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28,潮時


「昨日はどうでしたか? うまくいきました?」

 翌日、再生の日。接客が落ち着いてきたタイミングでヘルガさんに聞かれた。


「少し失敗してしまいましたが概ね成功ですね」

「時間を忘れてのめり込んじゃった感じですか」

「はい、つい夢中になってしまって。自分の考えた物を誰かが作ってくれるって嬉しくて」


 学校もそうだし、父さんに提案した唐揚げ棒もそうだし、今回の擬似心臓も。


「確かに、僕1人で考えたわけでもないのに皆が喜んで食べてくれるのを見ると嬉しくなりますし、こうして2人で並んでキッチンに立てることも嬉しいのできっとそういうことですよね」

「はい。あ、いらっしゃい」


 お客さんがまた来始めたのでその話は途切れた。アルバーン伯爵に会ったことはまだ言わないでおこう。ヘルガさんにとって良い思い出ではないし、直接関わりのない俺でさえ思い出すだけで不快感を覚えるんだ。お互いの精神のためにも言わない方が良い。

 ヘルガさんがサンドイッチを作り、俺が接客をする。この日常をあんな小太りジジイなんかに奪われたくない。



 今度のサークルの時間から一部魔法研究所に行かないといけないから今のうちにフルーツで癒されておこう。フルーツを切って接客してラスク作って、その日は終わりを告げた。 



 翌日以降は多忙、多忙、多忙だった。とにかく忙しい。レオンも魔法研究サークルを通して擬似治癒師を商標登録したので俺より多忙だ。自分より忙しい人を見ると自分はまだまだだと思える。俺と違って次期国王の勉強まであるからな。


 それと婚約者探しに学園の定期試験で上位に入るための勉強。それに加えて魔物クラスターへの対策。俺なんかより遥かに多忙だ。ピアスと俺の治癒魔法がなければとっくにぶっ倒れているだろう。



 婚約者か……。貴族なら必要だよな。とりあえずまともに会話できる人なら誰でも良いや。特に拘りとかないし。


 そういえばヘルガさんはどうするんだろう。ヘルガさんなら功績は簡単に挙げるだろうからそれなりの地位を貰えるはずだ。



 いや、でもどうだろう。ヘルガさんが挙げた功績はヘルガさんのものであって家という括りではないから代に制限があるかもしれない。じゃないと国が貴族だらけになる。ヘルガさんが子供、孫と血縁を貴族にしたいなら貴族子女に婿入りしなきゃだな。


 んーー。なんとなくだけど嫌がりそうだな。貴族に良い思い出がないんだから。俺がヘルガさんの立場だったらきっとアルバーン伯爵家の解体を望むだろう。そして、問答無用で流刑に処す。


 あの面はもう二度と見たくない。さっさと社会から消えてくんないかなぁ。







「ハルさん、お疲れ様です」

「うぉっ!? あ、ああ。ヘルガさんですか……」


 いつの間にか側にいたヘルガさんに大きな溜め息を聞かれていたらしい。俺が疲れていることを察してくれて温かいお茶を用意してくれた。

 まだ湯気の立つお茶に口をつけると体の芯からぽかぽかと温まってくる。



「何か悩みがあるなら聞きますよ。誰かに話すことで楽になることもあるでしょう」

「悩み……と言う程でもないのですが……。俺は守護者ですからいつか貴族になる、とライゼン様に言われていました。貴族なら婚約というものから逃れられないことをレオンを見て改めて実感してしまって。結婚してしまったら何か、言語化が難しいんですけど俺の中のものが変わってしまうような気がするんです」



 自分で言っててよくわからなくなってきた。もうちょっと話したいこと纏めてから話せばよかった。

「そう、だったんですね」


 ヘルガさんはそう言って呼吸が荒くなる俺の背中を撫でてくれた。人に話すってこんなに楽になるんだな。誰にも吐けなかった不安や愚痴をつらつらと言い募り、日々の疲れがドッと押し寄せてきて意識は暗闇に持っていかれた。




