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69,視察 1


 レオンの視察の番が回ってきた。公式に通達されているから、乗ってきた馬車は金色で豪華に装飾されている。護衛らしき人もいるが、未だに近衛騎士候補の俺が今回の護衛だ。


「いつもどこから見てるんだ?」

「基本的に街を周りながら教育施設だったりその他公共施設を周っていたな。適切な運営が為されているか、支援は必要か、領民は心身共に健康か、とかを見る予定」

「変装するか? その格好じゃ浮くぞ」

 白い燕尾に青いネクタイ、桃色のドレスは流石に浮く。ただでさえ美形なんだから。

「サイズは?」

「準備済み」

「着替えよう」



 メイスさんの着替えはシルヴィが、レオンの着替えは俺が手伝うことにした。メアとエステルは手伝ってくれようとしたが、レオンがあえて俺を指名したから。


「わざわざ青で用意してくれたんだな。襟シャツもありがたいよ。袴っぽいけどそうなのか?」

「ああ、そう。俺が普段着にしてるデザインだから、向こうも慣れた様子で作ってくれたんだよ。竜ヶ丘経由で藍染めの生地も手に入るし、生産自体は難しくないんだ」



 胸の下でベルトをキュッと締めて完成。ブーツもレオンに合わせて作った。新品だし、まあ室内で履いても問題ないだろう。


「サラッとしてて着やすいな」

「冬はこれの上からインバネス羽織れるようになってる。今は初夏だし着ると暑いから出さないけど、また冬来てくれたら貸すよ」

「また冬に来る」

「無理はするなよ。うちの冬はただでさえ厳しいんだから」

「ありがとう、善処する」



 着替え終わったレオンと、集合場所に行く。今回はより領民目線で街を見てもらうために、人力車を用意しておいた。クッションと日除けの幌も完備している特別製だ。一般的な人力車にはクッションはあるが、幌がない。これは公式に来領する貴族向けに作ったものだ。浮きすぎるのは問題だが、お忍びでもないのに目立ちすぎないというのも問題だ。


「これに乗るのか?」

「ああ、経験はあるだろ?」

「一応な。ハルが引くのか?」

「俺が案内するんだから、当然。今日は日差しもあるし、暑くならないような工夫はしてあるぞ」


 日除けの幌に加えて、日焼け防止・落下防止・襲撃対応の結界もワンタッチで展開できるようにしてある。





「お待たせしました」

 暫く待つと、メイスさんを連れてシルヴィがやってきた。今回、シルヴィはお留守番。マリアと夕飯を作るらしいので。


「メイス。ドレスも良いが、シンプルなワンピースもよく似合うな」

「あ、ありがとうございます……!」


 初々しいなおい。レオンも少し照れた様子で褒めてるし、メイスさんは顔が赤らみすぎて、最早暑そうだ。俺とシルヴィには絶対ないな。褒めたりはするけど、あくまで家族愛だから照れようがない。



 早速描けそうな資料が手に入った。メイスさんはシンプルな袴風のワンピース。薄手のレースケープも付いていて、貴族的でありながらもペリペドットの文化を取り入れたデザインとなっている。


 青い服のレオンに合わせてメイスさんのは水色。純粋な青を纏って良いのは王族だけだから一応水色にしておいた。



「じゃあ、案内するから2人とも乗って」

「よろしくお願いします」

「よろしくな」


 2人が乗り込み、姿勢を正したことを確認して、結界を張った。足元から出る冷気を閉じ込める役割も担っているから早めに張りたかったのだ。



 屋敷の敷地内を出ると、雰囲気は一変した。石造りの道路、青々とした葉をつける街路樹。響く子供の笑い声と、各店舗から上がる個性的な勧誘。



 今日は建領記念日なのもあって、街はいつもより活気がある。記念日には毎年お祭りを開催すると決めていたから、それに向けての準備をしている人達が多い。あとは、お祭りの時期に観光に来る人も多いから皆商機を狙っている。







「ハル様ーー!」

 街路樹の向こう側から子供に呼ばれた。お祭りの日は学校は昼からになる。午前中に親の準備を手伝う子供が多いからだ。まだ手伝いの途中なのだろうが、何かあったのだろうか。


