あるアイドルの暗黒
直ぐには降ろさず周りに眼を飛ばしているようだ。安全と確認したのかあすかなすみを降ろした。ただコートでガードすることは忘れていない。
男の任務は終わったのか周囲に眼を配らせて最後の確認の後来た車に乗り込み消えた。
あすかなすみどうしているのだろう。スモークを張ってあるから仲は撮れない。
正面から盛大にフラッシュをたきながら連写した。1枚取れればいい。
中を確認するとあすかなすみとばっちり目が合ってしまった。
驚きまんまるに見開いた目は美しくさえあった。
さっと伏せたから続きは撮れなかった。
横に回りスライドドアに手を掛けるとなんと開いていた。
するっと開けるとシートに伏せていたあすかなすみがこちらを向いた。
その目には見る間に涙があふれ頬を伝った。
止めどなく涙を流しながら記者を見つめている。
それは先の未来を覚悟した涙か。彼女の全てが瓦解していく。
記者も流石に動けない。じっと固定されるのみだった。だがカメラの手が動く。
あすかなすみはさっと身を伏せ涙が撮られることは防いだ。
どのみちドアを開けたことは不法だ、撮っても使えない。
閉めてください、と弱弱しく声を出す。この場合従うしかない。ドアは自動で閉じていく。
中は見えなくなったが様子はなんとなく窺い知れる。
悲嘆の涙は枯れることがあるだろうか。
未来はこの瞬間無くなった、閉じた。
暗黒が眼前を覆い地獄の深淵が見えているだろう。
二十歳前にして恋を知り乙女は散り、全てを失う。
やがて人が来た。誰何される前に場を離れた。
その後は文潮記者の予想通りことは運んだ。
すぐさま日本は狂乱に陥りTV・ネット・新聞・雑誌すべてがあすかなすみの写真と記事で溢れた。
あらゆる周辺人物が取材に応じ求められる情報を提供した。
TVは主演シーンからの削除に追われ視聴者は目を皿に彼女の出演シーンを探し即座に抗議の電話とネットへの発信に夢遊した。
莫大なCMの罰金が科されると囃し立てた。その額は到底彼女一人で払えるとは思えなかった。
NHKは躊躇しなかった。あすかなすみは紅白出場を断たれた。来年後半の連続テレビドラマの主演も降ろされた。
ネットやTV の狂騒をみればあすかなすみに出来ることは何もない。所属事務所は紅白を降ろされた時点で庇うのをやめた。
文潮記者犯した大罪に気が付かなかった。
あすかなと夢見た未来が来ることは無かった。
明日叶うとの思いを乗せた名は散った。
隅っこでも良い生きていけるなら、との思いも叶うことはなった。
彼女の居場所は日本に無かった。あらゆるところに人の眼があり取材が訪れた。
まさに日本公開捜査だった。
同様に相手の捜査も行われた。若手のアイドルか、仕事関係の上位者か。少しでも彼女に関係のある人物は徹底的に操作された。
事務所社長、TV局のプロデューサー、CM関係の金を出す人物など、過去に闇を構成した関係者は生きた心地がしなかっただろう。
彼女は匂わせもしていない。
手掛かりは無かった。少しでも目撃情報があれば人がわんさか集まる。