9,魔物退治
「はーーーー……ハル、もう入って良いよな。良いな。入るぞ」
後ろからはドスの効いた低い声。レオンの登場だ。俺の仕事はこの女の本性を王族の前で晒させること。依頼されたわけではないがこんなのを側に置いていたら2人の精神に何かしらの影響がありそうなので。王家の信用にも関わるだろうし。
「で、殿下!? 何故こちらに」
「あんな猿みたいに喚かれたら分厚い王宮の壁でも聞こえてくるんだよ。俺達の大切な友達に随分な対応じゃないか。とりあえず詳しい話は父上にしてくれ。今シルヴィが報告しに行ってくれたからさ。それでハルは魔法を解除してあげなよ」
「あ、うん」
俺はヘルガさんにかけていた魔法をゆっくり解き、胸ぐら掴んでいる女の顔の周りの空気に魔法をかけた。ここでもしヘルガさんに生け贄の話をしようとしても酸欠でそれどころじゃない。そして悪あがきなのか、逃走しようとした女の上に魔法をかけて圧力を加える。
「あのー。大人しくしないと多分貴女死にますよ? 俺の方が級上なんで」
なるべく馬鹿っぽく笑って言った。そしたら気絶した。酸欠か、恐怖か、或いは両方か。
「バケモノ」
女の口が俺に向かってそう言っていた。
「小汚い子供から化け物に昇格ですね。ありがとうございます」
無反応になった女を見下ろして感謝の欠片もない声色で吐き捨てた。俺は今怒っているのだ。家族も、友達も、メアも、馬鹿にされたのだ。怒らない方がおかしい。
「レオン」
「あ、ああ」
「コレ、どうする? 俺、コレにぶん殴られたんだけど。魔法使われたから背中も痛いし。何より俺の大切な人を馬鹿にした。この場で処さない俺の理性を誉めてほしい」
「ああ。……お前達、この女を連れて行け。ハル、ヘルガ。すまなかった。今回のことは王家の落ち度だ。彼女には実家を含めて相応の罰が与えられるだろう」
「あ、あの……。家庭教師を選ぶのは子供ではないからレオンは謝らないでよ」
「そうだね。友達に頭下げさせる俺達って悪者みたいじゃん? だから頭上げてよ。その代わり……」
「ああ、何でも言ってくれ」
「俺、強化属性だからアザ治せないんだ。俺のためにその魔力使ってよ」
「これくらいお安い御用だ。一切痕が残らないように治す」
レオンは俺の左頬に手を添えてアザになった箇所を治してくれた。暖かい光に包まれて、数秒。鏡に映った俺は来た時のままだった。
「ハル様」「ヘルガ様」
「メア」「エステル」
俺は掴み合いになって皺になった服と崩れた髪を直しに、ヘルガさんは俺の圧力のせいで皺になった服を直しにそれぞれ客間に連れて行かれた。
「全く……襲撃の時といい今回の件といい、貴方は無茶をなさいますね」
新しく用意してもらった服を着ていると呆れたような声が降ってきた。
「メアや俺の大切な人を馬鹿にされたようで悔しくて」
「相手は伯爵家の人間ですし、本来はあまり挑発しない方が良いですよ。ですが……ありがとうございます。私などのために怒ってくださって」
そりゃ怒るだろう。メアはもう、俺の中で大切な人なんだから。メアはもう、呆れたような表情はしていなかった。誰もが見惚れるような優しい笑顔を浮かべていた。普段わかりやすく表情変化をさせないのに。
そうして俺は最初以上に磨かれて謁見に向かった。俺が「薄汚い子供」に見えないようにとゴリゴリに磨かれた。ちょっと疲れたけどメアがそれで満足するならまあ。
「すまなかった」
ライゼン様の執務室に入って早々、俺達は一斉に頭を下げられた。この国の最高権力に。
「ライゼン様。顔を上げて下さい。謝罪は受け入れます。しかし、ハルさんはともかく僕はそれほどの怒りを感じていません。確かにエステルとハルさんを馬鹿にされたのは癪に障りますがハルさんの怒りで全て消し飛びました」
「俺も、謝罪を受け入れます。メアと話してクールダウンしたのでもう暴れたりはしません」
「感謝する」
口ではこう言ったものの、俺はあの女が貴族という身分を盾にして罪から逃れたら今度こそ許せる気がしない。
「あの……ハル、ヘルガ……。こんなことがあったけど、また一緒に勉強することは可能だろうか……?」
俺達が話し終わるのを待っていたのか、おずおずとレオンがそう聞いてきた。顔面蒼白。人はここまで顔を蒼くできるのか。
「カリウ先生との勉強は凄く楽しかったからまた参加したい。だけどあとの先生の本性がわからない以上、そう簡単に参加の可否を決められない。言語以外は独学で頑張ってみるよ」
「僕もそうする。あの人の頭からつま先まで全部信じていたわけじゃなかったけどあの傲慢な態度は不快だったから」
俺とヘルガさんの言葉に安堵したのか、レオンはほっと息を吐いた。
「じゃあ、カリウ先生の授業だけ一緒にやりたい。あとの時間は好きにして良い。王宮図書館にいても良いし、キッチンスペースはもうすぐ出来上がるようだから料理してても良い」
