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31,贖罪


 ベノム島。サージス国のはるか南に位置するこの島は降水量も少なく、一年通して暑い。そして地面が土ではなく岩石のため、作物を育てることもできない。



 そんな過酷な環境は、重罪人と判断された人間を流刑にする場所として選ばれた。ここに来た重罪人は二度と国には帰れず、地獄のような島で他の犯罪者に淘汰され、半年〜数年で死に至る。

 一瞬で終わる死刑よりも残酷な刑罰だ。


 そんな場所に連れて行かれる罪人は当然黙っているはずがない。今回も必死の形相で抵抗している。

 生け贄の首謀者である肥え太った伯爵夫妻、痩せ細った使用人。皆一様に抵抗している。


「おい! なぜ私を助けないんだ! 私は何もしていない!」

「そうよそうよ! 流刑ならコイツらが背負ってくれるから私だけは助けて! パーティーに出られないなんて嫌よ!」

「なっ……!元はと言えばあれは奥様の案ではないですか!」


 騎士に対する怒りは収まらず、遂には身内で口論が始まった。


「コリア、見送りは諦めるか?」

 大人しく立っている子供に対し、騎士がそう聞いた。この子供は生け贄の被害者であるヘルガ・アルバーンの双子の弟、コリア・アルバーンである。現在は苗字と家柄を剥奪され、平民のコリアとなっている。



「いえ、最後まで見送ろうと思います。今逃げたら俺は機会をくれたヘルガの顔に泥を塗ってしいます。ヘルガがきちんと向き合った家族という存在から俺だけ逃げるのは卑怯だと思うんです」


 幼い頃の傲慢という雰囲気や保身のために兄を殺そうとした時のような凶暴性はなく、どこか付き物が落ちたかのような表情をするコリア。


「そうか。ならまだここにいよう。それと、元お兄さんのヘルガ様からの贈り物と伝言を」


 そう言った若い騎士は小さな巾着をコリアに渡した。ジャラリと音がするその中身を見てしまったコリアは驚きのあまり、袋を落としてしまいそうになった。

 そこにはかなりの額のお金と、一通の手紙が入っていた。



「これは……」

「ヘルガ様より、餞別とのことです。必ず受け取るようにと指示を頂いております」


 お金がなければ何もできない。そう判断したコリアは善意とも嫌味とも取れるその巾着を握りしめた。


――――――――――

⚫️コリアside


 元家族であるヘルガ・アルバーンをメビウス神、通称邪神の生け贄にした罪で俺達は今日、罰を受ける。


 生け贄の話を持ち出したのは母、ヘルガが死ねば良いと言ったのは俺、それを戯言と捉えずに実行したのは父。一部の使用人も加担していた。



 当時の俺はとにかく傲慢で、自分が一番でないと許せないような人間だった。両親は俺の望みを何でも叶え、ヘルガのことはまるで道具かのように扱った。使用人も同様、領主の第一子であるはずのヘルガはあの屋敷では下働き以下の価値しかなかった。


 勉強をしたくなかった俺は、顔立ちがよく似たヘルガに代わりにやらせ、自分は好き勝手に遊ぶ。屋敷のほぼ全員が碌な食事も摂れず、日に日に痩せ細っていくヘルガを見て快感を覚えた。俺も、そのうちの一人だった。



 生け贄の儀式は縦に開いた大きな穴で行われる。自分の手を汚したくなかった父は使用人見習いに執行を命じた。表情ひとつ変えず、穴の中に落ちていくヘルガを見て俺は恐怖を感じた。なぜ死ぬとわかっているのに抵抗しないのか。なぜ許しを乞わないのか。


 その時はそれ以上のことを思わなかったが、答えはすぐに出た。ヘルガがいなくなると、両親の鬱憤は使用人に当たり散らすことで発散されるようになった。




 何人も辞めて、雇って、辞めて雇って、辞めて、辞めて辞めて辞めて……。いつしか使用人はヘルガがいた時の半分以下になっていた。

 辞めていない使用人は辞めたくても辞められない事情がある人間だけ。ヘルガはそれをぶつけられ続けて壊れたんだ。


 ヘルガが戻ってくれば……! と馬鹿みたいなことを思いついた俺は、間抜けにもあの儀式の縦穴に向かった。



「誰だ」


 縦穴の前まで行った俺は一人の子供を見た。自ら生け贄になりに来たようにも思えず近付くと、全貌が見えてくる。下草で見えにくくなっていたが、ヘルガを突き落とした使用人見習いの少年があの場所に花を置いて手を合わせていた。


