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番外編1 コリア


 貴族社会を追放された俺は、限りある資金が尽きる前に仕事を探すことになった。教会に行けば、いくらかは仕事の募集をしているらしい。



 俺が最初に選んだのは大工。研修があるらしいから自分でもできるだろうし、何でも良いから肉体労働がしたかった。ヘルガのしていたことには及ばないだろうけど、自分も同じようなことを体験しなければと思ってのことだ。


 応募の書類を商会に提出し、翌日には受理され、仕事が始まった。そして俺は、よく調べもしなかった自分を恨むことになる。



 言われていた通りに事が運んでいるなら研修があるはずなのだが、そんなものは一切なく、見様見真似でやらざるを得なかったことがまず1つ。

 提示されていた給金も、恐らく半分以上中抜きされていて、割に合わない。仕事が終わるはずの時間になっても帰れるのはそれ相応の地位にいる人間だけ。俺達下っ端は、暑かろうが寒かろうが疲れていようが関係なく仕事仕事仕事。それが2つ目。



 何人も辞めて、何も知らない人がまた入ってきて、辞めてを繰り返していた。あの時のアルバーン家と同じだ。辞めないのはここ以外に就職できなかった奴か、俺みたいな奴ばかり。それ以外は数日で辞めた。




 正直、俺も逃げてしまいたかった。明日が来るのが怖くなって、まともに眠れない日が続いた。寝不足で倒れたとしても無理矢理、力づくで起こされる。1ヶ月も過ぎると、心身共にかなり限界も感じていた。



 ヘルガが恐怖心を捨てた理由がよくわかる。自分が今、正に扱き使われる立場にあるから。収入も少ないから家賃で手一杯。1日に丸パン1つ、食べられたら良い方。

 何度も死を覚悟した。人手が足りなくなって左官業と造船業にも駆り出されたが、そこでも待遇は変わらなかった。


 仕事量は遥かに増えたのに、収入は減るばかり。父親が中抜きを平気でするような人間だったから、どのくらいの中抜きが行われているかは見ただけで大体わかった。1年目の俺達の給金になるはずの金は、研修費という名目で引かれてるようだ。



 俺の稼いだ金が上の人間の宝飾品や贅肉になるのは気に食わない。でも、同じことをしていたと指摘されたら何も言えない。結局、そっくりそのまま未来の自分に返ってきただけ。



 「おい!ちんたらしてっとムチ打つぞ!」

 「……はい」

 体が資本の職で、いらぬ傷を作るわけにはいかない。唇を強く噛んで命令に答えた。







 「クビ…………?」

 商会は突然潰れた。当然、俺達大工は全員解雇処分。商会長が代わり、運営が面倒だからという理由らしい。また無職に戻ってしまった。



 幸か不幸か、その時の俺は恐怖心も痛覚もほとんどなくなっていたから次の職場では何をされても大丈夫という心づもりでいられた。

 無理矢理気持ちを切り替えて、教会に足を運んだ。



 「これは……」

 「代読は必要ですか?」

 「いや、平気です……。あの、この募集って……」


 声をかけてきた神官に、今度はよく聞いてみることにした。条件が良過ぎる。募集用紙に記載されている通りになるなら、俺の収入は今までの3、4倍になる。いくらなんでも信じられなかった。

 でも、聞けば聞くほど魅力的に思えてくる。どうせもう何されたって良い。それなら一度試してみたい。



 魔族に抵抗がない人が条件に入っている。読むより見ろ。そういうことで、初代国王のフェリーチェ・サージスが興したという魔族の国に足を運んだ。




 「入国許可証などはお持ちですか?」

 「入国許可証?それは、どういう……?」


 魔族の国の入り口で、聞いたことのない紙の提示を求められたが、俺はそれを出すことはできなかった。これは流石にとんぼ帰りだな、と思ったが、指定された手順を踏むことで簡単に入国することができた。


 何か聞かれたら「観光客」と言えば良いとも教えられた。そうやって親切にしてくれた人は、どこから見ても魔族だった。魔物と同族だと恐れられてきたはずの魔族。



 街の中心部も魔族ばかり。禍々しい角が生えている種族や、上半身と下半身で別の種族の体になっている者。色々な種族がいるはずなのに、争いは起こっていなかった。


 案内所と書かれた看板の横には地図と思わしきものまで……。地の利というものがあるから、地図は本来機密情報と言われている。そんなものが剥き出しになっているこの状況。争いの少なさが窺えた。



