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35,誘拐


 あの演習から一日が経ち、再び授業が始まった。

 今はルイ先生の魔法史の授業だ。一言一句聞き漏らさないように神経を研ぎ澄まして耳を傾ける。




 ガラガラガラ

 授業中に少し古びた扉を開けた人物がいた。


「ルイ様、緊急事態につき、ハル様をお借りしてもよろしいでしょうか」

「ええ、構いませんよ。こちらは授業を続けます」



 そう、扉を開けたのは屋敷にいるはずのメア。どうしたんだ?





「ハル様、ご友人が昨日の夕方から行方不明になっているそうです。このことについて陛下からお話しがある、とのことですので来ていただけませんか」


「ラッシュが……?」


 心臓が嫌な音を立て始めた。呼吸もだんだん早くなる。



「ルイ先生、僕も早退します」

「どうぞ、本日は課題を出しませんのでご安心ください」


 呼吸が苦しくなって胸に手を当てた俺をヘルガさんはひょいと持ち上げた。

「メアさん、荷物をお願いします」

「はい」



 馬車の中でも俺の呼吸は楽にならなかった。ラッシュが、ラッシュが行方不明になった。それは俺のせいだってわかってる。俺が、俺が守護者だから。俺が皆に作ったピアスを、目立つからと先延ばしにしてきたから。


 全部全部、俺のせいだ。やだ。嫌だ嫌だ嫌だ。もう失いたくない。もうあんなラッシュ見たくない。ラッシュはまた俺のせいで死ぬのか……? そんなの絶対やだ。



 ヘルガさんがずっと背中を撫でてくれるけどそれも全然効かない。逆行後の人生で今、一番の恐怖を味わってるから。


 城に着くと既に王族の面々は揃っていた。呼吸が苦しくてまともに歩行もできないような状態の俺を見て真っ先にレオンが飛び出した。


「これ、俺用の椅子だからここ使って。まずは呼吸を整えよう」

 で、シルヴィが毛布をかけてくれて、皆俺が落ち着くまで待ってくれた。


「さっきより楽になったか?」

「ああ……大分。ありがとう」


 心配そうなレオンに俺は笑顔を作ったが、自分でも嘘くさいと思うくらい表情筋が動かなかった。



「大丈夫、大丈夫。無理して笑わなくて良い。苦しい時に笑ったら余計苦しくなるだけだ」

 レオン達の優しさと温かさに泣きそうになる。でもここで泣いたら手遅れになるかもしれない。両頬をバチンと叩いて気合いを入れた。


 事情を聞くと、ラッシュに付けられた影が定期報告のためにライゼン様に会いにいった隙に行動を起こされ、影が戻った時には既にラッシュは忽然と消えていたそうだ。


 その時、俺達は学園の演習のため、城から遠く離れたラ・モールの森にいたから報告がここまで遅れてしまったと。


 事情を聞いて最初に湧いた感情は「失望」だった。誰にとかじゃない。自分に失望した。自分が愚かだった。もし、ラッシュが死んだら俺はどうすれば良い。家族と同じくらい大切な人なのに。



「失礼します。差出人不明の手紙が届きました。ハル様宛の」

 ドクンと心臓が跳ねる。俺が目当てならラッシュは殺されていない可能性が高い。


「読みます」

 食い入るように文字を追う。



『ハルといったな。お前の正体はわかっている。友人を助けたければメビウス神復活のために協力せよ。さもなくば、わかっているな。一人でここまで来い。誰か人を連れて来た時点で友人の命はないと思え。考えられる中で一番残酷な方法で殺してやる。何があるかな? 火あぶり、絞首、水責め、強姦。ああ、魔物に食わせても良いな』



「ふざけるな! 何だこの手紙は!」

 まず激昂したのはレオン。シルヴィは顔に手を当ててふるふると首を振り、ヘルガさんは口を真一文字に結んだ。


 そして俺は……。

「神、起きてる。ラッシュの居場所を教えて。ソウルと行ってくる。この手紙には人間を連れてくるなとは書いてあったけど神獣に乗ってくるなとは書いてない。俺が必ず連れ戻す」


『うん、わかるわ。ここから東に真っ直ぐの、ノワール公爵家の地下牢よ。この家は邪神派筆頭で、アルバーン伯爵家とも繋がりが強かったわ』


「ノワール公爵家の地下牢ね、わかった。ソウル、行くよ。ヘルガさん、元弟さんも危ないかもしれません。今回の首謀者はアルバーン伯爵家と繋がりの強いノワール公爵家ですから」


