32,ペリドットとピンクサファイア
作ったシフォンケーキはライゼン様やセリア様をはじめとする親しい人にも配った。王都に一号店を出したいが、課題が多く纏まらないという話をしたところ、公爵家の事業の一環として協力してくれることになった。
俺達で開く店は領地を作ってから建てれば良いと言われた。だから今回はその道で働いている人達を見て学ぼうと思う。まだわからないことだらけだし。
一度レシピが他人に渡ってしまうけどそこは大丈夫。もし訴えられたとしても俺達の無罪は確定してるから逆に訴えた側を追い詰められる。
一号店は貴族向け、俺達がいずれ建てる本店は平民向けに展開する運びとなった。
そして、一号店で出た売り上げの一部とレシピの使用料を徴収できるということにもなった。使用料だけで、売り上げまでもぎ取るつもりはなかったのだが、どうしてもと言うのでオープンから1ヶ月経ってから徴収、という形を取った。最初は資金が必要だろうし軌道に乗ってからでも遅くない。
これはしっかり貯金して後の本店オープンに備える。最初のキッチンスタッフは俺の知っている料理人の中から選んでも良いということになった。勿論事前に希望調査をした上での採用だ。面接は俺とヘルガさんの2人で担当することになる。
作り慣れたスイーツ以外を作らなければいけなくなるので俺達が測るのは技術ではなく意欲。技術はどうでも良い。料理人ばかりなんだから教えれば数回で及第点は取れるだろう。
貴族向けの店になるから研究して改良、というのは料理人側に任せる。俺にはわからん。一般的な貴族の視点が。王宮料理人は貴族出身しかいないから彼らの方が俺達より多くを知ってるはずだ。
最終的にキッチンスタッフは男性料理人2人と女性料理人3人の計5人に決まった。カフェ形式になるなら給仕が必要になるが、今回の一号店は完全予約制で客席を設けないタイプになるので雇うのはキッチン、清掃、警備、受付だ。
キッチンは文字通り調理担当、清掃はキッチン部分の掃除もあるので料理人見習いが、警備は新人騎士団員、受付は店長になる人がやる、らしい。
だとすると、俺の店では俺が受付か。店長俺だもんな。
で、次に決めるのは店名とロゴ。俺にセンスがないせいで1人じゃ案が出ない。ヘルガさんと2人で頭を抱えていた。
「もう何とか商会、とかで良いんじゃないかって思ってます。下手に店名付けるよりいずれ貴族になった時に使う苗字でも考えて流用する、みたいな」
センスなければどれだけ美味しくても買ってくれないかもしれないし何より半端な名前つけたくない。今まで頑張ってメニュー考えてきたんだから。
「僕も思いつかないのでそうしましょうか」
ということで今度は俺の苗字を考えることにした。
一時間、二時間……唸り続けること約三時間。ついにヘルガさんが口を開いた。
「ペリペドット、とかどうですか?」
「ペリペドット、ですか?」
聞いたことないなあ。どこの言葉だろう。
「ペリドットっていう、緑色の綺麗な宝石があるんですよ。ハルさんの、綺麗な緑色の瞳を見て思いつきました。でも、そのままペリドットってつけると宝石の名前を呼んだのかハルさんの名前を呼んだのかわからなくなると思って少し変えてみました」
顔に熱が集まった。人生で多分一番熱い。自分の容姿をここまで褒められたことはなかったのだ。茶色の髪に緑色の瞳。この国の平民はこの配色であることが多い。だから俺の容姿は多少整ってはいるものの、いたって普通、平凡だと思っている。
それを綺麗だと言ってくれた。自分より遥かに綺麗なヘルガさんに。お世辞や社交辞令を好まないヘルガさんの言葉だからこそ照れる。
「ペリペドット……呼ばれる度に由来を思い出してしまいそうです……」
赤くなった頬を隠すように手を当てる。
照れ隠しとばかりに一応どんなのか見てみるか、とペリドットをお馴染みの地魔法で出してみた。
「そう、それがペリドットです。ハルさんの瞳の色にそっくりでしょう?」
小首を傾げて笑うヘルガさんに仕返しがしたくなった。少し考えて、ピンクサファイアを出す。この宝石の石言葉は「慈愛」。ヘルガさんにピッタリだ。色もヘルガさんの瞳は桃色だから。
向かい側に座っているヘルガさんの瞳の隣に宝石を当てる。
「俺がペリドットなら、ヘルガさんはピンクサファイアですね。石言葉も、色も、ヘルガさんにピッタリです」
今度はヘルガさんが赤面する番。嬉しそうだしヘルガさんの誕生日にネックレスにでもしてプレゼントしようか。デザインはどうしよう。四つ葉のクローバーとかどうだろう。意味は確か「幸福」だったはず。ヘルガさんには幸せになってほしいから。うん、そうしよう。
俺もペリドットでお揃いの作るか。友達の証ってことで。
「お二人は恋仲なのでしょうか?」