 「この街で1番安い宿を探したい」

 案内所の職員にそう言ったのだが、彼女は俺の言葉に首を傾げ、信じられないようなことを放った。

 「まだ竜ヶ丘ではお金という概念自体、あまり広まっておりません。そのため、現時点ではお金のかかる宿屋はありません。ここから1番近い宿は――」



 放心状態で、示された宿に向かうと俺が住んでいた集合住宅より遥かに大きな部屋に案内された。水洗トイレとまともな風呂。これがあるだけでありがたいのに、食事も全て無料で提供してくれる。


 旅館の人も親切で、思いやりというものが一切ない環境にしか身を置いたことがなかった俺はその日、何度泣きそうになったかわからない。

 こうしてはいられない。応募用紙を送ろう。



 用紙を送ってすぐ、返事が返ってきた。面接で合格すれば働くことができるようだ。

 面接の会場はボロボロの集合住宅の一室。不安で30分以上前には着いてしまった。時間を確認し、扉をノックする。


 「どうぞ」という声を聞いて入って驚く。守護者本人だ。俺の面接官は守護者、ハル・ペリペドット大徳その人。


 我ながらよくその場を乗り切ったものだと思う。神官のことを知人と言ってしまったことから動揺は窺えると思う。




 「1ヶ月後にまたお会いしましょう」

 その言葉を聞いて、どれだけ嬉しかったか。仮住居まで用意がされているとのことだったから俺は面接から3日後、退去手続きを済ませて、住んでいた部屋を後にした。


 既に現地には職人達が何人か来ていて、俺も今日から彼らと生活をすることになる。


 「お前さん、今日来たばっかかい?」

 「簡単にこの辺の施設を案内するぜ」

 「札に文字が書いてない部屋は空いてるから、荷物置いたらおいで」

 「札には名前書いておけよ」

 「は、はい」


 身長と声の大きさに少し圧倒されながらも、空白の木札が吊るされた部屋の扉を開けた。部屋には一通の手紙。



 『入居ありがとう。素人工事だから水回りとかは上手く作れなかった。近くに浴場と仮設トイレを設置しておいたから暫くはそちらを使ってほしい。この家は開発がある程度進んだ時点で取り壊すから、好きに使って構わない。置くための家具がなければ他の入居者に聞けば場所がわかるはず。共にこの地を発展させていこう。 ハル・ペリペドット』



 この家……大徳様が……?

 「おーーい、大丈夫かー?」

 「は、はい!」


 そうだ、人待たせてるんだ。驚くのは後でもできる。今は先輩達の所に行こう。持っていたペンで自分の名前を書き、木札を扉にかけた。



 「すみません、お待たせいたしました」

 「そんな固くなんなくて大丈夫だよ」

 「おう、俺達はここに雇われた時点で対等な仲間だからな!」

 「……!ありがとうございます」

 仲間と言われ、少しだけ力が緩む。


 「それじゃ、まずはトイレとお風呂から」

 既に道は簡単にだが引かれてあり、要所に看板で案内もある。どこに何があるか、初めて来た俺でもすぐにわかった。

 風呂も、貴族が入るような大きな物だった。給金が発生しない現時点では、公衆浴場も無料で使えるそうだ。信じられないという気持ちは押し殺した。これは現実だ。俺が失敗しない限りは現実でいられる。




 「大体こんな感じかな。これからまだ増えると思うけど今の時点で行けるところは行った」

 「そんじゃ、次は家具だな」

 「何か持ってきてるか?」

 「いえ、何も」


 「家具はこっちだ」

 案内されたのは雑貨類が大量に置かれた建物。見ただけでは倉庫なのか店舗なのかわからない。


 「はい、これメモ。家具揃えるのに便利だよ」

 「ハル様が作ってくれたんだぜ」

 「え!?大徳様が、ですか?」

 「ああ。本当に、感謝しないとな」


 お手本のような文字で、ジャンルごとに必要最低限の物が揃うように記載されている。

 「こ、この家具ももしかして……?」

 「ああ、持っていって良いってよ」

 「木の魔物を大量に狩って自作したやつらしいぞ」



 もう、やめよう。深く考えるのは。そういうものだって思うことにしよう。

 ベッドや机、椅子も大きいものでも、あの部屋に入れて窮屈にならないようなサイズに作られているそうだ。


 ベッド、机、椅子、クローゼット。俺が選んだのはこの4つ。簡易的なキッチンも置いてあったのだが、俺は料理ができないと思うから食器類も持たなかった。水筒だけは持っておいた方が良いと言われなければそれすら持たなかっただろう。


