一章 16
「水瀬さん、お話があると伺ったのですが何かご用でしょうか」
日付が変わり、金曜日。
私はオフィスで水瀬燈真に呼び出されていた。
「実は常盤さんにお伝えしなければならないことがあるのですが……」
「はい」
「長官が常盤さんを呼んでいます」
「は、い?」
私は上手く彼の発言を噛み砕けなかった。
なにか途轍もないことを言われたということはわかるけれども。
「い、今長官と仰いましたか?」
「はい。間違いなく」
「そ、それは……なんの……」
「もちろんローレルの、です」
ですよね。知ってました。
は?なんでなんで?なんで私が長官に呼ばれてるんだい?どういう経緯で私が呼ばれるなんてことになったんだい?なんかやらかしたっけな私!?やらかししかしてないか!
「な、何故でしょう。何故長官が私なんかを……」
「『奇跡の血』に関して、長官から伝えたいことがあるとのことです」
あ、ああ!それね!『奇跡の血』か!良かった~。てっきり怒られるんじゃないかと……。本当に良かった……。
いや待て。まだ全然油断ならないぞ。油断ならないというか、あんまり状況が変わっていない。
私、結局長官に会わねばならないの!?
「今日の十一時に政務室に来て欲しいと仰っていました」
私は慌てて時計を確認する。十一時って、あと一時間もないじゃない。
えーーーーー行きたくない。やだやだ〜、態々圧迫面接受けになんて行きたくない~。
なんてね。言えたら良いんだけどね。無理だよね。
「わかりました。政務室は確か五階の……」
「僕も一緒に行くので、案内しますよ」
えっ、水瀬燈真も一緒に来てくれるの?まじ?やったーーー!絶対一人より二人の方がいいに決まってる。
ありがとう水瀬燈真。フォーエバーサンクス水瀬燈真。
「あ、ありがとうございます。正直緊張が凄くて……」
「無理もないですね。あれだけ大層な噂が流れていれば」
噂、ね。ローレルの長官に対する噂なんて一つや二つではきかないくらい大量にある。
実は世界でも有数の億万長者だとか、実は政治を裏で操っているのだとか、不老不死の研究をしているのだとか、本当に色々。
もちろん殆どが流言飛語の類だということはわかっているが、どうしても潜在的な恐怖というのは拭い切れないものだ。
それに単純に上司の上司、しかも組織のトップに君臨する人間に会うというのは誰だって緊張するだろう。
「普通に話す分にはお優しい方ですよ。今回は常盤さんに非があって呼び出されるというのでもないですし、きっと大丈夫です」
きっと、ねえ。本当に大丈夫かな。
まあ、私が粗相をしなければ良いだけの話だもんね。水瀬燈真もついてきてくれるらしいし、そこまで緊張しすぎなくても良いのかもしれない。
いっそ状況を楽しむくらいの余裕を持たなければ、この先もきっと苦労することになる。
そう思って私は気合いを入れ直した。
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しかし私は気合いでどうにかなるほど世の中は甘くないと思い知った。
所は政務室の扉の前。時は十時五十五分。きっちり五分前集合ということだ。偉い。
隣には水瀬燈真がいて腕時計をじっと見つめている。
そして当の私であるが、死にそうだった。
心臓がバクバクとけたたましい音をたてて鳴っている。握り締めた手に流れる汗は尋常な量ではなかったし、心なしか呼吸も浅かった。
いくらなんでも緊張しすぎだろうと、そう思うだろうか。でも中央省庁の長なんて普通の人間が直接会うような身分の方ではないのだから、私の極度の緊張も詮無いことだと思って欲しい。
噂の内容は誇張しすぎにしても、そんな噂が現実であってもおかしくないと思えるだけの権力がローレルの長官にはあるのだ。
目の前の廊下を男性が忙しなく早歩きで過ぎ去っていった。多分本部の人だろう。少しの風が私の前髪を揺らす。
私は両の手の指の腹を擦り合わせた。そしてそのまま指同士を絡ませる。
そうでもしないと、どんどん体温が下がっていく一方だった。
血が通っていないのではないかという錯覚を起こすほどに、私の指先は冷えている。
そこに、突然ふわりと温かなものが降りかかる。