「レオン、寄り道してくけど良い?」

「ああ、好きにしてくれ」



「ありがとう。どうしたどうした?」

「あのね! おばちゃんが、今日暑いからって」

「サービスだよ!」


 子供達がくれたのは瓶に入ったソーダ。さっきまで氷に漬けられていたのだろう、水滴が滴っている。


「3本も良いのか?」

「お客様でしょ?」

「ハル様と、お客様で、3本!」

「わかった。サービスありがとう、今度は客として行くよ。後で学校にも行こうと思うんだけど、その時は案内してくれるか?」


「する!」

「オレもするよ!」

「頼もしいな。それじゃあまたね」


 可愛く手を振ってくれる子供達に応え、俺は貰ったソーダ瓶を座っている2人に渡した。



「子供達からのサービス。暑いからってさ」

「ありがとう。それにしても、随分と懐かれていたな」

「ええ。貴族に平民の子供があそこまで心を許すなんて、まずありえません」



「まあ、慕ってくれる子供達は多いかな。お祭りには家族総出で参加するし、少し前までは主催側だったし。月イチくらいで学校にも行って遊んでるからかもしれない」


 俺の目標は、領民全員が俺の顔を知っていて、領民全員が領主の家族との会話経験があるようにすること。

 母さん達はお店をやっているし、後継ぎはマリアとラッシュがやってくれることになったから現時点で普通に生活していれば必ず俺達全員と会話できるような構図だ。それに、領主の屋敷の前は大通り。通行量も多いから自然と顔を合わせる機会が増える。俺にできることは全部やっているつもりだ。



「アンリエットの領民もあんな風に声をかけてくれたら良いのに……」

「まあまあ……。領主の政治体制もそうだけど、一番は領主がどれくらい平民に顔を見せているかによると思うからさ。難しいかもしれないけど、メイスも一度侯爵に訴えてみたら? できそうにないなら今日のお祭りを全力で楽しめば良いよ」

「レオン様……そうですね! 私、ずっと楽しみにしていましたから滞在期間はめいっぱい楽しみます!」



 レオンはあやし能力があるのか。メイスさんの下がった眉を一瞬で上げてみせた。流石。王族にはそういう教育も施されるのかもしれない。


 病院、図書館、博物館など、様々な施設を周り、話を聞いたり様子を見たりして回った。時計はもうすぐ1時を示す。


「お昼にしようか。弁当屋に行こう」

「弁当屋! 一度行ってみたかったんだ!」

「わ、私も気になります!」



 人力車用の駐車スペースまで行き、『領主』と書かれた札を立てた。人力車は沢山あるからどれが誰のだかわからなくなりやすい。

 そんな時にこの札があれば見分けも付くから、と人力車を管理している観光委員会が作った制度だ。


「ここからは徒歩だから日焼けが心配なら帽子か傘使って。あ、もし日焼けしても領主館の風呂に入ればなかったことにできるから安心して」


 温泉には俺の魔力は適応していないが、屋敷の風呂や飲料水、洗顔水なんかは全部俺の治癒魔法が適応している。全部無限牢獄の部屋と同じ仕様だ。


「じゃあ、俺はそのまま行くよ。メイスは?」

「私はシルヴィ様から帽子を貸していただいていますので、こちらを使います」



 そう言って取り出したのは、黒いリボンが付いたハット。暗いベージュを基調とした大人っぽいデザインだ。水色のワンピースによく似合っている。



「弁当屋は結構沢山あるから気になった所があったら言って。俺は全部の店で全部の種類食べたけど、どれも美味しかったからハズレはないよ」

「わかった。いこ、メイス」

「はい」



 この2人、視察の連続で少し慣れたようだ。手を繋ぐくらいは何の抵抗もなくできるようになっていた。お互いを褒めるのはまだハードルが高かったみたいだけど、大きな進歩だな。



 弁当屋が多く入っている道に進むと、食欲をそそる匂いがしてきた。


「あ、あの……ハル様」

「はい、メイスさん」

「わ、私……あのお店が気になります」


 最初に遠慮がちに口を開いたのはメイスさんだった。この街では珍しい、サンドイッチメインの弁当屋だ。おかずが詰められたサンドイッチから、シュガーバターを塗った甘いもの、餡子の入っているものなど様々。


「じゃあ、一軒目はここにしましょうか」

「はい!」


 店内には幾つか棚が用意されていて、個人でトレーに乗せるスタイルだ。トングとトレーを受け取ったメイスさんは一瞬キョトンとしていたが、周りの客の動きから察したようで食べたい分をトレーに乗せ始めた。俺達は邪魔にならないようにメイスさんを待つ。

「ハル様、お会計はどうしましょう……」

 聞くと、ここは円にしか対応していないのに、まだ円ではなく従来のお金しか持っていなかったようだ。

「俺の財布から出して下さい。今日は俺の奢りです。レオンもそれで良いよな?」

「ああ、ありがとう」


 メイスさんだけが俺の奢りだと彼女が萎縮してしまうかもしれない。レオンも奢りにすることで罪悪感を与えさせないことに成功した。両替はまた後でしても遅くはない。


 メイスさんは1人で買い物をすること自体、今回が初めてらしく、店員に聞きながら何とかお会計を済ませた。自分で体験させないって、視察の意味が問われそうだな。人に触れて初めて人の本質がわかるのに。