 「よし。あとは搬入と服選びだな」

 「俺らが運んどくからお前着いてってやれ」

 「おけー」

 「え、でも……」


 「お願いしとけ。僕もやってもらった。強化属性に任せれば一瞬よ」

 「はい。では、お願いします」

 「おう!任せとけ!」



 頼もしく頷いた先輩達は、片手でベッドを持ち上げた。き、強化属性……恐るべし……。地属性の俺には真似できそうにない。


 「じゃ、行こうか」

 「はい」

 家具もすごく種類があって驚いたのに、服にも選択肢が多かった。

 作業時以外の服装だから長袖だけではなかったし、外套だけでも微妙にデザインが違う。大きめの服飾店と同じくらいの種類がある。



 「こっちがリラックスウェアで、こっちが上着。あとはインナーとブーツもあるよ」

 今もそうだが、冬の間はこの地は本当に寒くなる。外套とブーツは貰っておいて良い。と、内側を見てドクンと心臓が跳ねた。

 これ……見覚えがあるブランドロゴだ……。



 「あの、これも大徳様が作った物ですか?」

 「いや、どっかの店から買ったって言ってたけど僕田舎者だからブランド名とかはよくわかんない」



 このブランド……普通に買えば外套とブーツだけで新築一軒建てられるくらいの値段がしたはず。インナーやリラックスウェアは俺が使っていたノーブランドの製品だけど、防寒具だけは金銭感覚を疑ってしまう。

 不安になって聞いてみると、先輩も驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。



 「じゃあ、ハル様は僕らが寒さで苦労しないようにって凄く良いやつ使わせてくれてるね。大事に使わなきゃ」

 「え?そ、それだけですか?」


 「うん。僕は上の人の金銭感覚はわかんないけど、上流階級の人が着る物を使わせてくれるっていうのは優しさなんじゃないかなって受け取るよ。だからコリア君も素直に受け取ると良いよ。躊躇してたら死んじゃうしね」

 「た、確かに……。ありがたく思って使います」




 先輩に薦められたものを全て持ち帰り、引っ越し作業を終わらせて、その日は眠りについた。自宅のベッドを快適と感じたのはいつぶりだろうか。そんなどうでも良いことを考える暇ができたことに感謝した。







 大徳……いや、ハル様の卒業と同時にプロジェクトは一気に動き出した。俺の担当は住宅。1日目も給金は発生するはずなのに、今日は仕事らしい仕事はせずに役割分担だけ。夕飯もハル様主催の宴だった。


 パーティー料理とバーベキュー。どちらを取るか迷ったが、食べ慣れていたパーティー料理ではなく、バーベキューを食べた。


 口に入れた瞬間に崩れていくこの肉は魔物の肉だそうだ。牛肉とはまた違う食感や味だが、どれも美味しい。明日からの作業、今日のバーベキューで頑張れそうだ。










 働き始めて数週間、数ヶ月、そしてもうすぐ1年が過ぎる。初日に聞いた給金と仕事終了時間、休日の配置は一度も破られることはなかった。


 研修費として給金を上に中抜きされることはなかったし、少しのミスに対して体罰を受けることもなかった。体調が悪ければ休みを貰える。王都よりも物価は高いが、それに見合った品質の物を享受できる。


 仮住居から一般集合住宅に移住して時間が経ったが、家賃が高いことに不満を持ったことはない。設備面を見れば当然、寧ろ安いくらいだとすら思った。




 生活も安定してきて、漸くヘルガの言った「幸せになること」を達成できそうだった矢先、事件が起こる。


 魔物のクラスター。隣接しているラ・モールの森から発生したそうだ。迅速な指示と避難のお陰で、死者は誰1人いなかったが、ペリペドットは壊滅的な被害を受けた。建築物は軒並み倒壊、骨組みすら残らなかった。



 「皆、すまなかった。今回の襲撃、もっと被害は抑えられたはずだ。俺の責任だから、せめて片付けは全部させてほしい」


 瓦礫が散乱する街の中、ハル様がそう言って頭を下げた。一瞬、声が発せなくなる。そんな沈黙を切り裂いたハル様の妹君やご友人に合わせて、俺達も声を上げる。ハル様が悪いわけじゃない。ただ、運が悪かっただけ。人的被害が出なかっただけで十分だ。



 その場で今後の方針が決まり、やり直しに対する士気も高まる。意地と世論のぶつかり合いによって圧力をかけられた場面もあったが、概ね穏やかではあったと思う。




 そして、それからも更に1年が経過。無事に王族の視察や建領記念祭も終わった。


 恋人や好きな人なんかはいないけど、友人なら何人かできた。今は好きな作家もいる。一時は痛覚や恐怖心が麻痺するくらいまで心身共に追い詰められたりしたけど、そのお陰で今がある。



 ヘルガ。俺は、ペリペドットで約束を果たすよ。


 そう誓った日は、星が綺麗な夜だった。




今回の登場人物

・コリア(18歳)

・先輩達

・竜ヶ丘の役人

・前職の上司



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