それは私の隣に立っている水瀬燈真の手だった。
「大丈夫ですか」
私がぱっと水瀬燈真の方を振り仰ぐと、彼は蕩けるような甘い笑みでこちらを見ていた。
私はびっくりして手を引っ込めかけたのだけれども、何故だか彼の手はそれを阻むだけの強制力があった。
「緊張してます?」
「はい……正直……」
「ですよね。手、凄く冷たいです」
水瀬燈真は少し揶揄うように笑った。
他人事だと思ってるだろう。
水瀬燈真はよく本部に来ているし長官とも面識があるようだから良いかもしれないが、私はそうじゃないんだからね。
彼が笑うのに合わせて私たちの触れ合った肌は擦れる。
そこから互いの体温が混ざり合って私の指先はほんのちょっと、幾分かだけ温まった。
「大丈夫ですよ。僕もいますから」
「結局、水瀬さんは中まで一緒に来てくださるんですね」
オフィスで彼が案内する、と言った時はあくまで政務室までの道のりをということかと思っていた。
普通こういうのって一人で行くもんじゃない?違うのかな。こんな状況には前世でも今世でもなったことがなかったからよく分からない。
「ええ、古瀧さん……長官が、常盤さんも一人では不安だろうから僕も一緒に来いと」
「長官が気遣ってくださったんですか」
それは意外だ。長官のような立場の人がこんな下っ端かつ末席の人間を気遣ってくれるなんて。
そういう細かな気遣いができるからこそ大組織の長を務め上げられているのだと言われればその通りである。
そうであるなら、やはり私はここまで緊張すべきではないのだろう。勝手な偶像を創り上げて相手を怖がるのは失礼だと、そう思うから。
「もう時間ですが、心の準備は良いですか?」
「はい。大丈夫です」
私がそう言うと水瀬燈真の体温が離れていく。
彼は扉の前に立ってノックをし、入室の口上を述べる。私はその隣に立ってぴんと背筋を伸ばした。
「どうぞ」
扉の内側からくぐもった声が聞こえてきた。間違いなく長官のものだろう。
その声に水瀬燈真は扉を開ける。
「失礼します」
「し、失礼します」
足を踏み入れた政務室は私の予想よりあっさりとした装飾の部屋だった。
部屋にあるのは政務用の大きな机と来客用の机椅子、壁沿いには雑多な資料が詰め込まれたウォールナットの書棚。
所々に謎形状の置物とか申し訳程度の緑とかはあるのだけど、それらだってそこまで主張が強いわけではない。
特徴はと言えば全体的に暗めの色合いをしていることくらいで、やはりあっさりという印象の強い部屋だった。
もっとこう、デカい壺どーんとか掛け軸ずらっみたいなのが出てくるのかなと思っていたのでちょっと安心。
「燈真君、お疲れ様。どうぞ座って」
政務室の最奥から靴音を鳴らして現れたのは、ダンディな雰囲気を纏う一人の男性。
円熱した人間特有の落ち着きは持ちつつも、均整のとれた身体つきは若々しさすらを感じさせた。丁寧に撫で付けられた髪は白髪混じりであっても老いより洒落た印象を受ける。
年齢不詳だ、というのが私の最初の感想だった。
私の勝手な想像のような怖さではないけど、底知れない雰囲気は畏怖の感情をも引き起こさせる。
態々こんな場所で会わなくてもわかる。彼は特別な人間だと。
特別な、この組織を束ねる人間だと。
「はい。失礼します。……常盤さんも、座って」
長官の雰囲気に圧倒されて立ちすくむ私を水瀬燈真が催促する。
私は失礼します、と慌てて呟いて四角い来客用の椅子に腰掛ける。
当たり前だが私の普段のものより数倍は上等な椅子で、体重を受け止めると沈み込むように形を変えた。
こういう椅子って何度座っても慣れない。いつもふかふかで沈みすぎて、どこまでも落ちていくんじゃないかと思ってしまう。
「態々呼び出してしまって申し訳ない。君たちも今は大変な時期だろうにすまないね」
長官はそう言いつつ私たちと机を挟んで反対側の椅子に腰掛けた。
彼からはほんの少しだけ甘い香りが漂っている。コロンとかいうやつだろうか。
「まずは自己紹介をした方が良いかな?初めまして、古瀧真一郎です。よろしく」
長官……古瀧さんはそう言って目尻に皺を寄せて笑った。
その笑顔は柔和で、人当たりが良いもので、綻びがなく完璧だった。
私はちょっと体を硬くする。