「うん。わかった。図書館に貴族家のことが書いてある本があるならそれで勉強する。わからなかったらレオン達に聞けば良い?」
「構わない。知っていることなら全部教える」
「私も、できる限り協力するわ」
今後のことを軽く話し、その日は帰宅した。近いうちに彼女らの処遇が決まるそうだ。ライゼン様は残る先生についても調べ直す、と影を送っていた。
そこから数日は呼ばれることもなく、いたって平和な日々を過ごした。久しぶりに屋台を手伝って、午後は教会でヘルガさんと神と喋って。神に俺達の勉強を手伝わせたりもした。神は上から地上を見下ろせるので貴族家の勉強に便利なのだ。
『そういえば、2人って魔物見たことある?』
3人で勉強中、神がそんなことを聞いてきた。
「いいえ、僕はありません」
「俺も」
『あのね、今2人の頭の中にこの世界の地図を出してるんだけどここ、この大陸の北東部。記載が曖昧になってるとこわかる?』
「はい」
「うん」
『ここに魔物が沢山いるんだけどね、最近まで私信仰されてなかったじゃない?』
「今もじゃん」
『やかましいわね! そういう話じゃなくて! 邪神信仰派の勢力のせいで魔物が増えてきてるのよ。邪神はもう駆除したんだけど積もり積もってって感じね。魔物って、この森の泉から少しずつ弱いものが湧き出てくるんだけどそろそろ強い魔物が湧き出てくると思うの。多分あと10年以内にはキャパオーバーになった森から魔物達が一斉に出てくるはずよ』
「それをどうしろと?」
『だから訓練がてら行ってみてちょうだい。全属性で1級だけどハルは訓練すれば特級になれるのよ。それには魔物の討伐が手っ取り早い。それと、魔物は魔石っていうのを落とすんだけどそれが魔鉱山から採れる魔鉱石と同じくらいの効果があるわ。今は価値がわかっていなくて捨てられているけど、それがあればお風呂に入れるし保冷庫も個人で所有できるの。
あとはトイレ! 平民の家にあるあれって下水に通ってないから不潔なのよ。病気の元にもなるような菌も含まれてたりするわ! 魔鉱石で作る魔法具は多分平民には出回らないけど魔石ならいけると思うから本と併せてやってね。私の世界をラフィーナのところみたいに発展させるわよ!』
「確かに、お風呂に入れるのはありがたいですね。いつも体を拭くくらいしかできませんでしたから」
「うん。トイレとかも匂いが気になっちゃうし。病気の元になるなら魔物討伐しても良いかな。ただ、実用化に向けて動けるようになるのは学園に入ってからになると思うよ」
『それでも良いわ。やってくれるなら』
「よし、じゃあ行くか。善は急げ。浅い場所なら魔物もそこまで強くないだろうし、どの程度魔石が凄いのかも早く見てみたい」
『じゃあ2人に神獣をあげるわ! 神力が少し回復して神獣も作れるようになったの! ヘルガくんにも作れるわよ! ささ、どんな子が良い?』
「うーん……僕はやはり鳥でしょうか。空から地上の様子を見ることができるので」
「そしたら俺は四つ足かな。ヘルガさんが空なら俺は地上で戦う」
『四つ足! いっぱいいるわね! 鳥は……よし、決めた! 今日からこの子が貴方達の神獣よ!』
淡く光った女神像から爪が鋭い白い鳥と白い獣が出てきた。
『鳥はワシをイメージして作ったから単体でも強いわよ。で、四つ足はライオンをイメージしたわ。獣の王様と言われてるの。どっちも魔法が使えて大きくも小さくもなれるようにしたわ』
「あの、ワシとかライオンと言われても僕達はそれらの動物を見たことがありませんのでいまいちピンときません」
『うーん……こういう感じ』
神が見せてくれたのはベージュのような四つ足の獣が縞模様の入った馬のような動物を貪り食っているところと、大きな鳥が小さな鳥を捕食しているところ。
「なんか……嫌だな。この子達もこういうことしないといけないの?」
食費にそこまでの余裕がないから肉食なら養えないと思う。
『この子達は基本的に何でも食べるわよ。生ゴミでもその辺の草でも。全部取り込んで神力に変えるの。人間が口にできるものもできないものもあげちゃって大丈夫。嫌なら突っぱねると思うから。あとは寝床とかも基本要らないわ。小さくなれるからどこでも眠れるの』
「それなら大丈夫だ」
食費の心配は無くなった。それに家の広さとのギャップも解決した。
「じゃあ名前は何にしようか」
「僕はスピリットにします」
「じゃあ俺はソウルで」
どちらも霊や魂など人間の理解の及ばないような存在という意味があるそうだ。
俺達の付けた名前を気に入ってくれたようだ。嬉しそうに顔を擦り付けてくる。
『まだ未熟で喋れないけど成長させると喋れるようになるわよ』
「へぇー。ソウル、これからよろしくな」
