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8,初授業


「お初にお目にかかります。神官見習いをしております、ヘルガと申します。こちらはハル、私の友人です」

 歳上であるヘルガさんが2人分紹介し、俺はそれに紳士の礼をとった。始まる前にレオン達にみてもらったから多分ほぼ完璧だ。


 きっちり2秒頭を下げて教師であるアリアーナ・ポリー様を見ると、感心したような表情をしていた。取り敢えず初動は良い感じっぽい。でもここで気を抜いたら駄目だ。楽にして良いと言われなければ態度を崩してはいけない。


「丁寧にありがとうございます。マナー教師のアリアーナ・ポリーと申します。どうか、ポリー夫人と。お二人のことは国王陛下からお聞きしていますわ。平民ではありますがとても優秀で将来国の中枢になる可能性がある方だと」

「お褒めに与り光栄です、ポリー夫人。私共はまだ未熟者ですのでご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」


 そして再び礼。綺麗に立つために普段使わない筋肉を酷使してる。

 その後すぐに授業が始まったのだがヘルガさんのお陰でほとんど苦戦することはなかった。カトラリーの正しい使い方、綺麗に見える座り方、立ち方、椅子の引き方等少ない時間でヘルガさんに叩き込まれた。


 それでも内心ヒヤヒヤで戦々恐々という言葉が当てはまりそうな俺と違い、元貴族でテーブルマナーもある程度できていたヘルガさん、先輩のレオンとシルヴィは涼しい顔をしていた。


 この日は一日中授業がある日だったらしく、午前中はマナー関係やダンス、午後は座学というスケジュールだ。朝からハード。

 ダンスの授業だが、レオンはいつもシルヴィと練習しているそうだからとシルヴィと踊ることになった。ポリー夫人が人を用意しようか迷っていたそうで。


 暫く立ち方やステップを踏み、昼食ももうすぐというところでいよいよダンスパートに入った。

「私と踊っていただけますか」

「ええ、よろこんで」


 自分のものより遥かに綺麗で柔らかいシルヴィの手が重ねられたことを確認してステップを踏んだ。結構踊りやすい。俺は初めてなのに踊りやすいのは多分、というか確実にシルヴィがアシストしてくれているから。さりげなくフォローされている。


 ダンス中は笑顔を特に意識しないといけないそうだ。表情筋が職務放棄すると相手側が不快に思ったり不安感を抱いたりすることが多くあり、それが原因でトラブルになった事例も過去に数件あったと。

 それもあって今では余程のことが無ければ無表情は御法度らしい。例え足を踏まれたとしても。例え香水の匂いに鼻が曲がりそうになっても。


 まあシルヴィがそんなヘマをするわけがないし子供は香水を付けない、気を抜かなければ多分平気。

 それに、お茶会によってほぼ全ての緊張が消し飛んだので特に失態を晒すこともなかった。



「2人共、俺達が想定していたよりも完璧だったよ。これなら学園でも浮かないと思う」

「ええ、エスコートも綺麗だったわ」

「ありがとう、実は凄く緊張してたんだ」

「僕も。祈りの時とはまた違った緊張感があって」


 ヘルガさんも内心は冷や汗ダラダラだったそうで、必死にポーカーフェイスでカバーしていたらしい。俺から見れば完璧な現役の貴族令息だった。俺は平民で、感情を悟られないように、とか腹の探り合いとかいうものとは無縁で生きてきたからまだポーカーフェイスは上手くいかない。


 ハッタリかますだけだと言われてから少し出来るようになったがこんなこと四六時中してたらストレスで禿げそう。

「そうだったんだ。全然わからなかったよ」

「午後もこの調子で頑張りましょうね」


 この国の貴族代表みたいな人に褒められて少しくすぐったい。が、午後は座学。これに関しては全くの未知数。ヘルガさんは弟の代わりに勉強してたとはいえ、数値や中枢人物も当時とは違っているだろう。言語や数学は変わらないと思うが貴族名鑑の人物は入れ替わるから事前知識がある分大変そうだ。

