恭子
私、恭子は振られました・・・悲しいけれど、よくある話です。
元彼の茂には、私以外にも女がいました・・・悲しいけれど、よくある話です。
私だってそれほど自慢できるような容姿じゃありませんが、それでもだらしなく肥え太ったあの女よりは、幾分かマシだと思います。
性格だって、一言二言交わしただけで、陰湿で底意地の悪さが滲み出る、あの女よりは、幾分かマシだと思います。
でもあの女は、私と茂の勤めている会社の親会社の社長令嬢でした。愛は金と権力に敗北したのです・・・悲しいけれど、よくある話です。
確かに公言していませんでしたが、私たちが付き合っているのなんて公然の秘密で、部署内の同僚は、よくからかい半分に声をかけてきたのものです。
ところが一夜明けると、私は彼女持ちの男にしつこく粉をかける、痛々しい粘着ストーカーの女にされていました。
更には部署は適当な理由で解体・再編成され、私はといえば、傍目で見ても私には適性の無い部署に異動になっていました。
つまり悪いうわさはあるけれど証拠がない人物に対する暫定処置、って体で押し切るのか。万一、部外者の調査が入って噓がばれても、早とちり・愛ゆえの暴走と同情を誘いつつ、形ばかりの謝罪と幾ばくかの賠償金で話を終わらせて、これって本当かどうかより面白いかどうかで擦られ続ける悪評をこびりつかせようってことですね。本当になんていうか、まあ・・・悲しいけれど、よくある話です。
まあ、辞めろというより死ねってことでしょうね。事情の知ってそうな周りまで巻き込んで、ご丁寧なことです。
多くの同僚が口を噤んだのは、尤もなことだと思います。寧ろ上層部に嚙みついて、辞表を叩きつけてきた友人に申し訳なさが一杯です。この会社、待遇良かったので・・・
ああ、茂も恨んでないですよ?あれから一言も話してませんが、女手一つで彼を育て上げた母親が、高額な医療費の掛かる難病で入院したのは知っています。少し気は弱いけど、生真面目で心優しい彼が、今回みたいな不義理な真似をするなら、母親がらみで間違いないでしょう。
辞表を叩きつけた友人が、いっしょに起業しようと声をかけてくれましたが、やんわりと断りました。流石にこれ以上、あんなに気のいい彼女の足かせになるのは御免です。
まあ、正直言って、もうどうでもいいんです。私の命だって、どうでもいい・・・悲しいけれど、よくある話です。
ただ・・・ただ、茂が心配なんです。環境から、あの人はメンタル激強なんて思われてますが、あれはそう見せているだけなんです。この状況下で私が自殺でもしてしまったら・・・一番に茂の事が出てきたけれど、家族だって悲しむし、他にも悲しむ人はいるだろうし、軽はずみな事なんてできない。
取り敢えず、私も辞表を書いて、会社を出てきたけれど、これからどうしようかしら・・・
「とかく、人生はままならぬ、ってねぇ。」
不意に声をかけられたので、驚いてあたりを見渡すが、誰もいない・・・ここ人通りの多い場所なのになんで?
「見~下げて~ごらん~」
うわ!!歌声の通りに視線を下げると、可憐な容姿の銀髪の幼女がそこにいたので驚いた。
「そうかそうか、私が小さいから見つけられなかったのだな・・・仕方ない。はっはっはっ・・・ううう・・・」
いや、強がった後で泣かないで・・・
「まあ、つかみはこれぐらいでいいかな?私のことはアスナと呼んでくれたまえ。君、理不尽に酷い目に遭っているというのに、気遣うのは他人の事ばかりかね?恭子くん?」
なんで私の名前を知っているの?事情も色々知っていそうだ。でもこの幼女、私は知らない。
「もう、幼女はよしてくれないか・・・うう・・・」
ごめんなさい。もう言いません。
「分かってくれれば良い。まあ、気持ち悪いというのはよくわかるよ。こんな何でも知ってる風な、見ず知らずな幼女に突然話しかけられたら、誰だってそうだろうとも。」
・・・自分で幼女って言うのは良いのね・・・
「まあね。それより恭子くん、君は頭はよく回る方だろうしカンも鋭そうだから、周りに誰もいないこととか私の存在の理不尽さとかを考慮して、逃走を図っているだろう?確かに私は不審者だが、少し待ちたまえ。君に良い話があるのだよ。」
平静を装っていたつもりだったけど、バレていたのか。まあ、少し前まで自殺を考えてたんだから、このまま話を聞いたところで、どうということはないだろう。
「少しばかり後ろ向きな理由なのが些か気にかかるが、まあいい。君が想定していた通り、悪いのは社長令嬢の留美って女、ただ一人だよ?」
まあ。それはそうでしょうね。強いて言えば、娘可愛さのあまり、親が助力している可能性があるくらいかしら?
「よくある話だけど、今回はそうではないね。自分の仕事が色々立て込んでいて、娘に管理を任せている子会社にまで、目が届いていないってのが真相だね。まあ、そのタイミングを狙って、あの女がやらかしたんだろうけども。頭は回るようだし、立ち回りもうまいみたいだからね。」
で、それを聞いたところでどうなるの?どうにもできないのは変わらないじゃない。
「君、うわさ一つでこうなっちゃったんだろう?じゃあ、あの女にも同じことが起こりうると思わないかい?」
理屈ではそうだろうけど、実際には・・・
「まあまあ、狐狸に化かされたとでも思って、聞いてくれたまえ。『君は今回の事がショックで、自宅に引きこもる。今回の悪意あるうわさ話がトラウマになっているので、ネットやニュース等々を完全遮断してしまう。三ヶ月経ったら吹っ切れて、表に出歩けるようになる。』君がそうするだけで、事態は好転しているよ?」
いや待って、そんな都合のいい話なんて・・・あれ?あの幼・・・アスナは?・・・アスナって誰の事だっけ?知り合いにそんな名前の人いないし・・・こんな人通りの多い場所で立ち止まってたら迷惑だよね私・・・
ああ、もうどうでもいいや、有休消化で大分休めるから引きこもってやろう。もう外からの雑音なんて聞きたくないし、仕事で見る必要もなくなったし、ネットとかしばらくやめてしまおう。積読状態だった本やらDVDとか消化していこう。ちょうどいいや。
あ、レトルトとか冷食、多めに買って帰ろう。あとは定期便の契約をしておいて・・・三か月くらいならそれでいいだろう。うーん、たまには窓辺で日光浴でもするか。・・・なんで三か月なんだろう?・・・まあいいか。
よーし、引き籠るぞぉ!!!