あるアイドルの暗黒
あすかなすみは凍っていた。
2月の寒い朝、神田川は秋の膨大な枯れ葉も流れ去って川底は乾いていた。
橋の下、人目を避けてあすかなすみは凍っていた。
川の真ん中を流れる水を見ながら凍っていた。
日が射さない橋の真ん中でじっとうつむいて足を抱えて、全ての不幸が汚い色と姿・形に凝縮した塊だった。
川底に凍った魚がいるならそれと変わりはしなかった。ただ魚はじっと春を待っている。
昨夜吹き荒れていた寒風は収まって空気はそよとも動かない。
凍ったあすかなすみも石のように動かない。
ホームレスの凍った形になってアイドルの欠片もないゴミの塊で死んでいた。
日本は騒然となった。あすかなすみが見つかった。
凍って死んでいた。
全ての観客の心を凍らせた。
あすかなすみはずっとホームレスだったのだろうか。
荒川をさ迷っていたのか。
食事はどうしていた。
拾って食べていたのか。
冬をホームレスで過ごし力尽きたのか。
なぜ助けを求め無かったのか。
人はあすかなすみを責めた。助けてくれと言えば良かったのに。まるでこれ見よがしに死んだように感じた。観客の心を凍らせたあすかなすみの自業自得だと言わんばかりに。
肉親は報道を恐れ娘に近づけなかった。
直葬され骨になってようやくひっそりと引き取られ故郷に帰って行った。
文潮記者の大罪とはあすかなすみの死では無かった。
一人のアイドルの死なぞ直ぐに過去に埋没される。記者が10年に一度思い出すかさえ怪しいものだ。
もっとも影響され呆然としている人たちが居た。10代20代の女性たちだ。
妊娠して堕胎して命を奪われるなら、妊娠はしない。
男たちの勝手で命まで奪われるのは不公平だ。
望まぬ妊娠は全て男の責任じゃないか。