3,お披露目パレード 1
その夜、少し軋むベッドの上で薄い布を被って今日のことを思い出していた。
左手を上げると、今日貰った指輪が光っている。最初は怪しんでいた両親もヘルガさんの「お祈りした人には全員に配っているんです」の一言で納得してくれた。神官からの言葉、ありがたい。
マリアが欲しがったけどもう一度貰いに行く気は起きなかったようだ。信仰心が低くて良かった。
うちには貴族家と違って時計が無いからわからないけれど、月の位置的にもう日付は跨いでると思う。眠れないくらい濃い一日だった。邪神がここまで影響しているとは思わなかった。たしかに神に言われてはいたけど生贄云々は今日初めて知った。
とにかく、ヘルガさんみたいな人を出さないためにまずは王子様を守らなきゃ。例えそれで投獄されたとしても。邪神の力がなくなれば守護者の俺がいなくてもきっと回っていける。
……だめだだめだ。俺がいなくてもなんて考え、馬鹿すぎる。マリアも、両親も、友達のラッシュも悲しむはずだ。それに、ヘルガさんも。
そうしてうだうだ考えていた俺がその日眠れなかったのは言うまでもない。
鏡に映る俺は相当酷い顔色をしていた。目は充血し、隈も付いている。
「お兄ちゃん顔ー」
「ハル、眠れなかったの?」
「うん、王子様のお披露目が楽しみで眠れなかったんだ」
実際は、緊張して、だが大差ないだろう。
「そう、じゃあ少し寝なさい」
「はーい」
次に目覚めたのは翌日の朝だった。つまり、邪神とかち合う日。
昨日の夜眠れなかったお陰で緊張からの睡眠不足は免れた。いつもよりペースアップして朝食をかき込み外に出る時用の服を着て自宅を飛び出した。暗くなる前には帰ってこいとのこと。
早めに出たのは人波に押されて邪神を逃した日には発狂する自信があるからだ。
少しでも信仰心が回復すれば邪神を元いた世界に送り返して神会議で裁くことができるそうなので何としてでも成功させなければ。
とにかくこじつけでも何でも良い。まずは王子様を信者にしよう。できれば。
大雑把な神のせいであまり正確な位置はわからないが屋根に登れば人波に邪魔されることなく邪神を見つけられるはず。強化属性1級はこの手においてほとんどできないことがないのだ。
軽くジャンプして屋根に飛び乗る。王宮方面が少し騒がしくなってきた。あの先に王子様がいる。人に邪魔されることなくパレードの真上に鎮座、ただ邪神が現れるのを根気よく待った。
登場した王子様は上部分が空いているパレード用?の馬車に乗っていた。天蓋というやつが付いていて脇には豪華なカーテンもある。
お披露目パレードが中盤に差し掛かった時、ついに変化が起きた。雲ひとつなかった青空が急に紫がかり、一瞬で黒くなった。ゾッとするほどの気配を纏っていて、逆行前の自分はよくこんな出来事を忘れていたなと我ながら感心する。
『フフフ……丁度良い器を見つけた……』
既に王子様の護衛は意味を成していない。邪神のかけた魔法らしきものよって全員倒れているから。ただ、意識を失っているだけで生きてはいそう。
言うだけ言って邪神は怯える王子様に対して物理攻撃を仕掛け……ようとして失敗した。
『何の用だ、小僧』
自分より一回りくらい小さい王子様を後ろから抱いた。よく父さんが母さんにするようなバックハグに似ているが緊迫感は段違い。不敬だと引っ捕らえられたらとかいう不安はもう吹っ飛んだ。
目の前にいる邪神は家族の仇みたいなもの。何としてでも神会議に送ってやる。
『邪魔をするな』
「はっ、邪魔? しない方がおかしいだろう。王子様は俺(の家族の運命)にとって大切な人なんだから」
俺の言葉に腕の中の王子様がビクリと震えた。恐怖で震えていたのが今度は硬直した。が、今の俺はそこに気を遣う程の余裕がない。
『ならば良い。貴様が代わりに』
ニタリと気色の悪い笑みを浮かべた邪神は綺麗に王子様を避け、俺に呪いをかけた。守護者であるから効かないけど。
『神、邪神俺に呪いかけようとして神力使ってるし今じゃない?』
『はーい! 油断してる隙に神界に飛ばすわよー!』
いつもの声と共に突然苦しみ出した邪神。隙を突かれて抵抗しているように見える。自分の世界以外では神の力は半分も使えないようで、今の邪神はその辺の小悪党と同じだ。