「まあ、まずは昼食にしよう。お腹が空いていたら集中できないからな」



 俺達は王宮の目立たない場所にあるテラスに移動し、軽い昼食を摂った。

 メニューは紅茶とキッシュ。この国の貴族はちょこちょこ間食を挟むイベントに出席したりすることが多いので昼食は軽めにするか、摂らないようだ。


 こういった勉強漬けの一日だったり予定がない日なら貴族でも3食食べるとのことだが子供はともかく大人に予定がない日などあるのだろうか。予定の基準もよくわからない。


 キッシュで渇いてしまった喉を紅茶で潤していたらあっという間に昼食の時間が終わってしまった。さようなら、束の間の平穏。



 午後からは座学のため時間刻みで教師が変わる。めちゃくちゃ厳しいのに当たったら初日で挫折するような気がする。そうならないように祈ろう。

「座学はブロックで別れていて主に言語、数学、貴族家、歴史、政治・経済の5項目だね。今日はそのうちの2つ、言語と数学。貴族家と政治に比べれば比較的簡単ではあるからそんなに気負わなくても良い」

「そう言われても……」


 俺の与えられた知識でどのくらい対応できるかわからない以上安心はできない。なんせ、王族が受ける教育だ。スピードも早めだろうし専門用語とか出てきたらもう訳がわからない。



「流石に俺達と同じペースではやらないと思うから大丈夫。それに言語の先生は教え方がわかりやすいし俺達がなるべく楽しめるようにって工夫してくれてるから。王族とはいえ所詮子供だからね」

「そうよ、数学の先生は少し怖いけど言語の先生は凄く優しいから」


 ということは言語で上げて数学で落とされるということだ。胃痛に悩まされそう。

 今度はマナーで使った部屋とは違う場所に来た。あそこはティーテーブルやダンスホールがある広い部屋だったが今回は小さめの会議室のような場所だ。座学なので机だけで良いということか。


 入室すると既に先生は待機していた。ブルーグレーの髪に少し黒味が入ったグレーの瞳、細いフレームの眼鏡をかけている物腰柔らかそうな印象を抱いた。確かにこの人が怒鳴ったりするような想像はできない。2人の言う通り、普通にしていれば優しいのだろう。


「初めまして、ハル様、ヘルガ様。言語教師のカリウ・ホルスターです。よろしくお願いします」

 ポリー夫人の時とはまた違う自己紹介と共に授業が始まった。


 レオン達の言った通り、授業は楽しかった。初めは実力テストのような物を渡されただけで授業らしいものはしていなかったが結果を見て俺達がレオン達と同じように教えても良いと判断したのか2人の方に混ぜてくれた。


 国内の言語は粗方出来る4人ではあるが神の力(知識)がない俺以外は外国語を一から勉強している。5歳くらいから始めて今外国語まで到達してるって凄いよな。余程スケジュールを詰め込まれたのだろう。


 辿々しくとも話せてはいるし文章の半分くらいは理解できているようだ。

 初代国王が広めたが今は観劇などに取って代わられたというカルタなるものを使って単語などを遊び形式で覚えていく。単語の書いてあるカードと、イラストが描いてあるカードの2枚を組み合わせるだけの単純な物だが子供にはそっちの方が良いそうだ。確かにただ詰め込んでもすぐ忘れるようならそれは時間の無駄になる。


 何故か(?)外国語もできた俺は外国語で書かれた比較的ページ数の少ない本を読み、そこに書かれていた内容を絵で表し、口で説明するという勉強法を取った。

 絵で表すと案外解釈が間違っているところもあり、口で説明しても途中で訳がわからなくなったりするのでカリウ先生はそこを重点的に補ってくれた。あとは果物とか建物とかの見たことない物だと絵で表せなかったりするのでその辺りはカルタを使った。



 身分など一切存在しない、平民の学校があるならこんな雰囲気だろうか。そう思う程に砕けた口調だったし緩めの空気感だった。厳しすぎず緩すぎずの間くらい。終始笑っていた気がする。


 彼は子爵家の人間だが王族に認められるくらいの様々な功績を出しているからこそできることだと思うけど。

 学生時代から様々な国の言語について広く学び、当時国内では誰一人いなかった外国語の古文を訳し、魔法の種類を増やすことに成功した人だ。属性は増やせないが属性の中でも使える魔法は複数ある。



