「もうあがろうかな……。今日は疲れた……」

「おっ、良いですね。折角の金曜日ですし、神田で一局くらいどうです?」

「ああ、そういえば長いこと行ってないな。まあ特に用もないし、行くか」

「よっしゃ。三保さんも行くでしょ?」

「ん?ああ、燈真も行くのか。じゃあ俺も行くしかないな」

「さっすが三保さん!よし、今すぐ行きましょう今すぐ!」


何やらオフィスに残っている男性陣が騒がしい。

例によって高坂流亥はきっちり定時帰宅、神楽・エヴァンズは知らん間にいなくなっていたので第八特務課に残っているのは私と騒がしい三人組だけである。


えー、みんな帰っちゃうの?正直私も帰りたいけどなあ。もうちょっと残っていけば来週の仕事楽になるんだよな〜。

今この瞬間の快楽を取るか……来週一週間の快適さを取るか……。

冷静に考えればどちらを選ぶかなんて自明なんだけどね。そう簡単に割り切れないのが人間というものよ。


「三人か?」

「できれば四人で行きたいですけどね。この面子にあと一人って誰誘えば良いんですか」

「それもそうだな」

「まあ三人でも打てる……ん?」


良いな〜私も帰りたいけどな〜という羨望が混じった眼差しで男性陣を横目に見ていると、三保瑛人が目敏く私の視線に気が付いてしまったようだ。

私は気のせいですよ〜という風にすっと視線を逸らす。

良いんじゃないですか?一人寂しく仕事する後輩を後にしてみんなで楽しんでくれば。

そんなことを言いつつ、誘われても困るんだけどね。

さ、仕事仕事。私は偉いんだから。金曜日も最後まで頑張っちゃう系公務員なんだから。


「いや、やっぱやるなら四人だろ」

「え、三保さんアテがあるんですか?ハマショーさん?樫井先輩ですか?」

「浜さんはこういうのには来ないと思うけど……。樫井さんに至っては厚労省だし」

「いやいや、もっと身近にいるやつだよ。……なあ、常盤」


私かよ。いや、ちょっと嫌な予感はしてたけど。


「あーそっか。常盤さんが居たか」

「まあ、それはありですね」

「だろ?」


なんか向こうで勝手に盛り上がっているけど、私は行くなんて一言も言ってないからね。

早く仕事を終わりたくはあるけど、行き着く先が同僚との付き合いだとね。逆に疲れる可能性がある。

かといって誘いを一刀両断というのも躊躇われた。


私は椅子に腰掛けつつ、質問を口にした。


「……ちなみに何をしに行くんです?飲み会ですか?」

「いや、麻雀。俺たち昔よく神田の雀荘に行ってたから久し振りに行こうかと」


麻雀!?そっちか。麻雀ねぇ。

この四人で麻雀……想像つかないけど……。


「常盤さんって麻雀できるの?」

「まあルールはわかりますよ。オンラインゲームとかでしかやったことないですけど」

「じゃあちょうど良いな。行くか」


どうしたものか、と私は思案しながらマウスのホイールを弄る。

こういったある種の接待を新人のうちから断るのはどうなのかと思わないではない。理想を述べるなら飲み会でもなんでも参加して、上司や先輩と良好な関係を築いておくべきだ。

しかし、それも少々古めの思想であることは否めない。最近の若い人たちはそういうところで遠慮せず、仕事とプライベートをきっちり分ける傾向が強くなってきているらしいと聞く。

うーん……でも前世の私は常盤めぐりと違ってアラサーだったからなあ……。そこまで常識をアップデートできていないんだよ……。

嫌われたらどうしよう、という憂慮の方が強く働いてしまうのである。


私の返事を待つ三人を視界の中央に映して、私はにこりと笑った。


「お邪魔でなければ是非ご一緒させてください」

「決まりだな。行くぞ〜、早く準備しろ」

「やった、久し振りに四人で打てる〜!あそこどうやって行くんでしたっけ。忘れちゃいました」

「銀座線で一本だろ」


男性陣はなんだかとても楽しそうだった。

まあ週末にぱーっと遊びあかすのは悪い気分じゃないか。

でも私は単に遊ぶだけという訳にもいかない。私はこの中で一番の新参者だし、みんなを不快にさせるようなことがあってはならない。

しかも麻雀という勝負ごとであれば、ある程度接待して手を抜くということも考えねばならない。

……まあ、そういうことは道中で考えれば良いかな。取り敢えず、普通にみんなと仲良くなりたい。

そうすることは常盤めぐりのためになるだろうから。


そう思いつつ、私はパソコンの電源を落とした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「へ〜雀荘ってこんな感じなんですね」


