あすな
私、恭子は引き籠っていました・・・まあ、色々あったんです。
特に誰にも気づかれないと思ってましたが、引き籠り三日目には、大家さんと警察官がやってきたので驚きました。
まあ、結果から言うと、私は自殺を危惧されていました。少し考えたら当たり前のことですが、元同僚やら友人が心配して連絡を取ろうとしてくれていたのですが、当の本人は世俗を嫌って、一切の関わりを断って引き籠りを決め込んでいたので、発覚が遅れて少しばかり話が大きくなってしまいました。
ついでに警察に事情を説明した後、予定通りに実際三か月間引き籠ったし、周りも私を気遣って、そっとしておいてくれたので、その後の世の中の推移については全く知りえる状態ではありませんでした。
具体的には、私は云われない誹謗中傷に心を蝕まれた、哀れなヒロインに仕立て上げられていました。
そりゃ本当に引き籠ってたんだから、信憑性は半端なく高いし、元同僚の援護射撃もある。ついでになに書かれても反論しない・・・正確には見てもいなかったんだけど・・・相手なんて、格好の玩具かつ最高の神輿だったんだろうなと思います。
ともあれ私はしっかり三か月間引き籠れたのです・・・なんで三か月だったんだろう?
社会に復帰してみれば事態は急変していました。私が退職してからすぐに、あの女が懲戒解雇と勘当を食らったうえ、正当な理由による誹謗中傷に耐えかねて引き籠った挙句、ネットに踊らされた何者かにより、言うに憚られる殺害方法で死亡しているのを知りました。犯人は捕まっていません。
不意に訪ねてきた友人の良子から、この事を聞きました。
「ねー、世の中物騒だよねー。ついでにあの人、切り刻まれてから丸一日生きてたなんて、話に変な尾鰭ついちゃってさー。あんまり深夜のコンビニバイトしてる、か弱い女の子をびびらさないでほしいよねー。」
良子。あなたみたいに役者になりたいからって、親を振り切って大学も中退して、それでも誰にも寄り掛からず強く生きてる人間を、だいたいの人は、か弱いなんて言わないのよ?
「ひどーい、親友をそんな風に言うなんてー。」
・・・今回そういう役が回ってきたの?
「いえ、そういう訳ではないわ。こういうふんわりした子の方が、精神に傷を負った友人の癒しになるかと思って。後、接客業はこういう感じの方が受けがいいのよ。あ、そうそう、あの人とほんの少しだけ一緒に働いたけど、駄目ねぇ。相当雑な設定の演技でからかったけど、まるで見抜けてなかった。本当にちゃんと働いていたのかしら?」
・・・自分の演技で設定を押し切った可能性を考慮しないのね・・・なんでこの子、世の中に発見されないのかしら?
そうそう、私の退職は取り消されていました。あの女の噓がすべて露見していたのです。本社の社長・・・あの女の父親がすぐに謝罪に来ていましたので、少し察していましたが意外とボロが出るのが早かったようです。
あの時は難癖付けて追い返しましたが、聞いとけばよかったかしら?いや、どうせ騒動の火に油を注ぐことも、被害者ムーブすることもしたくなかったから、それでよかったのよね。
それにしても、あの立派で厳格な父親から、どうしてあの女のような出来損ないが育ったのかしら?
茂は出世していました。あの社長の養子になったそうです・・・無能な娘を切り捨てて、有能な義理の息子を入手したんですね・・・見た目以上にドライな人みたいです。
「まあ、そのあたりは私がとやかく言う話ではないわね。じゃあまたね。今度甘いものでも食べに行きましょ。」
・・・良子と入れ違いで、噂をすれば影・・・今日はさすがに会わないと・・・
「まずは、愚娘があなたにかけた数々のご迷惑に対して心より謝罪を申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。」
いや、頭を上げてください。娘とはいえ、すでに成人しているのですから、あなたが頭を下げるようなことではありません。それに、すでに勘当もされているのでしょう?
「そういってもらえて、少しは肩の荷が下りたよ。当の本人を謝罪の場に引きずり出せないから、どうしたものかと苦慮していてね。」
・・・悪いのは、あの女だけで、すでに死亡している。褒められたことではないが碌な死に方ではなかったので、私の溜飲も下がっている。もうこれで幕引きにするべきでしょう。
「ああ、これは何も聞かずに受け取ってくれたまえ。これだけのことをしておいて、身内の私が何も賠償していないというのでは、格好がつかない。」
そんなお金いらないけど・・・受け取らないと余計に話がこじれそうね・・・
「あなたが、理性的な判断ができる人でほっとしているよ。そんな君にもう一つ判断してもらい事があるのだが、いいかね?」
うわあ、えらい人に気に入られたぁ・・・
「まあ、そんなに身構えずに聞いてくれたまえ。実は私はね、結婚なぞ興味がなかったんだよ。しかし家庭を持っていないと色々煩わしいことが多くてね・・・見た目のいい女を見繕って、見返りにある程度の自由を提供したのだが、まさか、血のつながらない娘を作るとは思っていなくてね・・・まさか、娘の死亡時にこんなことが発覚するとは・・・」
それは・・・なんと言っていいか・・・
「まあ、終わったことだし、相手にもそれ相応の報いを受けてもらったから、君が気に病むことではない。でも、私は何かに好かれている様でね、別口で養子にしようと思っていた茂君の母親だが、私の同窓生でね・・・妻に裏切られ独り身になった傷心中の会社社長が、たまたま発見した、『早くに夫を失い女手一つで息子を育て上げたが、現在病魔に苦しむ同窓生』に手を差し伸べて、その後・・・中々よくできたシナリオだと思わないかい?」
うわあ、この人すごいな・・・
「そんな訳で、私に有能な息子が出来たわけだが、不慮の災難で愛する人を失いそうな息子に手を差し伸べるのは当然ではないかね?君も茂が自分からあんな不義理なことをしたとは思ってないんだろう?まあ、気持ちの整理をする時間は用意するが、君が憂慮する問題はすでにない。私としても、優秀だがいささか繊細に過ぎる息子に、肝の座った妻を迎えたいのだが、どうかね?」
「まあ、思ったのとは少し違うが、ちゃんと好転しただろう?いい話じゃないか、玉の輿というやつだろう?」
アスナ?いったいどこから?そうだ!アスナに言われて三か月引き籠ったんだった・・・
「どうせすぐに忘れてしまうんだから、気にしなくていいよ。そんなことより、機会も期間もあったのに最後まで他人を責めなかった善人が、真っ当に幸せを掴むいい話なんだから、君はそれを享受したまえ。ほうら、茂君もきたぞ。彼がこんなことするなんて、相当根性固めてきてるんだろう?君ならわかるはずだ。」
は?!アスナ?あれ?・・・ドアを少し乱暴に開けて茂が入ってきた。少し瘦せたかしら・・・
「恭子!どの面下げてと言われれば、返す言葉がないが、僕には君が必要だ!義父には多大な恩義があるから無碍にはできないが、たとえ君とのことを反対されようとも、僕が何とかしてみせる。だから、もう一度だけ僕を信じてくれないか?」
もう・・・ガラにもない事しちゃって・・・
「あー、どうしよう恭子さん。よく分からないのだが、これはもしや私は結婚に反対している風の態度をとった方が、うまく話が進むのかね?そう言う駆け引きは専門外でね・・・」
いや、そうじゃないですよ。色々あるだろうけど、もうどうでもいいや。わたしも幸せを掴んでやろうじゃないか・・・悲しいこともあったけれど、最後はハッピーエンドってよくある話です。
-了ー