「ん……」

「ハルさん、おはようございます。疲れは取れましたか?」

「ヘルガさん……?何で俺の部屋に……?」


 あれ、昨日何があったんだっけ。記憶があんまりない。頭もふわふわしてるし呂律も回らない。とりあえず寝起きの頭を何とかしよう、と顔を洗いにいく。


「昨日僕と話しながらハルさん疲れて寝てしまったんですよ。既に隈も誤魔化せないくらい酷かったので失礼かと思いましたがベッドまで運びました」

 ぼんやりと思い出してくる。そうだ。昨日ヘルガさんに愚痴溢してたんだ。それで思い出して凹んだりムシャクシャしたりって疲労のせいもあってやりたい放題やってたんだ。



 俺は頭を抱えたくなった。

「ハルさん、僕は滅多に人を頼らないハルさんに頼ってもらえて嬉しかったですよ。兄として生まれたハルさんですからそういうことに慣れていないのかもしれませんが、ここでは僕の方が年上なので昨日みたいにしてくれて良いんですよ」


「ヘルガさん……。俺は、ヘルガさんに出会えて幸せです。はい、今日からは一人で抱え込まないように気をつけますね」



 そうは言ったものの、頼るってどうすれば良いんだろうか。昨日みたいに駄々こねるのとは違うだろ? ……頼るって、何だ?


「まずは手始めに魔法研究所に直談判して交代制での技術支援をもぎ取ってきました! 僕も一応擬似心臓の作り方は知ってるんですからね。誰よりも近くで見てきたんです。教えることくらいできます」


 一つの大きい組織に直談判……大分ぶっ飛んだことしてるな。でも、そこが嬉しい。それくらいしても良いってくらい仲が深まったってことだから。


「俺が目を回している間に魔法研究所の方で何かありましたか?」

「ああ、ありましたよ。4日程前に擬似心臓製造研究課と擬似治癒師製造研究課の二つが発足しました。いまいち成果を上げられずに下の方で燻っていた人達が生き生きしていると所長さんが言っていました」


「所長さんにも会ったんですね」

「はい、ハルさんのことで話がありますと受付で伝えたらすぐに出てきてくれましたよ。向こう側もハルさんを働かせ過ぎていた自覚はあったようですし」



 ア、ソウデスカ。何か申し訳ないな。普段穏やかな人程怒ると怖いと言うし。ヘルガさんが笑って圧をかけている様子が目に浮かぶ。いや、もう想像するのは止めよう。想像だけでビビる。



 コンコンコン

 ノックの音が響く。


「はい、どうぞ」

 俺が声をかけると心配の色を浮かべるアスベル様が入ってきた。


「良かった。起きたんだな。今回はすまなかった。まさか倒れるまで働くとは思っていなかった。こちらの仕事割り振りのミスだ。兄上と相談して仕事の分担はしてきた。問題があるようなら今度は相談してほしい」


「心配かけてすみません。自分より忙しい人が近くにいるのでつい自分も必要以上に抱え込んでいたという自覚はあります」


「レオンのことか」

「はい」

 俺は素直に答えた。俺が過労で倒れるんだ。レオンの体調に異変がないとは言い切れない。病には勝てても睡魔と疲労に対してあのピアスは実力不足だ。



「レオンとも相談して王太子教育は一旦ストップした。王子教育の傍らで王太子教育もさせていたようだから内容自体はほぼ終わっているんだ。ストップしたところで大した問題にはならないことがわかったからレオンの疲労も軽減されるだろう」


「そうですか。良かったです。王族でも子供は子供、大人に比べて少しの無理でも祟る年齢なのでずっと心配していたんです。レオンは俺以上に他人に頼ることを知らない気がするので」



 兄で国の代表の身分でいずれは国民全員の命を預る立場。大っぴらに弱音など吐けるわけない。地位と贅沢な生活が約束されていたとしても王族は孤独だ。大人でも孤独は辛い。12歳の子供には尚更酷だ。


「そうか……。孤独、か。正にその通りだな。過度に甘えさせてはいけないとはいえあの子達には無理を強いたな。もう一度会いに行ってくる」


 あからさまにしょげたアスベル様にいつもの力強さはなかった。

「失言でしたかね」

「まあ、刺さってはいましたね」

 ナイフを持ち、何かをグサッと刺すジェスチャーをするヘルガさん。


 今の俺の言葉でレオン達の生活が一変しないと良いんだけど。ま、大人が何とかしてくれるでしょ。俺はやらないといけないこと山積みだし今回は蚊帳の外で良いや。


 学校があったが昨日倒れたということで今日は休むことにした。というか、そういう風になってた。ルイ先生の授業だったんだけどな。致し方あるまい。また次回に期待するとしよう。