「と、常盤めぐりと申します。初めまして。よよ、よろしくお願いします」
緊張しすぎて何言ったら良いか全然わからん。完全に鸚鵡返しだった。
やっぱなんか付け加えた方が良かったかな。
早々に失敗したか!?声もめっちゃ震えてるし。
「そこまで緊張しなくても大丈夫だよ。肩の力を抜いて」
「は、はい!すみません!」
「ははは、やっぱり燈真君を一緒に呼んだのは正解だったね。どうも私は若い子に受けが悪いらしい」
古瀧さんが冗談めかしてそう言った。
あー、今のは否定した方が良いところ!?いやでも今の私が否定したところでどの口が状態じゃない!?
しかししかし、社交辞令でも言うのと言わないのとではかなり印象に差が……。
散々考えた挙句に私は結局愛想笑いで答えてしまった。絶対間違えたと思うけど、もうしょうがない。
「若い子に、というのは冗談にしても、本当に常盤さんがそこまで怖がる必要はないよ。特に今回は私が君に謝罪したいがために来てもらったんだから」
「謝罪、ですか?」
私は古瀧さんの口から飛び出した言葉に耳を疑った。
だって、ローレルの長官が私に謝罪?そんなの彼の口から出た言葉でなければ天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたことだろう。
でも、古瀧さんが私に嘘をつく理由がないから信じる他にない。
「そう、私は常盤さんに謝罪しなければならないことがある。本題に入ってしまっても良いかな?」
「は、はい」
古瀧さんがそう言うと、水瀬燈真が膝の上に乗せていたクリアファイルの中から数枚の書類を取り出した。
それが机の上に乗せられたので私は覗き込む。そこにはなんだか見覚えのある数値やグラフが並んでいた。
「これは……」
「常盤さんの血液検査の結果だ。ローレルが調べた方のね。三保君の方の検査結果は聞いているそうだから重複の説明は避けるけれども、こちらでも同様の結果が出た」
相変わらず結果の読み方はわからないけれど、まあ古瀧さんが言うならそうなんだろう。というか、変わられても困る。
彼の言いたいことは要するに、私が『奇跡の血』であるということだろう。
「知っての通り『奇跡の血』は非常に貴重だ。突然のことで常盤さんも驚いただろうが、その血を第八特務課で存分に活かしてもらいたいと思っている」
「はい」
うん。まあ『奇跡の血』だからといって八面六臂の活躍ができるとも限らないけどね。この感じだと。
『奇跡の血』なんて大層な名前が付いているんだから、最初から全部の血で超高い適性があります!くらい盛ってくれても良かったのに。
世の中はそう甘くないぜってことなんだろうか。
「『奇跡の血』に関しては第八特務課の子たちの方が詳しいだろうから、私から特段言わねばならないこともないのだけど……。私が謝罪したいのはその『奇跡の血』のことなんだ」
ああ、そうだった。謝罪ね。本当になんのことだろう。別に余り心当たりはないんだけど。
「常盤さんはうちに……ローレルに入る時にも一度、血液検査を受けているだろう?あれは新たに入る職員には全員受けて貰うのだけど、実はそこで既に常盤さんが『奇跡の血』であることをこちらは把握していたんだ」
「あ……」
あ~、なるほど。それか。それなら納得。
やっぱり私の昨日の推測は間違っていなかったらしい。
ローレルは今回の検査より前に私の『奇跡の血』を知っていたという推測は。
そうでないと色々おかしいところが多かったし、まあ順当な展開だろう。
「だからこそ常盤さんに異動を命じた。突然のことだったし抵抗もあっただろうに、碌に理由も伝えずこちらの都合で君を振り回してしまった。本当に申し訳ない。心から謝罪する」
「い、いえそんな……」
古瀧さんは頭を下げた。私はそれを止めるわけにもいかなくておろおろするばかりだ。
しかし私は頭の中で考える。ローレルは……古瀧さんは何故私に『奇跡の血』のことを伝えなかったのだろう。
それに異動の時期も謎だ。常盤めぐりの入職直後に『奇跡の血』が判明していたのなら、異動なんてさせずに最初から第八特務課に彼女を所属させていれば良かった。
私は思考を落ち着かせてからゆっくりと口を開く。
