新生活は苦労でいっぱい(2)
「…!君は…ヴァルキリー!?」
「しっ…」
彼女は人差し指を唇に当てる。無表情だが、迷惑そうなことだけは伝わってくる。この感じ…やはりヴァルキリーで間違いなさそうだ。俺は席に座ると、目立たないようにこっそりとヴァルキリーの耳元に囁く。
「えっと…なんでお前がここにいるんだよ!」
「私でも入れる学校がここしかなかったの。ほら、地球人に溶け込むなら学校に通うのは当然でしょ?」
「まぁ…そうなのか?それより、ありがとな、俺にここを紹介してくれて」
「礼なんていいの。あのまま放っておいたらあなたどうなってたか分からないし」
それからヴァルキリーと話すことはなかった。そして数時間受けなれない授業を受けた後、昼休みがやってきた。クラスメイト達は皆それぞれ弁当を広げたり、購買でパンを買ったりしている。
「さてと…俺も何か…あ…」
気が付いた。俺には弁当も無ければパンを買う金もない。絶望を噛み締めながら泣く泣く席に戻ろうとすると、無表情でクマさんサンド(購買に売られている生クリームとフルーツがたっぷり入ったサンドイッチ。パンにクマさんが刻印されている。美味しいが見た目が子供っぽすぎてめったに買う人はいない…と、パンフレットに書かれていた)を片手に持ったヴァルキリーが俺のもとにやってきた。
「あ、ヴァルキリー…君は購買か…っていうかそれ、買う奴いるんだな…」
「ん?このサンドイッチ、結構おいしいんだけど、なぜかみんな買う人がいないんだよね…そんなことより、今からちょっと来てくれない?これあげるからさ」
「え、ああ…わかった」
俺はヴァルキリーからクマさんサンドを受け取ると、すたすたと歩く彼女の後を追った。
「…よし、ここならいいかな」
「屋上…なあヴァルキリー…なんだってこんなところに…」
「ちょっと話したいことがあるの」
ヴァルキリーは急に声量を上げてこちらを見てきた。
「…?」
「…あなたには言っておきたい…私がこの星に来た理由は、この星を滅ぼすため」
「…!この星を…滅ぼす…?」
「そう。私は冥王星から派遣された使者で、太陽系の全惑星、衛星、小惑星の未来を守るために、この星の人類を滅ぼすことが目的。…そこであなたに提案がある。あなたは自身を作り出した人類を恨んでいるはず。なら、私と一緒に人類を滅ぼさない?この計画が成功した暁には、あなたには十分な地位を与えるし、皇国議会からの栄誉ある勲章だって…」
「断る」
「え…どうして…?」
「確かに俺は、俺のような生物兵器を作り出したり、俺の友達を殺したりした組織を憎んでるけど、それは人類を憎んでいるわけではない。悪いのは全部組織だ。『ロード・オブ・コスモス』…真に滅ぶべきはあいつらなんだ」
ヴァルキリーは静かに俺の話を聞いていた。そして俺が話し終わると小さくため息をつき、元来た道を戻っていった。
「…その組織を滅ぼしたところで何になるの?結局はまた新しい組織が生まれるだけ。この星の人類の本質は傲慢なんだから」
「ヴァルキリー…待てよ!この星の人類はみんながみんな…」
「早くクマさんサンド食べた方がいいよ。時間が経ったら美味しくなくなるから」
ヴァルキリーはそれだけ言って階段の向こうに消えていった。ヴァルキリーは人に対する認識を誤っている。わかってほしいのだ。クマさんサンドのことなどどうだっていいのだ。俺も彼女とは協力関係を結びたい…ただそれは世界滅亡でありたくないのだ。
「どうした少年。そんな辛気臭い顔をして」
…びっくりした…どこからか大柄の男性が突然現れて声をかけてきたのだ。
「うわっ!だっ、誰!?」
「そんなに警戒するな。俺は通りすがりの生徒だ。一応生徒会長なんだけど…見たことないか?」
「生徒会長…?すみません、今日入学したばかりで…」
「そうだったのか!今日一年生に新入生が来ると聞いていたので一度会ってみたいと思っていたのだが…まさかこんなところで会うことになるとはな!」
彼は太陽のように明るく笑う。その姿はどこか懐かしさを感じるようだ。
「それにしても、君はなんでそんな顔をしているのかな。友達と喧嘩でもしたか?」
「あ…まぁ…そんなとこです…」
「そうか…よし、こっちに来るといい。いい機会だから、いろいろ話してやろう」
「ぐあっ、ちょ、きつい…!」
俺は彼に肩を組まれ半ば強引に引き連れられた。いろいろあってこの人を信じていいのか分からないが、厄介な人に絡まれてしまったことだけは確かだろう…