作戦開始(1)
初登校日から一週間が過ぎた。あれからヴァルキリーとはたまに会話する程度の仲にはなった。それにしても、学校でのヴァルキリーは普段を知っている身からするとあまりにも違和感がある。この間なんて…
「あ、ヴァル…青木さんおはよう」
「おはよう、グレン君!レイでいいよ?」
「…お、おう?」
…違和感…学校でのヴァルキリーはあんな感じなのか…普段の彼女からは全く想像のつかないようなテンションで俺と会話をする。そう思っていたら二人きりの時はいつも通りの塩対応である。教室に戻れば彼女の席の周りには多くの友達と思わしき人間が群がっているし、やはり混乱する。そんな日常が一週間続いたものだからついに混乱が極限状態を迎え、今日の放課後は屋上で風に当たっているところだ。
「はぁ…なんか、疲れた」
そうして俺は服が汚れることも気にせず、屋上の地面に寝転がった。空が青い…俺の悩みなど一つも気にしていないと言わんばかりに限りなく青い空がどこまでも広がっている。
「…いっそ宇宙人でも来て俺を連れ去ってくれ…」
そう言って思わず空に手を伸ばした時、横から見覚えのある顔が入り込んできた。
「やあ、呼んだかい!?」
「うわ!?ルクス…会長?でいいのか?」
「ここでは未砂鬼 哨と言う名で過ごしている。もし君が俺のことを呼びたいのなら、未砂鬼会長とでも呼んでくれ。みんなそう呼んでいるんだ。ところで、やっと俺の元に来る決心がついたのか?」
そう言って会長は顔を寄せてくる。
「ちっ、違いますから!?それにそんなのヴァルキリーが…」
「そう、私が黙ってないわ」
ヴァルキリーの話をしようと思っていると、例のサンドイッチを片手に持ったヴァルキリーが屋上のドアを開けてちょうど俺たちの元へやってきた。
「ヴァルキリー!?何でここに?」
「あなたを探してたのよ。今日はせっかくだからあなたと一緒に帰って青春っぽい空気を醸し出してうまく学生に馴染もうと思ってたのに、なんでそこの寒いくせに火星とかいう名前をつけられてる星の暑苦しい騎士団長と一緒にいるわけ?…まあいいわ。はいこれ、昼間購買で買ったクマさんサンド。これあげるから一緒に帰るわよ」
そう言ってヴァルキリーは手に持っていたサンドイッチを渡してきた。
「あー、んじゃありがたく…」
「ありがたく頂こう!」
俺がサンドイッチを受け取ろうとすると、背後から俺よりも大きな声で会長が礼を言った。…なぜこの人は自分も貰えると思っているのだろうか。
「残念だけどあんたのはないわ。これはグレンにあげるためのものなのに、なんであんたの分があるって思ったわけ?」
「ん?無いのか?この少年の分があって俺のものはないのか?」
「あるわけないでしょ馬鹿なの?はぁ、この間からこの呆れるっていう感情を忘れようとしてるのに、全然忘れられないのよ。…まぁそんなことはいいの。グレンを誘ったのは単に青春っぽい空気を醸し出したかったからってだけじゃない。私と一緒に潜入してる何人かの工作員から有益な情報を得たからなの」
「有益な情報?てか、ヴァルキリー以外にも冥王星の使者っていたんだ」
「正確にはみんなヴァルキリーよ。あなたがこの件にこれ以上深く関わることはないと思ってたからヴァルキリーとしか言わなかったけど、私の冥王星での呼び名は正確には「ヴァルキリー=レインズ=ブルーウッド』。数多くいるヴァルキリーのうちの一人。今回の潜入調査では、一部を除いたヴァルキリーのほぼ全員が潜入していた。ただ、みんな作戦中に命を落としちゃったから、実質私が唯一のヴァルキリーってこと。だから私のことはこれまで通りヴァルキリーって呼んでくれて構わないよ」
ヴァルキリーは仲間が死んだと言いつつ全く悲しんでいる素振りは無かった。この後少し気を使おうと思っていた俺だが、その考えはすぐに取り消した。そんなことをしたところで帰ってくる答えは決まっているのだ。「そんな気持ちは無駄」それだけで彼女は済ませてしまうだろう。
「…そっか、で、有益な情報ってのは?」
「ああ、そうだった。私の同胞はみんな死んだけど、生前に得たデータをメモリとして残してくれてたみたいなの。その中の一つに、私たちが取りかかろうとしている問題の根幹に関わるものがあった」
そう言ってヴァルキリーはカバンの中からレコードのようなものとレコードプレーヤーのようなものを取り出した。
「これはレガシーっていう冥王星の記録媒体。めちゃくちゃ高価なものだけど、破損してもほんの一部分でも残って入れば読み込みができるから、重要な情報はみんなこれに入れるの。…んじゃ、再生するね」
ヴァルキリーがレガシーの電源を入れると、中から割と鮮明に女性の声が響いてきた。
『これを聞いている同胞に良い情報を伝えるわ。私たちがこの学校に潜入したのは正解だった。この学校はロード・オブ・コスモスと繋がってる。そしてこの学校のどこかに組織の幹部がいることも間違いない。…伝えたからね?んじゃ、健闘を祈るよ』
そしてレガシーはピタリと何も言わなくなってしまった。この学校に組織の幹部が潜んでいるというのはかなり貴重な情報であるだろうが、誰か明確にわかっていない以上俺にとっては重大なリスクを伴うことになる。
「…これって、俺にとっては結構危険なことなんじゃ」
「そうね。ここに潜んでいる組織の幹部は確実にあんたの情報を得ているだろうし、ここにいることが見つかれば一巻の終わりよ。それにこっちはその幹部が誰なのかわかってないんだもの」
「どうすればいいんだ…んまあ、考えたってしょうがないな。こっちにはヴァルキリーがいる。いざとなればなんとかなるだろ。組織の人間を炙り出す手段はまた追々考えるとして…」
「いや、もうすでに確実かつ合理的な方法があるじゃないの」
ヴァルキリーは俺の方をじっと見る。ふと会長の方を見ると、会長も俺のことを見つめながら小さく頷いていた。
「…え?…まさか…嘘だよな…?」
「あなたを囮にすればいいのよ。大丈夫、多分あなたは死なないわ」
ヴァルキリーは不敵な笑みを浮かべながらそう言う。そこにも何の感情もこもっていないのだと思うと恐ろしい。
「おいマジで言ってんのか…?なあ会長なんとか言ってくれよ!?」
「うぬ…普通に考えると、それが一番確実な方法だろうな。よし、それでいってみるといいだろう!」
会長はそう言うと高笑いを浮かべながら颯爽と去っていってしまった。感情がないヴァルキリーとは違うのだから、もう少し人の心があってもいいと思うのだが…こんな調子で俺は無事に生きて組織を壊滅させることが出来るのだろうか…
ここまで読んでくださりありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけたなら幸いです!