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一章 13



「うん……なるほど。なるほどな……」


一通り適性確認をし終えた私はぜいぜいと肩で息をしていた。

めっちゃ疲れた……。『血の特異性』って使うと意外と体力持っていかれるんだね……。

それに今は七月中旬と下旬の境ぐらいの時期であるので、本格的な茹だるような暑さというのではないにしても流石に暑い。


「あの、三保さん……一旦休憩にしませんか……」

「ん?ああ、そうだな。でも、その前に結果発表だ」


結果発表って。適性確認のでしょう?もう知ってるよ。自分で使ったんだから。

なんで態々二重で確認せねばならないのか。ダブルチェックの必要な案件じゃなかろう。


「まず、常盤は非常に珍しいことに殆ど全ての系統に対して適性がある」


はい、そうでしたね。確かに私は三保瑛人から手渡される試験管の血の全てを動かすことができていました。

それはわかってるから、一旦水を飲ませてくれ……。


「そしてこれまた非常に珍しいことに、その適性全てがとても低い」

「はい?」


ちょ……うん?今、三保瑛人はなにか変なことを言わなかったか?


「普通一人一つくらいは得意な系統があって、その系統だと試験管の血の全てが反応すると思うんだが……常盤の場合は全ての系統の血で反応する代わりに、全てにおいて試験管の一部しか反応しなかった」


ええ!いやそんな、適性に高低があるなんて聞いてないけど!あるかないかの二択に一択だと勝手に思い込んでいた。

まあでも確かに、よく考えたらそりゃあるよね。適性があれば全員等しく同じだけの強さというのは流石に不自然がすぎる。

それにしたって自分が低い側だとはね!いや確かに、使ってて意外と地味だなぁと思ってたけど!


「んー……そうなると難しいな……。適性の高い血から特訓していこうと思っていたんだが……」


あー……なるほど……。それはごめん。私だって好きで適性低いわけじゃないんだ。


「……これ……実戦で使い物になるか……?」


三保瑛人がぼそっと呟く。消え入りそうな声で多分私に伝えるつもりはなかったのだろうけど、謎の庭もとい実技演習場の静けさのために私の耳に届いてしまった。

ごめんて!そんなに!?そんなに駄目!?