「幾つか質問させていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。なんでも聞いてくれて構わない」
「では最初に、何故私に『奇跡の血』のことが伝達されなかったのでしょうか。そこまで早く判明していたのなら伝える機会は幾らでもあったように思うのですが」
なんだか意図せず詰問口調になってしまった。
何かが違えば私が前世の記憶を思い出さずに済んだかもしれないと思ったからだろうか。その可能性はあまり高いとは言えないし、そうすることは八つ当たり以外の何者でもないが。
「そうだな。尤もな疑問だ。……君には言い訳じみて聞こえるかもしれないが、私にとっても初めてのことだったんだ。『奇跡の血』が後から判明する事例を見たのは。私だけじゃない。この国という規模で見ても初めてのことだった」
それは三保瑛人も言っていた。『奇跡の血』が十分に成熟した後に判明する例は、世界でも数十年単位のスパンでしか見られない極めて稀なものであると。
「だから最初は検査結果が間違っているのだとして再検査をした。しかし何度調べても結果は変わらない。そこで漸く常盤さんが真に『奇跡の血』であると、私たちは認めることになった。しかし我が国では初めて確認された貴重な『奇跡の血』をどう扱うべきか決めかねていたんだ。私自身も適切な行動をとれる自信がなかったし、各方面との折衝もある。そういう訳で全てが決まるまで常盤さん本人に伝えることが叶わなかったんだ。……申し訳ない」
古瀧さんは再度頭を下げる。
……なるほど。うん、うん。そうだな。
私の血は珍しいもので、その対応は困難を極めた。だから当の私にも簡単に真実を明かすことはできなかったと。
古瀧さんの言っていることは筋が通っていると思う。それに古瀧さんは古瀧さんで私のために動いてくれていたわけだ。
そんな彼に対して私が文句を言うなんてできるはずもない。
「わかりました。話して下さってありがとうございます。……私の異動がこの時期というのも、そういった事情によってということでしょうか」
「それは……もちろんそれもあるのだけど、高階さんのこともあるかな」
「高階さんですか?」
「君と高階由良さんを同時に第八特務課にというのは少しね」
「……基本的に『奇跡の血』を持つ者同士の接触は好まれていないんです」
今まで聞き役に徹していた水瀬燈真が小さな声で補足する。
へえ、そんな不文律があるんだ。なんでだろう。
でも、じゃあ私と高階由良がこの前会ってしまったのって良くないんじゃ……。
そう思って水瀬燈真を見ると彼は人差し指を口の前に立てて苦笑いしていた。
ああ、あれは水瀬燈真の独断なのね。その独断は私からしたら非常にありがたいことだから、黙っておくことに否やはない。
「後もう一つ質問……今までとは趣の違うものなのですが、聞きたいことがあります。私が『奇跡の血』であるということは他人に明かして良いものなのでしょうか。やはり秘匿すべきですか?」
「ああ、確かにそれは大事だね。それに関しては本部長とも話し合ったのだけど、態々隠さなくても大丈夫だ。勿論大っぴらに吹聴することは控えてほしいけど、ご家族とか親しい友人とかそういった人に隠し立てする必要はない。話す話さないは常盤さんの裁量に任せる。君の良識を信じて、ね」
そう言って古瀧さんは妖しく笑った。
こ、怖……。そんな脅しをかけてくるぐらいなら完全に言論統制してくれた方がまだました。でも多分、変にことを隠蔽してしまうとそれはそれで厄介なんだろうと思う。
偉い人は大変だなあと思った。
「わかりました。愚問にご回答いただきありがとうございます。不躾なことを申し上げたかもしれませんがお許し下さい」
「いやいや、こちらこそ非礼を重ねてしまい申し訳ない。そうだ、お詫びといってはなんだが君に良いものをあげよう」
「えっ、い、良いものですか?」
「そう、良いものだ。ちょっと待っていてくれ」
そう言って古瀧さんは政務室と繋がった隣の部屋へ消えていった。
私は呆然として彼の後ろ姿を見つめて、その後に水瀬燈真と顔を見合わせた。
え、何をくれるんだろう。良いものって……言葉通り良いものなんだよね?裏の意味とかないよね?