「ハル様、ありがとうございます! 私でもお買い物できました!」

「良かったです。店員や店内の様子はどう思いましたか?」

「店内はすごく清潔で、誰も騒がしくしないので落ち着いて選べました。それに、店員さんも私が質問した時に笑顔で教えてくれて……。自分でお買い物するって楽しいですね」


「視察だということを忘れて楽しめたのなら、こちらの作戦通りですね」

「視察…………あ!」


 本当に忘れてたんだな。政治的なことは忘れて楽しんでほしいって思ったのは俺だけど。

「あ、後でメモをするので大丈夫です!」

「ここにいる限り、俺達ペリペドットの領民は視察を忘れさせにいきますから、覚悟していてくださいね」



「視察キラーか……」

「でも、人の様子はよくわかるだろ?」

「まあな」


 レオンは紙の器に入った唐揚げ弁当と、まだ湯気の立っている味噌汁が気になったようだ。

 メイスさんのを見ていたからか、しっかり買えていた。


「これ、包装が凄いな。カップがズレて溢れないように袋に入れてくれた」

「カップホルダーは飲料を扱っている店なら提供義務があるからな。他はどうだった?」


「この街の店員は、誰に対しても一貫して丁寧な対応をするのだな。俺の正体を知っていて丁寧に接しているのかと思ったけど、俺の後ろに並んでいた親子にも同じ対応をしていた」

「それを受けてどんな風に感じた?」

「丁寧な態度は、生まれながらに取られていたから今更って思ってたけど……あんなに温かくて、心地が良いと感じたのは初めてだった」



 はい、いただきます。今のは絵にします。紙袋を手に、柔らかく笑ったレオン。視察先でこんな風に笑ったって知ったらセリア様喜ぶだろうな。

「視察を忘れるって、確かにそうだな。話題を振られるまでは観光気分でいられる」

「視察キラーはどこにでもいるぞ」

「恐ろしいこと言うな」



 最後は俺の弁当を買いに行った。俺が買ったのはおにぎり弁当。塩っぱめに味付けされた鮭のフレーク入りおにぎりが俺のお気に入り。おにぎりに巻かれたパリパリの海苔もペリペドットで取れたものだ。


 この店は単品で買うと高いが、2個セットで買うと割り引かれる。だから俺も、まんまとその戦略に引っかかってセットの味噌汁も頼んでしまう。単品の味噌汁よりも小さいが、味は変わらない。美味いなら少しの誤差は関係ない。



「セットで700円になります」

「お願いします」

「700円、丁度お預かりします。ご来店ありがとうございました。またお越し下さい」


 2人は店に入らず、外で待っていた。わざわざ暑い外で待つなんて。避暑地にすれば良かったのに。


「いや、多分何も言われないだろうけど外で待っ時間も楽しみたかったし、皆お店を避暑地にはしていないだろ? だから俺達もそれに倣うことにした」

「それもそうだな。まあ、何事もなくて良かったよ」


「襲撃か?」

「熱中症。このくらいの短時間なら良いけど、5分以上待つようなことがある時に店側に言えば避暑地にして良いルールがあるから。今後は熱中症対策もしてよ」


「店側から許可が降りる制度があるなら、次からはそれに従おう」

「そうしてもらえるとありがたい」



 ここでの事故は流石に見逃してもらえない。熱中症に関しては未然に防げることなんだから。

「じゃあ、弁当も買ったことだし休憩所に行こう」


 休憩所は俺が作った木を主体としたものと、食堂を兼ねた建物の2種類がある。俺の方は待ち合わせ場所やちょっとした休憩に、皆が作った方は食事をしたい人がよく利用してるイメージ。


 今から行く方は、利用者なら無料で水やお茶を飲むことができる。飲料水を買うお金が省けるので、まとまった時間がある場合はここで食べる。多くの領民が集まる場所であるから視察にもなる。



「涼しい……」

 今日の外気温は34度。楽しむためにあえて魔法でのズルをしていなかったからかなり暑い中歩いたことになる。

 端の方の空いている席に腰を下ろし、弁当を開ける。



「「いただきます」」


 あぁぁぁぁぁ……相変わらず美味い……!

「美味っ、何だこれ……! 美味すぎるぞ!」

「美味しい……!」




 高位貴族の2人が庶民派の弁当を食べてはしゃいでるのって可愛いな。これも良い絵になりそうだ。



今回の登場人物

・ハル・ペリペドット(15歳)

・レオン・サージス(15歳)

・メイス・アンリエット(15歳)

・シルヴィ・サージス(15歳)

・領民


※一般的なコンビニ弁当の平均価格は508円(税込)

参考までに

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