古の力
「そこまで」
その掛け声と同時に周囲の空位は突然季節が変わったかのように冷え切った。…体を動かそうとするが凍ったように動かない。いや、それどころか俺は宙に浮いたまま固まってしまっている。皮膚には直接冷凍されているような冷たさを感じる。
(なんだ…何が起こった…)
「火星の騎士と喧嘩するなんて…あなたって思ってたよりもバカみたい」
ゆっくりと俺の視界に何かが降りてきた。それはヴァルキリーだった。彼女は相変わらずの仏頂面で俺の顔をじっと見つめると、小さくため息をついた。
「はぁ、こんなふうに人に呆れたのも初めてかも…あなたのせいで感情が芽生えてしまったじゃない…もういいよ、動いて」
ヴァルキリーはそう言うと、パチンと指を鳴らした。すると俺はさっき殴りかかっていた時と同じ勢いで思いきりルクスの顔面に激突した。
「ぐおっ…」
「ああ、言い忘れてたけど、運動エネルギーは停止した時空の中でも保存されるから、あなたの行動を急に止めることはできないよ」
「それを先に言って…」
俺は鼻血を流しながら地面に落ちる。
「でもちょうどよかったかも。私もこいつの顔面一回殴ってみたかったし」
「えっと、それはどう言う感情で…?」
「感情なんてないって言ってるでしょ?なんか本能的に殴りたいってだけ…さて、ちょっとこっちに来てて。こいつを動かすから」
ヴァルキリーはそう言って再び指を鳴らした。するとルクスは鎌を振り下ろす勢いと俺が衝突した勢いが合わさった影響でどこにいくこともなくその場で鼻血を出して気を失った。
「うわぁ…」
「人間の言葉を借りるなら、すごく滑稽でざまあないって感じかな?んじゃ、これ以上暴れられても困るし、近くに縛り付けて置こっか」
ヴァルキリーは華奢な体からは想像できないような力でルクスを担ぎ上げ、柵の近くに放り投げると、どこから持ってきたのかわからない頑丈そうなロープで柵にルクスを縛り上げた。
「…これでよし」
「…なあヴァルキリー、なんで俺はこの人に襲われたんだ?被検体とか言ってたけど」
「ああ、火星で最近やってる人体実験だね。地球人の細胞を研究して、地球人の体を溶かす薬品を作ろうとしてるとか言う話だけど」
「マジかよ…」
そんな話をしばらく続けていると、掠れた唸り声をあげながらルクスがゆっくりと目を覚ました。
「うう…おい、これはどういう状況だ…?青木、君も俺と同じ類の人間だろう?どうしてその男の肩を持つ?」
「ん?この子は確かにこの星の戦士だけど、組織に対して強い憎しみを抱いてる。それを踏まえた上で聞くけど、実際に戦ってみてわからなかった?私がこの子に執着する理由」
ヴァルキリーはやや高圧的な目を向けながら答える。
「古の力のことか?」
「そう。私は直接手合わせしなくてもわかってた。この子には例の能力が覚醒する可能性が十分にあるってね」
「えっと、さっきからなんの話をしてるのかよくわからないんだけど…」
困惑しながら俺が尋ねると、小さくため息をついてからルクスが答えた。
「君は自分の可能性について何も知らないんだな…俺たちがお前に見出した可能性、それが古の星属性、地球属性だ。それも原始のな」
「原始の…地球属性…?」
聞いたことがある。遥か昔、神の国と人間の国が曖昧だった頃、この星の力の全てを操り、神々と唯一交流が許されていたとされる人間がいたと。ただこれはあくまで神話上の話である。これがかつて地球にあった原始属性なのだとすれば話は別だが。
「かつて、確かにこの星には全ての星霊力の中でも屈指の力を誇る星属性が宿っていた。しかしその力を維持する前提条件である『太陽の神』と『地球の生命力』の繋がりが絶たれてしまったことで、この星は太陽系で唯一星属性を持たない星になったんだ」
「え、じゃあ、なんで俺が…?」
「それはわからない」
ルクスはまっすぐに俺の目を見たまま言った。
「えぇ…」
「まぁとにかく、この子には利用価値がある。それはわかったでしょ?」
ヴァルキリーはルクスの縄をほどきながら言う。
「ああ、それで、お前はこいつを仲間に引き込むつもりか?」
「…そう言ったけどダメだったよ。この子は組織を恨んでいるだけで、人類を滅ぼしたいとは考えてないみたいだから」
ヴァルキリーはため息をつきながら俺の方を見た。さっきまで俺と言い争っていたとは思えないほど、怖いくらい冷静だ。
「…なあ、ヴァルキリー…やっぱり考え直さないか?この星の人間はみんながみんな悪い人じゃないんだ。俺は知ってる。誰よりも明るくて、みんなの支えになる最高の人間を」
ヴァルキリーはしばらく考えた後、わかりやすく呆れたような表情で俺を見た。
「…なら証明して。組織を倒せば全員救われるって。…一旦は組織の壊滅を目標にする。だからあなたは私と一緒に行動することよ」
「…!わかった、よろしくな、ヴァルキリー!」
「勘違いしないで。馴れ合うつもりはないから」
こうして一応協力関係を結んだ俺たちだったが、ヴァルキリーは相変わらずの態度を俺に向ける。彼女が俺に心を開いてくれる時は来るのだろうか。いつか感情があることの素晴らしさを実感してくれることを心から願うばかりだ。
「はは、どうやら俺は静観せざるを得ないようだな。少年よ、青木…いや、ヴァルキリーだったか?そいつは俺の直感だとかなりの曲者だ。上手く扱えることを願うよ」
「扱うのは私よ。あなたは黙ったほうがいいわ」
そう言ってヴァルキリーがルクスの顔面を蹴り飛ばした時、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。俺はルクスに哀れみの眼差しを向けながら、そそくさと立ち去っていくヴァルキリーの後を追った。俺がヴァルキリーを扱うのか、ヴァルキリーが俺を扱うのか…いずれにせよ大変な日常が始まってしまうようだ。
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