 何時間も手を合わせて、時折り涙を拭うような仕草をみせる少年。それを毎日毎日、決まった時間に行っていた。  






 あの日までは。

 執務室から怒り狂った父が誰かを殴るような音と母が喚くような声が聞こえてきた。

 何だろうと思い、そっと覗くとそれは、毎日ヘルガが落ちた場所に手を合わせていた使用人見習いだった。


 気付くと俺は止めに入っていた。自分でもなぜそうしたのかわからない。その使用人見習いはラ・モールの森に捨てられた。俺が止めに入らなければ父はあの子を撲殺していた。

 ラ・モールの森に捨てられたら魔物に食い殺される。どちらをとってもどうせ死ぬ。それなら生きられる可能性に賭けてみようと思った自分に一番驚く。



 使用人見習いが一人消えた。それから俺はヘルガが落ちた穴に花を落とすのが日課になっていた。俺の中にはもう、後悔しか浮かんでいなかった。毎日毎日、突き落とされる夢を見て飛び起きる。そして使用人見習いが手を合わせる様子を眺める。


 そんな生活をしていたからか、いつしか快感は恐怖へ、恐怖は強い後悔に変わった。どうして俺はあんなことをしたんだろう。どうしてあんな態度をとっていたんだろう。


 ヘルガがいなくなる前にあった暴力的な感情や、自分勝手な欲望はもうなくなっていた。あるのは確かな後悔と自責の念だけ。


 今すぐにでも謝りたい。でも謝って済むような問題でもない。だって、ヘルガにはもう二度と会えないのだから。



 そう思ってた。でも事態は俺が学園の2年になって暫く経ってから動き出した。何者かがアルバーン伯爵家の悪事を告発したのだ。早朝、雨の中、穴の前に花を置き、手を合わせていた俺は王家からの騎士だという人物に取り押さえられた。


 罪状はいたってシンプル。生け贄として人間を捧げたことだ。抵抗はしなかった。ただ、花を穴の中に落とし、大人しく運命を受け入れた。



 俺は両親と同じ牢に入れられた。酷いものだった。父は物に当たり散らし、母は癇癪を起こす。数分同じ空間にいただけで頭がおかしくなりそうだった。


 ヘルガ……ヘルガはいつもこんな気持ちで生きていたんだな。

 なるべく見えないように、聞こえないように、端の方で膝を抱えて蹲った。




 どれくらいの時間が経っただろう。

「看守さん」

 その聞き覚えのある声に顔を上げる。


「ああ、ヘルガ様ですね。面会可能時間は5分となっていますが大丈夫ですか?」

「はい、構いません」


 あの時よりも健康的な体型に堂々とした立ち姿。俺の知っているヘルガとはあまりにもかけ離れすぎていた。俺が見てきたヘルガはいつも感情のない人形のようで、会話をする時も抑揚のない作り物のような声だった。


 でも、今のヘルガは違う。もう、何もかもが俺と違う。

「ヘルガ! ヘルガなの!? 全く……あなた今までどこにいたの……!? 探していたのよ……?」

「そ、そうだ! これは何かの間違いなんだ! 早く解放しろ! お前もアルバーン伯爵家の一員だろう!」


 母はすっとぼけ、父は今更家族面。都合の良い人間どもが。強い嫌悪を覚えた。


「今日来たのはそんな用事ではありません。そろそろ貴方達と縁を切っても良いと思いまして、絶縁状を持ってきたんです。僕との縁切り、認めますよね? まあ僕を殺すくらいですから認めてもらわないと困ります」



