絶世美女枠アイラフさんの暗黒
モデルくるまきくるみが絶世美女枠でバラエティーに出たとき、圧倒的な美しさにMC達も気降ろされてそのぎこちなさはTV画面からも伝わって来た。
彼女の額は金色の満月のように丸く秀でていて、鼻筋は優雅にかつつんとして鼻梁は小さく可愛らしい。口もまたか弱き程小さく全ての人がそって触れたくなる。顎は細く小さき指でもつまめそうだ。目は涼しく潤んでじっとなにかを見つめている。
紹介ヴィデオで千年に一人のヒップが映されると場の皆が喜んでアイラヴヒップと誰かが叫ぶと、皆気に入ったようで誰もがアイラヴヒップと叫んでプライム時間帯のバラエティー番組は小学4年生のクラスの様を呈した。
「くるまきくるみをアイラヴヒップと改名しよう」
ガヤの一人が提案すると皆そうしようと賛成した。
「センスねえな、直接的すぎる」
「じゃどうする」
「アイブヒップ」「スケベ」「アイブシリ」「同じだよ」「アイラヴシリ」
小学4年生のクラスは喧しい。まだ直接的だと、MCが、
「アイラフシリ」
を提案した。みないいね、と賛成した。だが面と向かうと、みな恥ずかしそうになってアイラフシリさんと呼べる人は居なかった。そこで皆シリを省いてアイラフさんと呼ぶようになった。
アイラフさんには暗黒の歴史があった。年端が行かぬ女優が監督の毒牙に掛かる様に、何度か嫌と言えぬ状況に落とされ意もせぬ歴史を作って来た。それは脅迫的に何か月も続くことがあり、より上位の影響が現れるまで続くこともあった。頼れる人を求めるのは自然なことだった。
「アイラフさんと呼んでも良いですか」
アイラフさんは微笑んで、良いわよ、と許した。男はフリーランスのプランナーで仕事内容はよく理解できないが若手のやり手に思われた。
男とは一度CMの企画で、一度は自治体の地域紹介の企画で席を同じにしたことがあった。さらに数度パーティーや何かの集まりで一緒になったことがあった。ハワイに休暇で訪れて邂逅した。喫茶店で話しましょうか、との提案を受け入れた。
「時々お目に掛かかっていますよね、お話できてうれしいです」
若者は低姿勢で好感を持てた。
「お仕事随分活躍されているんですね」
「いやいや駆け出しですよ」
「お一人でされているんですか」
「ええ、ちょっと前まで共同オフィスでようやく事務所を構えたところです。経費を稼ぐだけで精いっぱいですよ」
「凄いですね」
「事務所を構える時、昔の3種の神器なんていれて考えたらバカみたいです」
「3種の神器って」
「ファックス、プリンター、コピー機です」
「要らないんですか」
「プリンターくらいですかね。でも自治体がファックス使っていたりするから、とんだ無駄な投資です」
「使うの難しそうですね」
アイラフさんは、いずれも使ったことがない天然だった。若者は何の話かわからなかった。3種の神器のことかとやや顎をはずした。事務所に居たら困ったさん確定だ。でも美しさは少しも損なわれない。若者の緊張はずっと続いたままだ。だが、
「アイラフさん一人なんですか、マネージャーはどちらに居るんですか」
と心配を口にした。いつも取り巻きが居て一人になることは無かったが、一人だとの認識も無いようだ。
「はぐれちゃったのかな」
「電話しといた方が良いですよ」
はぐれちゃったのではなく、ぷいと飛行機に乗りはぐらかした方だった。心配してるかもと、
「電話しとこうかな」
とメールではなく電話した。向かいに居ても分かる大声がスマホから聞こえた。
「どこって、ハワイ」
ハワイ――と素っ頓狂な叫びが聞こえた。誰と一緒?
「一人」
ヒトリ――? 本当でしょうね、スピーカーで話しているのと変わらない声が聞こえる。
「今、ちょっと男の人とお茶してる」
正直に言うところは素直なのか。
オトコーー、さらに大きな声が、まさに金切り声が聞こえた。誰? 電話に出しなさい!
「カミナキと申します。フリーランスのプランナーをしています。アイラフさんとは何度か仕事で一緒しています」
「カミナキさん、フリーランス? 一匹オオカミ? 名刺を送って頂戴」
カミナキは自分のスマホか名刺を送った。
「カミナキさん、素性は調べさせてもらいますよ。少しでも邪な考えを持ったら只じゃ済みませんよ」
カミナキはこのマネージャーは幾つか聞いた。おばさんよ、と答えられた。
「分かりました。それでアイラフさんをどうすれば良いんですか? 飛行機に乗せれば良いんですか?」
「そうか。そうね、お願いできるなら直ぐそうして頂戴」
アイラフさんはスマホを奪い取ると、
「いやよ」
と一言宣言した。マネージャーの困惑が伝わって来る。カミナキさん、大きな声が聞こえた。カミナキは電話を替わった。
「これから直ぐ飛行機で迎えに行きます。それまでくるみを守って頂戴」
きつく念を押され御守をすることになった。