私たちはローレルから三十分ほどかけて神田にある雀荘まで来た。

雀荘というと酒タバコに塗れたおじさんたちの溜まり場的なイメージがあったのだが、意外とちゃんとサービス業の様相を呈している。


そんな雀荘を私はなかなかどうして楽しんでいた。未知の場所に来るのは楽しいものだ。それがいくら接待の延長線上にあったとしても。


「個室なんてあるんですね」

「まあね。いつも仕事の話しながら打つから個室の方が都合が良いんだよ、何かと」


それ、機密情報とか話してるわけじゃないよね?個室だろうとなんだろうと雀荘で話すべきじゃないからね、それは。

まあ流石にそう重大なことを話しているわけじゃないだろうが。


「あ、これが噂の全自動卓ですか。私、ボタン押してみて良いですか?」

「どうぞ」


私は早速席について卓の真ん中らへんにあるボタンを押してみた。

するとガシャガシャという音がして後に麻雀の牌が浮き上がってくる。


「おお〜」


すごーい!本当にボタン押すだけで並べてくれるんだ!文明の利器だなあ。


「そんなにはしゃぐな。しかも雀荘に対して」

「いやいや、全自動卓見たら誰だって興奮しますから。……もう一回やっても良いですか?」

「えー、早く打とうよ~」

「そうだな。親、俺からで良いな?」

「良いですよ」


三人は早々に牌を見始めてしまった。

あーあ、もう一回文明の利器を味わってみようと思ったのに。まあ次の局始まる時で良いか。一局で終わる訳でもあるまいし。


「あれ、店員さん来ないですねー」

「直接行った方が早いんじゃないか?」

「そっすね。じゃあ俺行ってきます。皆さん飲み物頼みます?」

「俺はコーヒー。アイスな」

「僕は烏龍茶で」

「あ……じゃあ私はジンジャーエールでお願いします」


ここは私が頼みに行った方が良いだろうと思ったのだが、間島レイヤが大丈夫だとでも言いたげな目配せを送ってきたのでつい普通に頼んでしまった。

いや、やっぱりここは最も後輩である私が行くべきだろう。

間島レイヤ、ちょっと待った___!


「じゃ、俺行ってくるんで。常盤さんは水瀬さんに詳しいルールでも聞いといて。初めてなんだから」


……自分の後輩力のなさにびっくりだ。次……次こそは負けない!誰よりも素早く皆の注文を取り纏めてやる!!


「俺、トイレ行ってくる」


そう言って三保瑛人は部屋を出ていった。間島レイヤも既に退出済みなので、部屋には私と水瀬燈真の二人きりである。

私の左隣に水瀬燈真が座っている形だ。

彼は伏し目がちに牌を眺めている。


何か雑談を振った方が良いかな。しかしどういう話をしたものか。

私はまだ水瀬燈真について多くを知らない。趣味とか好みとか生い立ちとか、全てが曖昧模糊としている。

ゲーム内で語られる情報なんてごく限られたものでしかないから、そこから彼の全体像を掴むのは至難の業だ。

私は彼について非常に歪な知識を持っている。

乙女ゲームというフィルターを通した、歪な知識を以て彼を認識している。


「常盤さん」

「あ……はい。なんでしょうか」


私が話題を探していると、水瀬燈真の方が先に口を開いた。


「昨日の件についてなのですが、」

「昨日の、と言うのは……」

「高階さんの件です」


私は驚きの感情をもって水瀬燈真を見つめた。

それは純粋に何を話すことがあるのだろうと思ったからである。私が彼女について話せることは昨日で全て言い尽くしてしまった。


「高階さんがどうかしましたか?昨日お話ししたこと以外に私が知っていることは……」

「昨日は有耶無耶になって終わってしまいましたから。結局何も建設的なことを話せていませんでしたし」

「あ……いや、それは……ただ私が話を聞いていただきたかっただけなので……」

「だとしても、僕にとっては看過できる内容ではないですよ」


まあ、確かにその通りだ。レオーネを辞めた人間がレオーネを潰そうとしている、なんて虚言や妄言であっても完全に無視はできないだろう。

しかもその発言が高階由良から出たものであれば尚更だ。なんか、彼女ならやりかねんと非常にそう思う。


「古瀧さんとも話し合ったのですが、その件は僕たちが預かりたいと思っています。大事にするつもりはありませんが、高階さんを野放しというのもこちらとしては躊躇われるので……」

「えっ、古瀧さんが……。じゃなくて、あの、ありがとうございます。そこまで考えていただいて。でも、良いんでしょうか。曖味な情報ですし、水瀬さんや古瀧さんのお手を煩わせるようなことでは……」