そんな哀れな邪神の下腹部を蹴り上げ、物理的に天に昇らせた。あんなのでも神なんだから死にはしないと思う。精々あっちで頑張ることだ。
強化された足で蹴り上げられた邪神の下腹部事情は知らん。
『ありがとー! 後は任せてね!』
そしてまた通信は切れた。
さて、撃退したは良いものの、この後の下りを全く考えていなかった。騎士は伸びてるし王子様はまだ恐怖で怯えている。さっきまで歓声をあげていた民衆も、事態が飲み込めずに困惑している。
首を傾げ、どうしたものかと思案していると救世主が現れた。王宮からの援軍だ。騎士達が動揺する民衆を宥めてくれている。俺もその混乱に乗じて逃げようとも思ったがあの神に布教を頼まれていたのだ。
ただ、震える王子様にどうやって布教しようか。無い頭をフル回転させて考えてもしょうもない考えしか浮かばない。学力は逆行の時に貴族並みにしてもらったけど思考力は元のままということか。
結局悩んだ末、王子様の乗っていた馬車のカーテンをサッと閉めて余計な力を入れないように抱きしめた。昔、怪我をしたり嫌なことがあった時にマリアにしてやったように、背中や頭を撫でて落ち着くのを待った。子供にはこれが一番。どれだけ身分が高くても所詮は子供。そう思えば今は無敵になれる。
まあ、その無敵状態も長くもたなかったが。
『神、どうするのが正解?』
『さあね、寝ちゃったのはもう仕方ないから王宮まで着いて行けば良いんじゃないかしら』
『無理だよ。よそ行きとはいえ俺の格好じゃ浮くでしょ。それに朝ご飯をかき込んだからお腹も空いたし』
『でも私を布教する良いチャンスじゃないの。王族から信者にすれば後が楽になるかもよ』
確証が無いのに貴族の巣窟に向かわせるなんて、神は俺を何だと思ってるんだ。
『布教してくれるなら神らしいことはしてあげるから! ね? だから私の力が回復するまで手伝ってよぉ!』
『我儘だなあ。子供か?』
『神ですぅー』
などという下らない、生産性の欠片もない会話をしているうちに俺は騎士に捕えられた。わー、予想通りー。そのまま騎士の中でも特に屈強な男に両腕を縛られて王宮へ。
うーん……。暗くなる前に帰れるか怪しいな。
『神ー』
『はいはーい! 神だよー!』
『俺が夕飯になっても戻らなかったら父さん達心配すると思うからうーん……ヘルガさん辺りに事情を説明して教会で熱心にお祈りしてることにしてくれない?』
『おやすいご用!』
正直無理矢理帰ろうと思えば帰れるがそれで大切な人が危険な目に遭うことは分かりきっているので強化魔法は一切使わず、しおらしい態度を貫いた。
王宮に着いた俺は問答無用で地下牢に放り込まれた。罪状など要らない。王子に無体をはたらいた、とでも言えば平民の俺はひとたまりもない。知らぬ間に踏み殺される蟻の如く。
こんな俺が助かる方法は一つ。王子様が目を覚ますこと。ここまでくると本人が証言するしかない。逆に言えばそれさえしてくれたら俺は解放されるということ。
そう考えると落ち着いてくる。暇を持て余して床に溜まった砂や埃で絵を描く余裕すらできた。見張りの騎士からの呆れの視線など命に関わらないので痛くも痒くもない。
そうして待つこと約7時間。そろそろ本格的にお腹が空いてきた。魔力を使うとお腹が空くなど、なんて不便な身体構造なのか。これも訓練次第で改善されれば良いが。
「出ろ」
身長は俺の3倍はありそうなくらいの大男に命令されて飽きてきたお絵描きを中断、半ば引き摺られるように牢屋の外に出た。
国王様、王妃様、王子様、王女様の4人がいる、王宮の謁見の間と言われる場所に引き摺られ無理矢理跪かされる。膝痛え。
交差した2本の槍で首を固定されているが首は動かせるので王子様の様子を窺う。よし、顔色は悪くない。大分落ち着いたみたいだ。俺の格好を見て狼狽えているけれど、何か手違いがあったのだろうか。
「お前達、私は彼を連れてくるように言ったが拘束しろとは言っていないはずだ」
徐に口を開いた国王様がそう騎士を責めた。お互いの反応を見るに、俺を連れてくるという指示に対して騎士がどこかで勘違いを起こし、拘束してしまったと。