気配を完全に消したメアがそう言った。エステルさんは両手で顔を覆い、顔を背けつつもチラチラとこちらを見ている。
「えっ!? ち、違いますよ!」
「うん。俺、恋愛できないから」
これは後から思ったことだが俺は多分一生恋愛ができない。もし恋愛ができたなら俺はきっとヘルガさんを好きになっていた。想いを伝えることはないだろうけど。
「え…………ハルさん、今のって……?」
「はい、多分ですが守護者は恋愛できないと思います。初代国王のフェリーチェも、文献資料ではありますがその生涯、妻を愛したことはなかったと書かれていました。それに俺も、恋愛ができたら絶対好きになっているだろうって人がいますがその方にも友人以上の感情を向けられないんです」
手紙とか日記があったら本当のことがわかったんだろうけどないから全部推測で話さないといけないのリスクあるよな。間違えてたらごめん、フェリーチェ。
でもこれはあくまで俺の話からの推測だからフェリーチェは違っても怒らないで。たのんます。そうやって頭の中でイマジナリーフェリーチェに合掌していると、ヘルガさんの顔色が悪いことに気付いた。
「ヘルガさん、どうしました? もしかして具合悪くなったりしてます……?」
拘束しすぎてしまったのだろうか。だとしたら本当に申し訳ない。お金に余裕ができてきたしこれから入る目処も立ったからそろそろ時計を買おうか。
「すみません。多分平気ですが念のため一応部屋に戻りますね。エステル、行こう」
「は、はい」
パタパタと去っていく2人。大丈夫かな……。心配だ……。
「ハル様、明日はヘルガ様の呼び出しは控えておいた方が良いかと」
「そうだね、具合が悪いなら明日は屋台をお休みにして時計を買いに行くよ」
「お供します」
一応うちのサークルは自由参加だから授業が終わったら時計屋さんに行こう。
翌日、ヘルガさんは登校しなかった。あの後熱が出てしまったらしい。移ったらいけないからと会うことはできなかったから詳しいことはわからない。
お陰で授業には全く身が入らなかった。
魔法の授業もあったのだが、ぼんやりしていて強化魔法で訓練用の的を木っ端微塵にしてしまったし、男子限定の剣の授業とかも訓練用の木刀を7本折った。
幸いそれはルイ先生が全て完璧に直したが、これ以上周りを怖がらせるのはいかん、と判断した講師陣に首根っこ掴まれて見学にさせられる始末。
ぼんやりしていたら一日が終わっていたという感じだ。時計も買いに行ったけどあまり集中できず、選ぶのも会計もメアにほぼ任せきりになってしまった。でも、ヘルガさんの分も買ったことだけは覚えてる。
屋敷に戻り、エステルさんに「ヘルガさんに渡してほしい」と懐中時計を渡して部屋に戻る。
ヘルガさんのことしか考えられないならヘルガさんへのプレゼントでも考えようか、とデザイン画を描く。四つ葉のクローバーだからピアスはないよな。目立ちすぎるし。
やっぱり無難にネックレスかな。チェーンは6年前にもピアスで使ったプラチナ。プラチナを土台にしてその上に宝石を固定すれば良いのではないか、と机に向かって模索する。
今が2月末、ヘルガさんの誕生日は3月52日。あと1ヵ月ある。
日頃の感謝も込めてるんだし時間をかけて丁寧に作ろう。これもサプライズだから、うーん……どこで作ろう。ん?ちょっと待てよ。無限牢獄って俺も入れるんかな。
生きたままの保存が可能、牢獄って名前付いてる割に中身の取り出しは自由、そして周りから見えず、外では時間が進むけど、中では時間が進まない。少しリスクはあるけど入ってみようかな。
「無限牢獄」
一応口に出してみると、あたり一面黒い世界に包まれた。あ、激レア魔物。暴れとるわ。それじゃあ成功だな。生け捕りにした魔物と俺のいる場所は壁か何かで塞がれているのか、魔物の声は一切しない。集中できそう。
じゃあ入れることはわかった。次は出られるかどうか。
「ここから出たい」
どう言えば良いかわからず、とりあえず言ってみたのだが上手くいったようだ。気づけば俺は、見慣れた机の前に立っていた。
「無限牢獄」
もう一度あの空間に戻り、材料と作業台を広げる。ちゃんと平面の床があるのはありがたい。材料が転がらずに済む。周りは暗いけど魔法が使えるから明るくはできるし、もし万が一1人になりたい時にはここに引き篭ろう。
多分外からは見えないよね?こっちからは外の音聞こえないし見えないし光も入ってこない。ヘルガさんが無限牢獄使えたらバレちゃうけどヘルガさんはどれだけ強くても守護者ではないから、誰かに行くところを目撃されない限りは完全失踪芸ができる。
持ってきたデザイン画を広げて俺はプラチナの研磨から始めることにした。
今回の登場人物
・ハル(12歳)
・ヘルガ(14歳)
・メア
・エステル




