作戦開始(2)
俺を餌とした囮作戦の決定から一日が経ち、俺は朝から身震いをしていた。しかしそんな心配も杞憂だったようで、俺はその日の放課後まで何一つ変わったことなく過ごしていた。と言うより最近が変わったことが多すぎて少しくらいの変化には気付けなくなっているだけなのか…こうして思い返してみると確かにヴァルキリーが珍しく昼食にクマさんサンドを買っていなかったが、あれはたまたまだったのだろうか…俺は慎重にヴァルキリーに尋ねてみた。
「なあ、ヴァルキリー…例の作戦の件だけど…」
「ん?ああ、じゃあちょっと来て」
ヴァルキリーは大した問題では無いかのように済ました表情をして俺をどこかに案内した。随分と歩かされた後、たどり着いた先は使われていない空き教室だった。
「…うん、ここなら良いね。…もういいよ、団長」
ヴァルキリーがそう言って掃除用具入れの方を見ると、中から大きな音を立てて会長が現れた。埃を被っていてみているだけで咳き込みそうになる。
「青木…ここでは会長と呼ぶように言っただろう。ほら、言ってみろ」
「かいちょー」
ヴァルキリーは無表情で適当にあしらうかのようにして会長を呼んだ。その後何度やり直させられたかわからないが、次第に会長も飽きてきたようで、ため息を吐きつつ諦めた。
「はあ…ところで少年、元気にしていたか?」
「なんで久しぶりに会ったみたいな話し方なんですか…昨日ぶりですよ…まあ、変わりありませんけど」
「それは何よりだ。それで、早速本題に入るんだが、これから君には囮作戦の第一段階に取り掛かってもらう」
「ここに来て!?…もう放課後ですけど…」
「放課後だからだ。まずお前には、職員室に入ってもらう」
「職員室?」
「ああ。俺たちは、まず疑うべきは教員だと考えた。特に校長や教頭などの管理職の教員だ。そういった教員の前で、君が組織の人間であることを連想させる行動をとってくれ」
「え、でも何の用事も無しに職員室に入れるんですか?」
「それについては青木が手を回してある。君が未提出である英語の課題を青木が全て片付けておいた。これを英語の担当者に提出するというのが今回の口実だ」
俺は会長から何枚かのプリントを受け取った。隅々まで見てみると、驚くほど完璧に仕上げてあることがわかった。俺が間違えそうなところはわざと間違えているように見せ、筆跡まで俺そっくりになっている。
「おお!なんていうか、ありがとうヴァルキリー!」
「いいの。辛いとかそういうの思わないから。そんなことより早く行ってきて。先生たちがみんないる時間は職員会議後の今だけ…だから放課後を選んだの。…ほら早く行って。一応、君も怪しい先生がいたらマークしておくんだよ?」
そうして俺はヴァルキリーに急かされ、会長から受け取ったプリントを抱えて職員室へと向かった。
…職員室についた。何となく入りにくい雰囲気があるのは何故だろうか…俺は勇気を出して扉をノックする。
「…失礼します…大島先生に用があって来たんですけど」
そう言うと職員室の奥から英語の担当の大島先生が俺の方へ小走りでやって来た。英語の教師とは思えない大柄な体格をしている。どちらかと言えば体育とかの教師をしていそうではあるが。
「暁君だったね。どうしたんだ?」
「えっと、未提出の課題を提出したくて」
俺は手に持っていたプリントを一式先生に手渡した。大体六、七枚くらいあるだろうか。
「こんなに提出してなかったのか…?まあいいや、じゃあ確認するぞ」
先生は受け取ったプリントを一枚ずつ丁寧に確認し始めた。
(よし、んじゃこの隙に次の段階に入ろう。…えっと確か、俺が組織の人間であることを匂わせれば良いんだよな…っていうか全然考えてなかったけど、どうする…?)
俺は組織で過ごしていた日々を思い返してみた。任務中のこと、休憩中のこと、訓練中のこと…それらの中から導き出されたのは、まきと過ごした日々だった。そもそも俺には彼女以外友達がいないのでこうなることは必然であるが…そしてそれをさらに詳しく思い返してみると、一つの会話が俺の脳裏に浮かんできた。それは、大体の星戦士が持ってしまう癖…いわば職業病のようなものだ。
「背伸び…?」
「うん、ぐれんは無い?私はついやっちゃうんだけど…極限環境順応訓練の時、体がいろんな環境に何度も晒されるから、体中の筋肉が伸縮するみたいな感覚になるでしょ?だからよく戦士は体を伸ばす動作をするの。それが癖になって、よくつま先立ちになったり、腕を伸ばしたりするんだけど…」
「あーでもわかるかも…確かに俺もそんな動作をよくやる気がする」
…俺はそのことを思い出し、さりげなく背伸びをしてみたり、腕を伸ばしてみたりした。辺りを見てみたが、俺をまじまじと見る人間も、怪しい動きをする人間も特にいなかった。そしてしばらく経って、大島先生は全てのプリントを見終わったようで、素早くプリントをまとめるとファイルの中に入れた。
「…よし、良いだろう。これは預かっておく」
「はい。失礼します…」
俺は軽くお辞儀をしてから職員室を出た。そして深く深呼吸をして、ヴァルキリーたちを探そうと足を踏み出そうとすると、横から一人の女子生徒が声をかけてきた。
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