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【バレンタインSS】レティシアとアスールのバレンタイン

 バレンタインの日。騎士団寮では寮母が騎士団員たちへ日ごろの頑張りをねぎらうため、毎年チョコやクッキー、ケーキなどを作って振舞っていた。


 レティシアも寮母になってからは毎年、様々なお菓子を作って騎士たちに食べさせている。今年も、騎士たちが剣の稽古でいない間に、厨房でせっせとお菓子作りにいそしんでいた。


(一口チョコと、チョコブラウニー、クッキーとプチケーキ……これくらい作ればさすがにすぐに無くなるなんてことはないかな)


 寮母になりたての頃はどのくらい作ればいいか見当もつかず、あっという間に無くなってしまったという苦い思い出がある。


(それから、こっちは団長に)


 明らかに他のお菓子とは違う、綺麗にラッピングされた小箱がレティシアの手元にある。婚約者である団長のアスール用に、個別に作ったものだ。


(団長、喜んでくれるかな)


 今まではずっと兄のように思い、団長と寮母という関係もあって個人的にチョコを送るということはしてこなかった。だが、婚約者となった今なら、個別に渡すことができる。


(団長には、夜に執務室へ私に行くとして。まずはみんなの分を準備しなくちゃ)


ほんの少し高まる胸と共に、レティシアは大量に作ったお菓子たちをいそいそと食堂へ運んで行った。






「うわー!すげぇうまそう!」


 稽古を終えて休憩に入った団員たちが続々と食堂へ入って来る。みんな目を輝かせてレティシアが作ったお菓子やケーキに群がり始めた。新人の団員は驚いてレティシアに尋ねる。


「すごい、これ、全部作ったの?」

「そう。毎年、寮母は作ることになってるんだ。甘いものが苦手な人たちはこっちね」


 そう言ってレティシアが指さす机には、チーズクッキーが置かれていた。生地にチーズを練りこんで焼いてあり、黒胡椒がまぶしてあるものとバジルがまぶしてあるものと二種類ある。甘いものが苦手な団員たちはひょいっとそれを取って口に放り込んだ。


「甘いのが苦手な俺たちにはいつもありがたいよ。これ、おつまみにもちょうど良いんだよな」


 そう言って嬉しそうに頬張るようすを、レティシアは嬉しそうに眺めていた。


(よかった、みんな喜んでくれてる!頑張って作ったかいがあるわ)


「レティシア、今年もありがとう。一人で作るのは大変だったろう」

「……っ、団長!」


 食堂に最後に入って来た団長であるアスールが、レティシアにねぎらいの言葉をかけた。二人は婚約しているが、騎士団寮の中では寮母と騎士団長という肩書をしっかり守っている。


「そんな、寮母として当然のことをしたまでです。みんな喜んでくれたのでホッとしました」


 そう言って嬉しそうに微笑むと、アスールはそんなレティシアを見てほんの少し頬を緩める。


「そう言えば寮母さん、今年は団長に個別に渡さないんですか?」

「そうだよ、婚約したんだから個人的になんかあるんだろ。お熱いねぇ!」

「なっ!からかうのはやめてよ!」


 ヒューヒュー!と野次が飛び、レティシアが顔を真っ赤にして抗議すると、そんなレティシアのすぐ横を見て野次を飛ばしていた団員たちが顔を青くする。


「お前たち、そんな無駄口を叩くようなら、この後の稽古はさらに厳しくするが構わないか?」

「ひえっ!す、すみませんでした!」


 レティシアの横で、微笑んでいるのに目が全く笑っていないアスールに、団員たちは恐れをなして一瞬で黙った。






 その日の夜。レティシアは自分の仕事を全て終えてから、アスールの執務室の前に来ていた。


(うう、なんだかすごく緊張する)