隣の部屋から何やら物音が聞こえてくる。しかも結構大きい音だ。そこまでして何を持ってくるんだ……?
数分の時間が経ってから古瀧さんは再び姿を現した。
「いや申し訳ない。ちょっと手間取ってしまって……よいしょ」
その手には段ボールが収まっている。いや、ええ?そんな大きなものを貰っても持って帰れないかもしれない……。
古瀧さんは段ボールを机の上に置いて再度椅子に腰掛けた。
「これは……ハワイで買ったやつかな。こっちはヘルシンキで買ったはずだ。ああ、永平寺の時のか。懐しいな……」
古瀧さんは段ボールから次々と物を取り出す。謎のお面に謎のオブジェ、謎のおふだまで。
えーーーーっと?
「これは私が世界各国から集めたものなのだけど、持っていると不老不死になるという逸話を持つ品ばかりで……」
古瀧さんが一つ一つの謎物体について解説を始めた。始めてしまった。
え、ええええええ……。こ、これは……。
霊感商法……ではないよね。別に売りつけられるわけじゃないだろうし……。そんな稼ぎ方をするほど窮乏している人じゃないもんな……。
いや、でも、そうじゃないなら逆にもっと怖いよ。お金のためでもなんでもないのにその怪しげな話を心から信じている方が。
「……ということで、君にこれをあげよう。きっと君の身を守ってくれるはずだ」
「あ、ありがとうございます……」
い、いらない……いらないというか、こんなの貰ったら逆に呪われそう……。
でも……私がそれを断れるはずがないんだよな……しかも古瀧さんは善意十割でプレゼントしてくれているのだろうし……。
私は水瀬燈真を一瞥した。助けて!今私を助けられるのはあなたしかいない!
と思ったのだけど、その水瀬燈真は窓の外を遠い目で眺めていた。
ちょっと!現実逃避している場合じゃないよ!私の方が現実逃避したい状況なの!
まあ、でもね、いくら水瀬燈真だって古瀧さんに物申すなんてことできないだろうからね。
彼も立派な中間管理職に就く者だから。しょうがないよね……。
「あの……あはは……大切にします……」
「うん。是非そうしてくれ」
古瀧さんは満面の笑みでそう言った。
相も変わらず完璧で綻びのない笑顔だったけど、それは心なしかいつもより輝いていた。
……本気で私のためを思ってプレゼントしてくれているんだろうな。だから私に受け取ってもらえて嬉しいんだろうな!
もう、本当にこれどうしたら良いの!?家に置き場所ないよ!都心の激狭アパートにそんな余地あるわけないでしょ!
でもお返ししますなんて言えるわけがない……明日世界が終わることが決まっていたって、到底言えるとは思えない。
私は心の中で盛大な溜息をついた。
古瀧さん……ローレルの長官がこんな一面を持っていたとは……。私が事前に予想していた怖さとは、また別ベクトルの怖さを持つ人だった。
うん……ローレルはこの人が長官で大丈夫……なんだよね?趣味と仕事はまた別だよね……?
なんだか私の心に自然とローレルを憂う気持ちが芽生えた。