「その紙にサインをすれば良いのか……?」


 柵の間から手を伸ばす。早く、早く解放しなきゃ。早く、早く。俺なんかと縁を切らせてあげなきゃ。


「はい、サインをすれば晴れて僕と貴方は赤の他人です」

 満面の笑みでペンと絶縁状を差し出すヘルガ。焦りで震える手を叱咤し、サインをする。






「今までごめんなさい。許してほしいとは言わない。俺なりに精一杯の償いをしようと思う。謝罪の機会をくれてありがとう」


 ずっと、ずっと言いたかった。何度手を合わせてその言葉を言っただろうか。もう、わからないくらいずっと謝ってた。でも、それは所詮本人には届かないただの自己満足。



 ヘルガの顔を見られない。今、どんな表情をしている? 軽蔑、嫌悪、怒り。挙げればキリがない。



「コリア、今の僕は凄く幸せですよ。それこそ、世界中の誰よりも」

 俺に目線を合わせたヘルガはそう言った。あの時のような影はないし、人形のような人間はいつの間にか普通の人間になっていた。





「幸せ……………………それなら俺はもう、二度とヘルガには関わらない。これ以上……壊したくない」

 ヘルガは俺達に関わったから、アルバーン伯爵家に産まれたから壊れたんだ。体も、心も。


「コリアも気持ちに折り合いがついたら、今度は自分の幸せについても考えてみてほしいです。平民は、面白い子が多いですから退屈しませんよ」


 思わず顔を上げてヘルガを見てしまった。慌てて下を向こうとする俺をヘルガは手で制する。




「俺の……幸せ…………」


 気付けば口に出ていた。俺の幸せなんて、もう考えられない。俺は人殺しだ。実際ヘルガは生きていた。でも、俺の罪はいつまでも消えない。一生付いて回る。でも、ヘルガは予想外の答えを出した。


「はい、コリアがやらなければいけないことは、家族を失った状態で自らの幸せを見つけることです。僕ができたんです。コリアもきっとできますよ。貴方はまだ変われます。僕だって貴方に恨みが全くないわけではありません。ですが、僕は過去の不幸を嘆くより手に入れた幸せを大切にしたいんです。だから、コリアもどうか、幸せになって下さい」



 家族を失った状態から幸せになる……。まるで今のヘルガのようだ。恨みがないわけじゃない。でも、ヘルガはそんな俺に更生の機会をくれた。


 視界がぼやけてくる。瞬きをすると頬に水滴が落ちる。気付いた時にはもう遅かった。溢れ出した涙はもう止まらない。



「ごめんなさいっ……ごめんなさい…ごめんなさいっ…………!」


 嗚咽のせいで全然まともに喋れない。ヘルガは少し困ったように笑った後、俺の頭を軽く叩き、立ち上がった。









「さようなら」

 5分の制限時間を告げる看守。このまま消えればもう二度と会えないヘルガ。俺にできたのはただ頷くだけだった。



「さようなら………ヘルガ……生きていてくれて、ありがとう……………」


 こんなクズな俺に謝罪の機会をくれて、俺に否定されたのに俺の自己満足みたいな謝罪を受け入れてくれて、生きて、幸せになってくれて、ありがとう……。


 鉄格子に縋って泣き続けた俺はそのまま牢で眠りこけてしまい、そして今に至る。

 今、丁度騎士から餞別を受け取ったところだ。中の手紙は移動中の馬車で読むことにした。俺には監視がつけられるから一人にはなれないけどそれでも読むなら今しかないと思った。



『コリア、その中のお金は僕が働いて貯めていたものの一部です。これがあれば最低でも一週間は生活できます。その間に職を見つけてください。平民は貴族よりも1人で沢山のことをしなければいけない時があります。でも、貴方なら大丈夫ですよ。そのお金を元手に自分なりの幸せを作ってくださいね。 ヘルガ』



「っ……」

 苦しい。何で俺はこんな人にあんなことができたのだろう。あんなことしなければ、俺だけでもあの屋敷で味方になっていたら、普通の兄弟として生きていられたのに。




 手紙が折れないように丁寧に仕舞い、袖で涙を拭った。そうだ、いつまでも泣いていたら駄目だ。退学になったから当然学園の制服は処分したし、家もないし食料もない。今の俺は衣食住全てが足りてない。


 泣く暇があるならまずはこのお金で宿を取って服を買って食事を摂ろう。ヘルガに貰った機会を決して無駄にはしない。


 職は明日以降探す。片っ端から声をかけよう。生活能力のない俺じゃきっと簡単にはいかない。でも絶対諦めたりしない。俺にできることを探すんだ。ヘルガが掴んだように、俺も俺の幸せを見つける。それがヘルガが望む、俺にできる唯一の贖罪だ。




 決意を新たにして俺は拳を握りしめた。



今回の登場人物

・コリア・アルバーン(14歳)

・ヘルガ(14歳)

・アルバーン夫妻

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