 俺がそう言うと、ヘルガさんは顔を歪めた。和解したからこそ、不安になってしまうのだろう。でも俺にはどうしようもできない。神からの情報を教えるくらいしか。


「レオン、俺がラッシュを連れ戻すまでは兵を動かさないで。俺、もう二度と友達を失いたくないから」

「ああ、約束する。だから……だから、絶対無事に戻ってこい」



 俺はライゼン様の執務室の窓を開けて外に飛び出した。飛べるようになったソウルに乗って。

 窓から飛び出した俺は出せる限りの最高スピードでソウルを東に走らせた。


「ソウル、俺はラッシュが危ないと思ったらあの場にいる人間を殺す」

「我はあるじを人殺しにはせぬ。我が足を切り落とそう」

「ありがとう、ソウル」


 相手が誰であれ、神獣には勝てない。魔物でも、人間でも所詮は神以下。ソウルが首謀者を戦闘不能にする間に俺は転移でラッシュの所に向かう。



「神、あれ?」

『そうよ。あそこの地下から気配がするわ。建物の透過はできないから地下のどの辺りにいるかはわからないのだけれど……』

「別に良い。自分で探す」



 ソウルは真っ直ぐ首謀者のいる部屋に突っ込んだ。パリーンッ! と脆いガラスが砕け散る。

「なっ……!」

「誰だ貴様!」

 白い獣に乗った男(俺)に首謀者から怒声が飛ぶ。


「何だその言い草は。わざわざお前らの約束通り、兵を動かすなと言って一人で来てやったってのに」

 ここでまず大事なのは激昂しないこと。冷静さを欠いたらその時点で負ける。こちらは冷静さを保ちつつ、相手を叩く。



「さあ、ラッシュを返してもらおうか」

「はっ! そんな簡単には返さねぇぜ。貴様を生け贄として捧げ、メビウス神を復活させる。それが俺達の目標だからな。協力すると言うまでは返せねえな」

「守護者である俺がなぜ邪神などと組まねばならんのか」



 それ以前になぜ友達を攫う奴に協力しないといけないんだ。おかしいだろ。

「言うと思ったぜ。ま、大口叩けるのも今のうちだな。見ろよ」


 首謀者が側に置いてあった水晶に手を翳すと景色が流れた。薄暗い場所に人が倒れている。


「ラッシュ……!」

 よく見るとそれは俺が今一番会いたい人、ラッシュだった。



「彼には一度も水を飲ませていない。勿論食事もな。早く決断しないと大事な大事なお友達が死んじゃうね〜? 治療もしないとね〜。可哀想に……莇だらけになっちゃって」



 プツンと俺の中の何かが切れた。冷静になるとかもうそんなのどうでも良い。


「わかった……」

「ふんっ! 最初からそうしていればいいん――へぶっ!」

 小太りジジイを力任せに吹き飛ばした。ソウルも戦闘体制に入る。


「話が通じないなら力づくでわからせるだけだ。お前らがやったようになぁ゛!」

 特定の人間を思い浮かべれば転移できる、なんてことはない。早く探さないと。とりあえず一階までを破壊する。建材の下敷きにしないように砂粒よりも小さくして燃やし尽くす。



「ぎゃあ!」

「あ、足がぁ!」

「痛え!」


 俺は地魔法で建物を破壊し、風魔法で切り刻み、火魔法で燃やした。

 そのまま風魔法で体を浮かせ、地下へ続く入り口を見つける。







「ここか……」

 重要な柱以外は天井を含めてさっきと同じように燃やした。時短はしたいのだ。

「神」

『あ、見えたわ! あっちの方向よ! 貴方からみて左側!』

 俺は神の示す方向に走った。風魔法の追い風と強化魔法でできるだけ早く。



「ラッシュ!」

 飛び込んできた光景は正に俺を激怒させるに相応しいものだった。

 力任せに檻を破壊し、ラッシュを踏みつけていた男の顔の骨を砕いた。



「ラッシュ……遅くなってごめん……」

 口と手足に付けられた枷を外し、素早く治癒魔法をかける。

「うっ……ゲホッ、ゴホッ……!」

「飲めるか?」


 コップに注いだ水を口元に持っていくが、飲めていない。飲もうとはしてるようだが全然だ。


「ラッシュ、上向いて」

「ん……」

 コップの水を口に含み、ラッシュの口内に水を直接流し込んだ。緊急事態につき、異論は認めない。コクンと喉が動き、ラッシュが水を飲んだ。それを何か繰り返すと疲労からか、ラッシュは眠ってしまった。