「あー……そうだな……よし。常盤、俺との特訓は全部来週まで延期だ。その代わり来週月曜は俺に一日くれ。良いか?」

「えっ、あ、はい。三保さんの予定が良いのでしたら、私も大丈夫です」

「じゃあ決まりだ。それじゃ、俺はもう行く」

「えっ」


私が驚きの声を上げるや否や、三保瑛人はさっさとどこかへ行ってしまった。

引き留める暇もなかった。いや、別に彼を引き留めたってどうしようもないのだけど。


私は今実技演習場に一人だった。

どうしよう、何すれば良いかな。次の担当の人の時間になるまでは二十分ほどある。

休憩も兼ねて一旦オフィスに戻ろうかなと思ったちょうどその時、建物と外を結ぶ扉が開く。


「常盤さん、お疲れー。なんかさっき凄い急いでる三保さんとすれ違ったんだけど、あの人どうしたの?」


扉から現れたのは次の特訓の担当者である間島レイヤだった。


「お疲れ様です。すみません、三保さんのことは私もよく分からないんです。いきなり行ってしまったので……」

「ああ、そうなんだ。まあ、あの人はいつもよく分かんないからね」


酷い言いようだ。まあ気安さの表れなんだろうけども。

なんか本当、第八特務課って仲良いよね。年齢差が比較的小さいということや規模の小さい部署ということもあってか、オフィス内は結構いつも賑やかで楽しげな雰囲気である。


「ごめん、俺来るの早かったよね。三保さんとの特訓、ちょっと見学しようかなと思ってたんだ」

「いえ、私も時間を持て余していたので先輩が来てくださって良かったです。折角ですから、前倒しで特訓を始めますか?」

「うーん……いや、常盤さん疲れてるでしょ。まずは休憩とった方が良いと思うな」


間島レイヤはそう言うと建物の陰に入って私を手招きした。その手に従って私も陰へと身を滑り込ませる。

正直今クタクタなんだよね。その申し出は非常に助かる。ありがとう~。


「はい、これあげる」


そう言って間島レイヤは私にペットボトルを差し出した。中身は白濁した液体、カル○スだ。

え、これを私に?間島レイヤは神かもしれない。


「ありがとうございます!もう喉カラカラで……」

「じゃあ特訓前倒しなんて言わなきゃ良かったのに。無理して具合悪くなったらどうするの」

「そっ、それは……すみません……」

「ああ、いや、責めてるんじゃなくてね。遠慮されてるんだったらちょっと悲しいなあって。無理して仲良くする必要もないけど、そんなに気を遣いすぎなくても大丈夫だから」


間島レイヤが普通に良い人だった。チャラさは一体何処へ行ったんだ。あれー?

まあ優しくしてくれた方が嬉しいけどさ……。


「ありがとうございます。でもあの、意図して遠慮しているというのではないというか……」

「ごめん、逆に困らせちゃった?やっぱさっき言ったこと忘れて……って言っても難しいか」

「まあ、そうですね。それにその、私は本当に遠慮しているんじゃなくて、皆さんが良くしてくださるのでそれに応えたいなと思いまして……」


それは断じて嘘ではなかった。

第八特務課に来てからというもの私はこの慣れない世界での生活に適応するためにてんてこまいであり、仕事のミスも絶えなかった。

じゃあなんでそんな私がここまで大したお咎めもなくやってこれているのかと言われたら、それは偏に第八特務課の面々の気遣いあってこそである。

そりゃまあ彼らが故の悩みの種だって確かに存在しているけど、そんなことを理由にして彼らに迷惑をかけられるほど私も心無い人間ではない。


私の言葉を聞いた間島レイヤはちょっと驚いたような顔をしてから微笑んだ。


「なるほど?嬉しいこと言ってくれるね。じゃあ常盤さんにはとっておきの情報を教えてあげよう」

「とっておき、ですか?」

「そう、とっておき。ラボ……三保さんの研究室、あるでしょ?あそこに入ってすぐの右手側に冷蔵庫があるんだけど、あの中に常時三十本くらい飲み物入ってるから喉乾いたら勝手に持って行くと良いよ」

「へえ、特務課ってそんなシステムあるんですね」

「いや、システムっていうかあれは三保さんが買ってるやつだけど」

「え!?それって勝手に取ったら不味いんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。一本くらい減っても三保さん気付かないって」

「そういう問題ですか!?」


うわー、三保瑛人可哀想。彼もいつの間にか自分が第八特務課のウォーターサーバーになっているとは思わんだろうな。ご愁傷さまです。

私はキンと冷えたペットボトルを片手に三保人を憐れんでみた。

……キンと冷えたペットボトル?


「あの、もしかしてこのカル○ス……」

「お、察しが良いね。三保さんってああ見えて甘党なんだよ」

「いやいやいや、今は甘党情報どうでも良いですから。もう口つけちゃいましたよ!」

「まあまあ、遠慮しないで」

「それは先輩の言う台詞ではないと思います……」


いや、普通間島レイヤが買ってきてくれたやつだと思うじゃん?まさかパクってきたやつとは思わないじゃん?もう一口飲んじゃったから私も同罪なんだけどさ……。

私は溜息を吐きつつカル○スを開けて飲み下す。このまま残すのも勿体無いし?仕方ないよね?それに喉の渇きには耐えられなかった。熱中症になりでもしたら困るし仕方ないんだ、うん。