 昔は1属性につき2種類、多くても4種類程度だった魔法は今は1属性に5種類以上というのは当たり前のようになっている。

 これを発見したのが学園で言語研究サークルを立てていたカリウ先生とその同級生で魔法研究サークルに所属していたルイという平民の友人だったそうだ。


 その平民の人は国の中心で働いて欲しいという願いを容赦なく突っぱねて学園で教師をしている変わり者と言われている。だから学園に入れば多分会える。そう思うと楽しみ。


 ただ自分とは公開している属性が違うから講義を受ける機会はないかも。もしまだ魔法研究サークルがあれば入ってみよう。そしたら会えるかもしれない。




 未来に想いを馳せつつも授業は進み、終わった頃にはもう2時間も経っていた。

 授業が終わったと知った時、「もう終わってしまったのか」と思ったくらい一瞬だった。


「本日はありがとうございました。時間を忘れてしまうくらい楽しい時間でした」

「そう言っていただけて僕も嬉しいです。僕の授業スタイルを受け入れてくれる人はそういないので。また授業させて下さい」

 びっくりした。まさかこちらが頼まれる側だったとは。ただ、これに関してはコメントがわからない。


「カリウ先生、ハルとヘルガはこれからも一緒に勉強する予定です」

「ということは……?」

「また近いうちに会えます」

「そうだったのですね。では、また次回の授業でお会いしましょう。課題はありません。お疲れ様でした」


「「ありがとうございました」」

 俺達は揃って頭を下げた。顔を上げたときには既にその姿はなかった。

「いつもあんな感じなの?」

「うん。気を張らなくても良いし一番好きな授業だよ」

「私も言語の授業が一番好きよ。あれが何故受け入れられないのか不思議で仕方ないわ。あれ程わかりやすく教えてくれる先生はいないというのに」

「距離感がグレーゾーンだからね。仕方ないよ」



 聞くと、カリウ先生は学園卒業後すぐに貴族に向けて家庭教師として働き始めたが、授業スタイルが多くの貴族に受け入れられず何度も解雇されてきたそうだ。あんなにわかりやすいのになぜ、と思うがやはり上下関係のある社会では仕方ないと本人すら諦めていたところを王宮に拾われ、今に至るらしい。


「あれは、確かに上下関係を重んじる貴族には受け入れてもらえないことが多いと思うけど平民なら上下関係などないに等しいし、カリウ先生にその気があるなら平民向けに展開しても良いかもしれないよね。話しやすい雰囲気だし、楽しいし。あと俺が本を出版するときに文字が読める人が多いと都合が良い」

 ま、平民の学校制度がない時点でその話は破綻するけど。

 顎に手を当てて言った俺を3人共信じられないといった目で見ていた。


「え、なに……? 俺変なこと言った?」

「確かに……貴族は貴族の中で働くという固定観念に囚われていたわ」

「ああ……カリウ先生が授業をすればこの国の識字率は大幅に上昇する」

「識字率が上がれば上がる程国は発展する」


 どうやら変なことは言っていないようだ。良かった。無意識に逆鱗に触れてしまったのではと思うと緊張するのだ。


「ハル、よくやった。父上に平民の子供に対して国の事業で無償教育ができないか確認しようと思う。あの授業であれば幼い子でも飽きずに勉強できる。俺が王になった時、最低でも国民の半分が識字できていればかなり楽になる」



「えっと……」

「これは革命だ! 教育の!」

 レオンが熱く語りだしてしまった。長くなりそうな雰囲気を察した俺達は半ば強引に次の授業にレオンを連れていった。主にシルヴィだけど。


 次の授業は2人とは別だった。進度がどうとか言われたが顔に「平民ごときが」と書いてあったので単純に俺達と一緒に居たくないだけだろう。


 別室で言語同様、実力テストを受けた。問題数も多いし子供には解けないような問題もあった。貴族の頭が無ければ俺は解けない。

 ヘルガさんも最初は順調に解いていたが意地悪問題で躓き額に手を当てて考える動作をしていた。過去に勉強したものを引っ張り出しているのだろうがそれも多分無駄だ。


 俺に与えられたのは勉強した貴族の大人が持つ頭。それをもってしても時間のかかる問題を7歳までしか勉強していないヘルガさんにできるはずがない。

 教師側の嫌がらせか、レオン達が天才すぎるのか。どっちもありそう。因みに教師の名前はレイチェル・バーン。ヘルガさんと同じく伯爵家の人間だ。


 ライゼン様はバーン伯爵家はヴィーネ信仰派だと言っていたが……どうだか。家の方針と本人の感情は違うだろうに。初見であんな顔をするような人が本当に平民を蔑視していないのか。