「ごめん……ラッシュ……ごめん、ごめん、ごめんなさい……」

 俺は寝息を立てるラッシュを強く抱きしめて何度も何度も謝った。


「無限牢獄」


 俺はラッシュを連れて無限牢獄の作業部屋に入った。この中には俺の理想の部屋が形成されている。ベッドやクローゼット、水回りが一通り揃っている。トイレに関しては魔石を使って流せるやつだ。



 一度その中にラッシュを入れる。服を一切着ていなかったから水魔石を使って風呂に入れ、タオルで丁寧に体を拭いた。それから俺の服(部屋着)に着替えさせてラ・モールの森で調達した資材だけで作ったベッドに寝かせる。


 この空間の中では時間が進まない。つまり、空腹度合いも上下しない。皆と合流してから用意しよう。顔の骨を折って動かなくなった男の足を持って引き摺る。


 本当はもっとやりたかった。でもそしたらそこで終わってしまう。もっと地獄を見せたい。だから今は顔を引き摺るくらいで我慢しないと。



「ソウル、待たせた」

「抵抗された。やむなし」


 さっきまで俺がいた部屋に戻ったのだが、血みどろだ。天井も壁も無くなっているけど床が……。やむなしやむなし、と言うソウルの足元には………いや、これが人間の足ということは黙っておこう。


「帰ろう、兵を出してもらわないと」

「了解した」

 最早焦土と化したノワール公爵家タウンハウスを後にした。






「レオン、兵を出して」

「準備は完璧だ。今から出動させよう。えっと……それでその血は誰の?」

「首謀者の。制御できなかった。でも殺してはいないから大丈夫」

「ハル達の血でなくて良かった……」

 レオンはほっと胸を撫で下ろした。


「心配かけてごめん。あと試食室の隣の部屋使っても良いか? ラッシュはほぼ丸一日拘束されて暴力を振るわれ続けてた。水も飲めず、食事もできずに。起きた時に食事を食べさせてあげたいんだ」

「わかった。一緒に行こう。ああ、あとヘルガはコリア側にも影を付ける関係で呼び出されてる。シルヴィは泣き疲れたみたいで寝てるよ」

「じゃあ2人か」

「ああ、行くぞ」



 俺とレオンはいつものキッチン方面に向かって歩いた。

 試食室横の部屋は簡易的な通常部屋のようなものだ。水回りとベッド、数着の服が入れられるクローゼットがある。ないのは大きいクローゼットと応接テーブル、執務机、化粧台くらい。装飾も最低限だ。


 ラッシュはもう一度風呂に入れることにした。あれは流しただけだからこんどは丁寧に石鹸で土や埃を落とす。人の体を洗うのは初めてだからやりにくいな。



「ハル、終わったらここにタオルと着替え用意しておいたからそれ使って」

「ああ、レオン。ありがとう」

 扉の向こうにいるレオンに礼を言ってラッシュの泡を流す。


 レオンが用意してくれていたのは見るからに新品の純白タオルと同じく新品の黒いバスローブ。これ、本当に使って良いんか?まあでも貸してくれるってことは使っても良いんだろう。

 風魔法で髪を乾かしてバスローブを着せる。


「もう終わったのか」

「なるべく早く終わらせようと思って急いだ。幼馴染ではあるけど裸を見るのは初めてなんだよ」

「ああ、そういうこと」



 寝かせたら今度は食事作りだ。多分食欲はあってもお腹がびっくりしちゃうから野菜のスープとかが良いと思う。あとはゼリーとかも食べやすいだろうから効果ありそう。


 メアにラッシュを任せて俺は時短でレオンとキッチンに立った。レオンがゼリーを作り、俺が野菜スープを作る。暫く火にかけているとぐつぐつと泡がたってくる。白菜や薄めに味付けした肉団子達が良い匂いを漂わせる。