「常盤さん、適性どうだった?」

「一応……ああ、三保さんが紙に纏めてくださってたと思うんですが……」

「ああ、これね。……え、全部?凄いねえ」

「いえ、どうも三保さんが言うには全てで適性が低いらしくて……」

「あーなるほど?」


間島レイヤが紙の束をペラペラとめくる。

なんか気まずい。ごめんね適性低くて。


「うーん……まずはお手本を見せるべきなのかな?常盤さんは他の人が血を使ってるのを見るのは初めて?」

「はい。初めて……ですね」


正確に言うならゲーム内で使用しているのは見たことがある。でもそんなものは露ほどの参考にもならないのでノーカウントだろう。

因みに三保瑛人は研究職のため『血の特異性』は殆ど使うことができない。


「じゃあちょっとだけ俺が使ってみるね。ただ見ておいてくれたら良いから、常盤さんは休憩してて」


間島レイヤはそう言うと三保瑛人の置いていったアタッシュケースを漁り始めた。


私のゲームの記憶を参考にすると、間島レイヤは第八特務課の中でも強い部類に入る『血の特異性』の使い手だったはずである。

強い、というかゲーム内で血を使う場面がある場合、活躍するのが専ら彼であった印象が強い、と言った方が良いかもしれない。


間島レイヤは試験管を数本選び出すと私の方に向き直った。


「危ないからあんまり動かないでね」

「はい」


私の返事を確認して、間島レイヤは試験管の栓を開けた。

瞬間、私は身体を悪寒で震わせた。周囲の気温が急激に下がったためである。

第一系統の『血の特異性』、間島レイヤがそれを使って巨大な氷を生み出したのだ。

私はポカンとして聳え立つ氷の山を見上げる。

いや大きすぎるでしょ。私なんてサイコロくらいの大きさしか作れなかったんだけど。

これが才能の差というやつか……。


「ごめん、やりすぎた。涼しくなるかなと思ったんだけど、これだと逆に寒いね」


そう言いながら間島レイヤはするすると氷のサイズを縮めていく。

すご。凄すぎる。私のちゃちなそれとは比べ物にもならない。

なるほどね、これは軍事力にもなり得るわ。国が血を規制するのも納得だ。

正直これまで字面では納得していても実感としては侮っていたところがある。第八特務課が一個の部署として独立した権限を与えられている理由の一端を垣間見た心地だ。


「これが水瀬さんのやつで……こっちが遊佐の血」


氷が姿を消したと思ったら、今度はアスファルトで舗装された地面がボコッと隆起する。

うわー、凄い凄い!大きい!格好良い!

ここまでくると流石に興奮が勝る。自分で使った時は気持ち悪い感覚だとしか思わなかったけど。


「これが鞍田で……これが後藤」


先ほどから間島レイヤが苗字らしきものを呟いているが、それは『血の特異性』の種類を表している。

血統に依存した『血の特異性』は、殆どがその能力を最初に発現した家の家名で呼ばれているのだ。


パンっ、という破裂音の後にバリバリっ、という電撃の音がする。

もちろん東京のど真ん中で鳴らしても事件性を帯びないほどの音量で、ではあったけど普通の人生を送っていたらならばついぞ聞かないような音の連続に私は身を竦ませた。

血を使った彼の曲芸は凄いし格好良いけども、大きな音というのは単純に驚きを覚えるものだ。


「俺は攻撃特化の適性だから使える血はこのくらいしかないけど……。ごめん、怖がらせちゃったか」


間島レイヤは身を縮こまらせる私を見て謝罪を口にした。

なんで貴方が謝るの?と私が最初に思ったのはそれだった。貴方が悪いところも、貴方の落ち度も何一つないのになんで謝ったんだろう。

私は半分ほどの嵩になったカル○スを地面に置いて、日向にたたっと駆け出した。


「いえ、全然怖くなんてないですよ。凄かったです!おっきくて!それに格好良い!私も先輩みたいに血使えるようになりたいです!」

「……そう?それなら良かった」


間島レイヤは思ったより優しい人だなと思った。ゲームでの印象なんかよりよっぽど。

私が今そう思うのは偶々なのかな。私が彼を見誤っているだけなのだろうか。

彼らは基本的にゲームに忠実な性格をしているから、やっぱり私が勘違いをしているだけなのかもしれなかった。



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