心得たように頷くソウルの首元に名前の刻まれた輪っかが嵌められた。この輪っかは首輪で、これを着けていれば魔物と間違えて討伐されることがなくなるらしい。神獣である彼らを人間がどうやって倒すんだという話ではあるが。
「神、今から行くと帰ってくるの何時くらいになる?」
なるべく真っ暗になる前には帰りたい。中身はともかく外見は6歳だから。
『んー。今が大体2時くらいで、浅い所までなら往復で3時間くらいね。あとは討伐にかかる時間がプラスされるから早く帰ろうと思えば帰れるわ』
「ヘルガさんはそれで平気ですか? 俺は平気ですが……」
「はい、僕も大丈夫です」
俺達は頭に表示された地図と神からの案内を頼りに爆速で魔物のいる森、ラ・モールの森に向かった。ラ・モールは神の友達であるラフィーナ神の作った世界では死を意味する言葉として存在するそうだ。
確かに無限に魔物が湧く場所など死の森と言わずに何と言うという感じだ。
『そろそろ着くわね。この辺は危なくて居住は禁止されているから好きなだけ魔法使っちゃって! まずは一回戦ってみましょう!』
ソウルに乗ってラ・モールの森を少し進むとそれなりの大きさの魔物と遭遇した。まずは俺が地上から魔物の周囲に圧力をかけて動きを鈍らせる。そこをヘルガさんが風魔法で斬り刻む。
ただそれだけの作業で無傷で倒せた。
『あ! 魔石が落ちたわ! この黒い石よ』
魔物が倒れた場所の中心付近には掌サイズの黒い石が落ちていた。どうやらこれが魔石らしい。
『黒は強化属性の魔物から落ちる石だからハルの魔力の方が強かったみたいね。因みに地属性は橙、火属性は赤、水属性は青、風属性は緑、光属性が黄色、再生・治癒属性が白って感じで属性ごとに色があるわ。
それで、属性が魔物と同じだと攻撃は入りにくいの。だからヘルガくんは風属性の魔物とはあまり戦わない方が良いわよ。魔力の無駄使いだから。ハルに押し付ければ大体大丈夫!』
「そうですよ、全属性と特級なんて使うためにあるんですから」
「はい、風属性の魔物に出会った時はお任せしますね。準1級もそれなりには強いので弱い魔物なら一発で倒せると思いますし」
その後、順調に倒し進めて最終的には地属性の魔石が1つ、水属性が3つ、風属性が1つ、強化属性が4つ、手に入った。浅瀬の魔物なので8段階ある魔物のランクはDかCあたりだ。Dクラスだと5級、4級の魔力保持者が十数人でかかれば倒せるくらいの弱い魔物。
だが魔石の効力はかなり強く、一般的な魔鉱石よりも少し弱い程度だ。A以降だと魔鉱石を大幅に上回る程の強さがあるそうだ。ただ、Aクラス以上の魔物は深層域にいて、あまり浅瀬に出てこないためその魔石を使った魔法具の量産なんかは出来なさそう。
教会に戻った俺達は得た魔石を5、4で分けた。空間属性は別の空間に物を仕舞うことができ、その魔力を使えば新たに容量無限の鞄も作れるので今後かさばるものやあまり人に見られたくない物を無限鞄に入れることにした。
俺が貰った魔石は地属性、水属性2つ、強化属性が2つ。無属性が存在する魔鉱石と違って魔石は初めから特定属性の魔力が入っているのでヘルガさんでも扱える。これで漸く清潔な風呂に入れる。お湯にするのは俺がやれば良い。
毎日のようにヘルガさんと顔を合わせるのでそっちも俺がお湯にする。
ただ、風呂は皆に使って欲しい。初めは家族、そしてラッシュのところ、地位を得たら今は貴族にのみ開放されているという温泉を作って平民でも暖かくて清潔な風呂に入ってほしい。
早く12歳になれば良いのにあと6年もあるなんて。2歳上のヘルガさんも俺と同じ学年として入学するためにあと6年待つ。
勉強時間がある、と喜んで良いのか少なくともあと6年は風呂を提供できない、と悔しく思うのが良いのかよくわからない。
風呂とトイレは充実させないと要らぬ病死者は出続けると聞いたら心中穏やかではいられない。昨日まで元気だった家族や友達が病気になったら、と思うだけで怖い。今の俺は治せるとはいえやはりならないのが一番だ。
よし、入学したら真っ先に魔石を動力とした風呂とトイレを開発しよう。その後は農業用、漁業用の道具かな。農作物が病気とか獣の被害に遭いにくくなったら農家の収入源が増えるだろうし漁業も、どこにどのくらい魚がいるかわかればかなりやりやすくなると思う。
よし、とにかく何が何でも受かって魔法研究サークルに入ろう。もし無ければ作る。
今度またヘルガさんに会った時には魔法具開発の第一歩として魔石を使って何か簡単なものを作ってみよう。
今回の登場人物
・ハル(6歳)
・ヘルガ(8歳)
・レオン・サージス(6歳)
・シルヴィ・サージス(6歳)
・ヴィーネ神
・国王夫妻
・ソウル(ハルの神獣)
・スピリット(ヘルガの神獣)
・レイチェル・バーン