「ハル様、ご友人がお目覚めになられました」

 作り終わったタイミングを察知したかのようにメアが呼びにきた。

「わかった。ありがとう」

 カチャリと扉を開けると、部屋の隅っこにラッシュが蹲っていた。



「ら、ラッシュ……?」

「はるぅ………ここどこぉ……………?」



 涙声で、いつものラッシュ感は皆無だが俺にはそんなことどうでもよかった。またラッシュの声を聞くことができた。それだけで嬉しい。


「ラッシュ……!」

 俺はラッシュに飛びついた。あの時は怪我のせいでまともに抱きしめられなかった。だけど今は全部治した。


「は、ハル? どうした? 何か怖いことあった?」

 震える腕で俺の背を撫でるラッシュ。怖いことあったのはラッシュだろうに。


「怖かった。もう、二度と会えないかと思った。裸で暴力振るわれてるの見て、自分が巻き込んだってわかった。後悔した。ごめん、ごめん……」


「んー……俺は後悔してないけどね。ハルと友達になったこと。確かにハルの餌にされたんだってわかった時は怖かったよ。痛かったし。

 でもさ、建物が崩れていった時、俺を踏みつけてた男が奇声をあげて吹っ飛んでいった時、やっとハルが来てくれたって思った。俺は死んでない。ハルが来てくれたから死なずに済んだ。大丈夫、俺は無事だ」



 目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛んだ。

 自分が一番辛かったはずなのに、俺を誘き出すための餌にされたって知って、俺に対して何も思わないわけないのに。怖い以外の感情もあったはずなのに。罵倒されてもおかしくないのに。全部そういうところカットして俺のせいじゃない、と言ってくれた。


「俺も、ラッシュの友達でいられるの、幸せだ」

「うわっ……ハルって泣くんだ……なんか、うん。意外だわ……」

「何だそれ! 俺だって泣くわ! 本当に……無事で良かった……」


 年齢が上がって俺を茶化すような言い回しをするようになったのは微妙な気持ちだが、こうやってバカ話しできるのは良いな。






 ぐう……

 ラッシュのお腹が鳴った。

「そうだよな、腹減ってるよな。今持ってくるよ」

 赤面するラッシュに背を向けてキッチンに向かった。


「こ、これ……誰が作ったの?」

「こっちのスープが俺で、ゼリーがこの、レオン。で、パンはありもん」

「すっごい美味しい……」

「ん、良かった。あと少しだけだけどお代わりもある」


 ラッシュのためだけに作ったからあと2杯分くらい。まあ食べてもそのくらいだろうということで。パンもあるし。



「お代わり」

「俺がよそってくるよ」

「ああ、ありがとう。レオン」


 レオンなりの気遣いだろう。俺がいなくなったらあの中の平民はラッシュ1人になる。ラッシュもここが城だとは気付いていないようだが、見るからに身分の高そうな顔面のレオンと一緒にいると疲れてしまうかもしれない。レオンに感謝だ。



「あのさ、結局ここってどこなの?」

「言ったら食欲吹っ飛ぶとこ。後でなら教える」

「……? ああ」


 今食欲飛ばれたら困る。

「ごちそうさま。美味しかった、ありがとうハル、レオン、様?」

「それなら良かった。俺は料理は初めてだったから少し不安だったんだ」


 まあね、いつも試食係だったもんね。

「それで、ハル。ここはどこ?」

「俺が貰ったキッチン横の部屋。城の一室」


「城……? え、あの城?」

「この国に城は一軒しかないけど」

「た、確かに食欲は吹っ飛びそう………」 


 急にソワソワと落ち着かなくなるラッシュ。俺とレオンを交互に見て信じられないといった表情をした。



「まさかとは思うけどハル……。王族を呼び捨てにしてないよな……?」

「呼び捨てにしろと頼まれたからな。ところ構わずレオンレオンとは言わないから大丈夫」



 俺がそう言うとキュウ……と気絶した。まあキャパオーバーにもなるわな。発狂しないだけまだ良い。体が疲れてるから今発狂したらアウトな気がする。

 またラッシュを寝かせて皿を洗うために一度外に出る。流石にすぐは起きないだろ。



 本当は今すぐにでも連絡したかったけど、もう夜中だったし本人は寝てるからおじさん達には明日、朝イチで連絡を入れることになった。




 頭を撫でるとラッシュのふわふわの髪が揺れる。落ち着くな……久しぶりに幼馴染に会うと。そのまま俺も眠くなってしまい、床に倒れ込むようにして眠ってしまった。



今回の登場人物

・ハル(12歳)

・ヘルガ(14歳)

・レオン・サージス(12歳)

・シルヴィ・サージス(12歳)

・ルイ先生

・ラッシュ(10歳)

・国王夫妻

・メア

・ノワール公爵家

・ヴィーネ神

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