 一時間程経っただろうか。あれだけ楽しかった言語の授業がはるか昔のように感じるくらい長い時を過ごしている気分だ。

 つまらなくてウトウトしている俺は部屋の扉が開く音で覚醒した。恐らくあと少し遅ければ俺は寝ていただろう。


 バーン先生はツカツカとヒールを鳴らして俺の前に立つとわかりやすく顔を顰めた。

「はぁーーー……。なんで高貴な身分の私がこんな小汚い子供の相手までしないといけないのかしら。平民って存在だけでなく文字も汚いのね。読めないわ。読めないから全部バツね」


 小汚い。それは俺に対する言葉だろうか。そうであれば許せるが、それがメアに向けられているなら俺はもう二度と数学の日は登城しない。

「ほら、あんたのも全部バツよ。頭も悪い、卑しい存在、野蛮。良いとこないわね」


 今度はヘルガさんに向かって。俺だけならまだ良い。でも、ヘルガさんのことを悪く言うのは許せない。気づいたら俺は口を開いていた。







「その平民に養われている癖に」

 小さな呟きだったが静かな部屋にはよく響いた。


「何ですって? もう一回言ってみなさいよ」

「わかりました。何度でも言います。貴方達は平民のように子供のうちから働いていません。家庭教師をつけられて勉強して学園に通う。しかし、平民は5歳の子供が勉強する時間も取れずに日々生きるために働きます。

 給料を貰っても領主に税として一部を取られ、その日の食費を削り、ただの布に包まって眠る。そんな平民があるから貴女達貴族は毎日豪華な食事ができ、汚れひとつない綺麗な服を着られる。貴女は平民一人ひとりに生かされているのです。決して支配する側ではありません。

 ここまで言えばお分かりでしょうか」


 途中で、しまったとは思ったけど後には引けなかった。ここまで言われて黙っているのは俺のプライドが許さない。


 大丈夫だと言われたのに。蔑視されることはないと言われたのに。信じていたのに。怒り?落胆?悲しみ?この感情が何なのかはわからない。色々な感情がぐちゃぐちゃに絡まって迷路みたいになっている。



 頬に痛みを感じた。そのまま後ろの壁まで勢いよく飛ばされた。多分強化属性は3級か、3寄りの4。俺は無闇に人前でポンポン魔法を使ったりしないから何の抵抗もできずに壁に背中を打ちつけた。衝撃で一瞬呼吸が止まる。


 ヘルガさんはあまり巻き込みたくないので仕方なく周りの空間に強化魔法をかけて動けないようにした。外部から攻撃しようとしても圧力で接触できない。声も通さない。


「何なのよ! 平民の癖に! 下賎な身の分際で! こんな高貴な私に逆らうって言うの!」

「俺は平民ですが貴女と同じ人間ですし本当に高貴な人間はこんな風に簡単に挑発されてヒステリー起こしたりしない」


 後に引けなくなって尚も挑発し続ける俺にまんまと引っかかる間抜けな貴族淑女。

「貴女には淑女のしの字もありませんね。まだ6歳の王女殿下の方が余程淑女らしい」

「まだ言うの! あんな考え方のヴィーネ神を信仰するなんて世も末よ! 高貴な貴族である私達こそが支配するべきなのよ! あんたみたいな生意気な奴は皆死刑よ! 生け贄にするべきだわ! 丁度最後の生け贄から時間も経っていたの。次の生け贄はあんたで決まりね」



 胸ぐら掴まれながらヘルガさんを横目で見ると声は聞こえていないようでただオロオロしていた。動けないし声も聞こえない。さぞ不服だろうが我慢して欲しい。今忙しいから。

「その前にまずは調理しなきゃ」



 どこにしまってあったのか、徐に鞭を取り出した目の前の自称“淑女”。

 さて、いつ来るかな。


今回の登場人物

・ハル(6歳)

・ヘルガ(8歳)

・レオン・サージス(6歳)

・シルヴィ・サージス(6歳)

・カリウ先生

・ポリー夫人

・レイチェル・バーン

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