その後、解放された俺は王宮に務めている使用人のメアという男性(17歳)に全身を磨かれ、ほつれとつぎはぎが目立つ服も怖いくらいに質の良い服に変えられた。
一生着ることはないので一度は着てみたいと思ったものだがいざ着てみると、汚したらどうしようとか破いたらどうしようという心配の方が大きくなる。
「よくお似合いですよ」
「そ、そうでしょうか」
「はい。それと私は使用人ですので敬語は必要ございません」
「え、でも俺は平民で……」
「そういうことではございません。今のハル様はお客様ですので」
「それなら、わかった」
「はい、それで良いのです。では、国王陛下がお待ちですのでご案内します」
また緊張してきた。国王様待たせるとは不敬だぞ、的なこと言われないかな、大丈夫かな。
『神ー』
『はいはーい』
『国王様なんて言ってる? 怒ってる?』
『怒ってないわよ。まず綺麗にしてこいって言ったのは国王なんだからそれで遅い! って怒ったら理不尽じゃない。普通の貴族なら許されても王族は許されないわよ』
それもそうか。なら心配いらないかな。
先程と同じ、謁見の間に案内された。
「ハル様をお連れしました」
その言葉と共に重そうな扉が開かれる。俺が入り、メアに教わった臣下の礼をとったことを確認した国王様はほとんどの人を下がらせてしまった。だだっ広い部屋に俺と王族、その護衛。つら。
肉食獣に睨まれたウサギというのはこんな気持ちなのだろうかと下らないことを考えて気を紛らわす暇もなく声が降ってきた。
「そんなに固くならなくて良い。此度は息子を助けてくれてありがとう。父親として、感謝する。そしてよく知らないまま拘束してすまない」
「私も襲われたと聞いた時は驚いたわ。同時に無事で良かった、とも思ったの。母としてもお礼を言わせてちょうだい?」
いきなりそんなことを言われてこれは夢なのではと思ったが頬を軽く抓ると痛い。夢ではないようだ。とにかく王族に頭を下げっぱなしにさせるわけにはいかないとは本能で理解している。
「い、いえ。お顔を上げて下さい。私はただ、神のお導きのままに行動しただけにございます」
神のことを布教するなら今しかない。あんなのでももう一度チャンスをくれたという点では恩がある。
「神、とはヴィーネ様のことか」
「はい。私は先日、教会にて事前に今回の事件のことを知りました。女神像が光ったのです。目撃者は私だけではありません。神官の方が一緒にいました」
本当にごめんなさいヘルガさん。巻き込みました。
「なんと……!天啓が……。ということは、貴方は守護者様か……!」
国王様の言葉に騎士含め全員が俺に跪いた。
「いえ、私だけにお知らせをなさったわけではありませんので私が守護者ということはありません。まず前提としてその……守護者という方がどういった能力を持っていらっしゃるかわかりませんし」
苦しい。言い訳が。多分俺が貴族だったら通用しない言い訳たと思う。平民の間では守護者という言葉自体が浸透していないからこそ吐ける嘘だ。
「そうか、平民の間では浸透していないのか。守護者様はあらゆる分野で規格外の方だ。初代国王がその守護者様に当てはまるそうだが彼は通常なら1属性しか操れないところを全ての属性が操れ、更に通常の7属性に加えて守護者様特有の空間属性というものが操れたそうだ。そして神であるヴィーネ様と自由に話し、SSランクの魔物も単独で倒したことや、側には神獣様が常に控えていたということも記録として残っている」
神獣? 聞いたことない。あ、もしかして神の神力が足りなくて作れなかったとか?
「それでしたら私は守護者ではありません。神獣様という方に出会ったこともありませんし魔物は見たことすらありませんので。それに、教会で魔力のランクを見ていただいた際も守護者特有の特級ではなく一つ下の1級でした」
国王様はあまり納得していないようだったがそれ以上は何も追及せず話題を変えてくれた。魔力ランクについては初めに説明があるとでも思ってくれたのだろう。多分。そう、きっとそうだ。そう思おう。
今回の登場人物
・ハル(6歳)
・ヴィーネ神
・王族
・騎士
・邪神