「いえ、寧ろそれは常盤さんに任せるべきことではないと思います。高階さんはあくまでローレルを、と言っているのだから。それに今は常盤さんにあまり負担を強いたくはありません。ただでさえ『奇跡の血』のことで時間がないので」


その発言の経緯をよく知っている私からすれば高階由良の目的が私に起因していることは明白だったから、やっぱり彼らに丸投げしてしまうのは気が引けた。

しかし水瀬燈真の言うことも一理ある、というか後半は至極尤もなことしか言っていない。

私が『奇跡の血』の件と高階由良の件、その両方を並行して処理できるかと言われればそれは否である。自分を過信しすぎてはいけない。


「わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」

「いえ、また高階さんと接触した等あれば教えてください。その件以外にも気になることがあれば、また相談にも乗りますので」


そう言って水瀬燈真は、冬の朝日のような澄んでいて柔らかな笑みを浮かべた。


彼は色々と私のことを考えてくれていた。ありがたい限りだ。

そうであるなら、私も彼を不快にさせるわけにはいかない。


「じゃあ、水瀬さん。まずは麻雀について教えてください!ルール自体は大体わかるんですが……。細かい作法は全然なので!」

「作法も何も、自由にやれば良いと思いますよ。ですが、そうですね……それなら点数計算を説明しましょうか」

「それとってもありがたいです!オンラインだと自動で計算してくれるので。あっ、これ使うんですか?」

「ええ、この点棒で…………っ!?」

「あ、すみません」


麻雀の点数計算に使う棒___点棒?の入ったケースを私が掴むと同時に水瀬燈真もそれを手に取る。

だから必然的に私たちの手は重なった。私の方が一瞬早くそれを掴んだので手も下にある。

なんか昨日から水瀬燈真の手を触ってしまうことが多い。

ごめんね。今回は別にわざとじゃないんだ。だからさ、そんなに驚かなくてもと思うんだけど。水瀬燈真はちょっと驚きすぎだと思うよ。

彼は驚きすぎて目を見開いたまま硬直している。石のように動かない。メデューサでも見てしまったみたいだ。

じゃあ今回の場合私がメデューサ?えー、私そんなに癖毛じゃないけどなぁ。


なかなか動き出さない水瀬燈真に私は痺れを切らして口を開こうとした。

その時だった。ガチャリと音がして背後の扉が開いたのは。

水瀬燈真は先ほどまでの硬直ぶりはどこへいったんだという勢いで扉を振り返る。

ねえちょっと、水瀬燈真。振り返るのは良いけど手も離してくれ。


「ほお?」

「うわ、三保さん急に止まらないでくださいよ」


私もその声に振り返る。当たり前だが、入ってきたのは三保瑛人と間島レイヤだった。同時というのはびっくりだけど。

なんだか三保瑛人の方はニヤニヤして、それからぐっと親指を突き立てた。何に対して称賛を贈っているんだろう?


「間島、俺たちは外に出ていよう。あとは若いお二人で……ってことで」

「は?水瀬さんより俺の方が若いですよ」


そういう問題じゃないと思うよ、間島レイヤ。

そして三保瑛人は何かとんでもない勘違いをしているでしょ。

点棒を一緒に掴んでいたくらいで恋だの愛だのが育まれるわけがなかろう。

雀荘で始まる恋なんて、別にそういう恋愛を否定するわけじゃないが、私は嫌だよ。しかも水瀬燈真となんて。


その水瀬燈真は点棒からぱっと手を離すと華麗にUターンをしようとする三保瑛人の首根っこを掴んだ。


「今出て行ったらもう二度となんの血も手配しないですからね」

「なんだと!?それはあんまりだろう!お前は悪魔か!悪鬼羅刹か!?」

「その言葉そっくりそのままお返ししますよ」


あーあ。なんか口喧嘩が始まってしまった。

まあでも、これは三保瑛人が良くないね。安易に人の恋路を揶揄っちゃ駄目よ。まあ今のは恋路ですらないただの事故だったけど。

扉の真ん前で口論する二人を上手く避けるような形で卓まで近付いて来た間島レイヤは心底呆れたような顔をした。


「俺、早く始めたいんだけどなー。常盤さん、あの二人止められたりする?」

「私が止めたら火に油だと思いますよ。それにあそこに割って入るのは嫌です」

「だよね。俺も」


じゃあ私に頼まないでくれ。


私は手に握ったままの点棒のケースを見つめてみた。点棒から始まる恋……やっぱなしだな。浪漫の欠片もない。

そう思って私は口論する二人を眺めつつ、あくびを噛み殺した。



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