 翌日からは体調も回復したので普通に登校した。あまり集中できない授業を終わらせて魔法研究サークルに向かう。俺の進めている事項で俺がいないというのは相当な迷惑だっただろう。




 謝ろう、そう決意して扉を開ける。

「ハル! もう回復したのか? 悪かった。俺が休憩を取らないせいでハルも休みにくかったんだろ? 父上からも休めと言われてしまったんだ」


 意外にも謝られたのは俺だった。あれ、俺が謝るんじゃなかったっけ。


「俺の方こそ、迷惑かけてごめん。若いからといって軽々しく5日連続で徹夜なんてするものじゃなかった」

 3日くらいだっらまだ耐えてたかもしれないのに。


「5日!? ハル……それでよく生きてたな。俺は3日が限界だぞ」

 いや3日もやばいだろ。徹夜癖ついたな、俺達。


「お二人共、日数関係なく徹夜はやめて下さい。せめて、最低でも5時間は寝て下さい」


 ルイ先生が聞いたことないくらい低い声で俺達にそう言った。5時間か。逆行前の16歳の俺も確かそのくらいは寝てたな。でも今は仕事が……。


「擬似心臓も、擬似治癒師も、手本がなくても作れるグループができましたので前のように毎日行く必要はありません。お二人の時間を多く奪っているのはこの仕事でしょう。それがなくなったのですから、寝れますよね? ……ね?」


 俺達はその言葉にコクコクと首を縦に振った。ルイ先生、生活習慣のことになると怖いな。でも、ルイ先生の言う通りだ。学園を除けば俺の時間は魔法具を教えることに奪われているのが現状だ。


 ヘルガさんとルイ先生という高ランク達に圧かけられたらそりゃ向こうもビビりますわな。

 ヘルガさんが攻撃に特化した魔法、ルイ先生は救護に特化した魔法。二人がその気になれば永遠ミンチの刑もあり得たわけだ。おーこわ。その場に居合わせなくて良かったわ。


 俺はもし邪神が消えていなかった時の戦闘のために神力を使うことに慣れておかないといけないし人のこと構ってる暇ないんだよな。


「ハル? 大丈夫か? 何か不安要素があるなら何でも言ってくれ」

「えっと……じゃあ、サークル終わったら一緒に帰ろう」


 邪神について、当事者だったレオンには告げておこうと思う。他の人には内緒にしたい時、王家の馬車は便利だ。


「わかった。ヘルガはいなくても大丈夫なのか?」

「ああ、一応じゃあ声はかけておこうか」

 ヘルガさんは用があるといってルイ先生に会いに来ていた。今から追いかければ間に合う。足に強化魔法をかけて校舎を爆走。



「ヘルガさん」

「はい、どうしました?」

「レオンと今日、一緒に帰るんですけどヘルガさんも同席しますか? 邪神について、俺から話したいことがあるんです」

 乗るか乗らぬかはヘルガさん次第。



「邪神、ですか……まあ、そろそろ潮時かもしれないですね」

「潮時……?」


 嫌な予感がしてついヘルガさんの手を強く掴んでしまった。今更失いたくない。

「ハルさん、貴方の力で握られたら折れるどころじゃ済まないですよ。安心して下さい。僕はどこにもいきません。そろそろ僕の過去について、話しても良いと思ったんです。


 あまり大きい声では言えませんが、実は一昨日双子の弟を見かけたんです。ですから向こうが僕の存在に気付くのは時間の問題だと思っています。ですから、アルバーン伯爵家が口を滑らせる前に僕の正体を王族の方々に伝えておこうと思って」


「じゃ、じゃあ……離れていかないですか……?消えないですか……?」

「はい、どこにも行きません。何があってもここにいますよ」


 俺は安堵でへたり込んでしまった。良かった。俺はヘルガさんを失わない。大丈夫、大丈夫。


 暫くすると産まれたての子鹿くらいには歩けるようになったので、サークルに戻った。戻ったは良いものの、もう皆片付けの最中だったのでやることはなかったのだが。



 潮時……。ヘルガさんが告発すれば、アルバーン伯爵家は流刑になるはずだ。その時にヘルガさんが何を言われても突っ返せるような人であろう。そう決意した。


今回の登場人物

・ハル(12歳)

・ヘルガ(14歳)

・レオン・サージス(12歳)

・アスベル・オブリガード

・ルイ先生

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