 手には昼間アスール用に作ったチョコの入った小箱が入っている。ドキドキしながらドアを静かにノックすると、中からアスールの返事が聞こえた。


「レティシアです。少しお時間よろしいですか?」


 レティシアがそう言うと、部屋の中からガタガタと慌ててドアへ駆け寄って来る音がする。ドアが開いて、アスールが驚いた顔をしてレティシアを見た。


「こんな時間にどうしたんだ?一人で歩くなんて危ないよ」

「団長、私は寮母ですよ。危ないことなんてありません。今までだって普通に歩いていますし」

「でも、……いや、わかってる。わかっているけど、婚約者としてはやっぱり心配になるんだ」


 そういって、レティシアを部屋の中へうながした。


「それで?何か用があって来たんだろう?」

「えっと、あの……これを渡しに来ました」


 そう言って、レティシアは手に持っていた小箱を差し出す。


「これは?」

「団長の…お兄ちゃんのために作ったの」


 レティシアの言葉に、アスールは一瞬だけ眉を顰めた。


「レティシア、俺たちはもう婚約していて、いずれは結婚するんだ。前にも言ったけど、いい加減そろそろお兄ちゃん呼びはやめてほしいな」


 そう言って、アスールは眉を下げ悲し気に微笑む。


(うっ、わかってはいるけど、どうしても名前呼びは照れくさいというか……でも、お兄ちゃんは納得してくれないわよね。それに、私もできれば早く慣れたい)


「えっと、それじゃ、……アスール?」

「うん、嬉しい。レティシアに名前を呼ばれることが嬉しすぎて胸が張り裂けそうだ。二人きりの時は、なるべく名前で呼んでくれ」

「うう、善処します」


 顔を真っ赤にしてそう言うレティシアを、アスールは愛おしそうな瞳でジッと見つめている。


(そんなに熱い目を向けないでほしい、すごく恥ずかしいしドキドキする!)


「それで、これを俺に?開けてもいいかな?」


 アスールが聞くと、レティシアは小さく頷いた。アスールが箱を開けると、そこには色とりどりのトリュフチョコレートがあった。


「すごい、俺のためにこれを?嬉しいな……とても嬉しい。食べてもいい?」

「もちろん、だってそのために作ったんだもの」


 そう言われて、ひとつ掴むとアスールは嬉しそうに口へほおりこんだ。


「うまいよ!すごくうまい。ああ、こんなにうまいトリュフチョコを食べたのは初めてだ」

「そんな、大げさすぎるってば」

「そんなことない。レティシアも食べてみて」

「えっ、私は大丈夫!これはお兄ちゃん……じゃなかった、アスールのために作ったんだし」


 レティシアがそう言うと、アスールは少しだけ考えるような仕草をして、それなら、とひとつ掴んでレティシアの口元へ向けた。


「ほら、どうぞ」

「えっ、いや、でも」

「このまま食べないんだったら、俺が口移しで食べさせてあげようか?」


 ニッと口の端を上げてアスールは少し意地の悪い顔をする。意地悪そうな顔なのに、どこか妖艶さがあってレティシアはドキッとしてしまった。


(な、何を言ってるの……!でもあの顔、本気っぽいから困る)


「うう、いただきます!」


 そう言ってレティシアが口を開けると、アスールはレティシアの口の中へチョコをほうりこむ。チョコの甘い香りと味が口いっぱいに広がって、レティシアは思わず嬉しそうに微笑えんだ。


「うまいだろう?」

「う、ん。自画自賛みたいでなんか嫌だけど、美味しい」


 レティシアの返事に、アスールは笑顔になる。


「ありがとう、レティシア。こんなに美味しいチョコを作ってもらえるんなんて、俺は幸せだよ。そんな愛しくてたまらないレティシアに、俺からもプレゼントがある」



 そう言って、アスールは机の引き出しからリボンのかかった綺麗な小箱を取り出した。


「これを、私に?」

「ああ。本当はレティシアの部屋に届けにいくつもりだった。開けてみてくれ」


 アスールに促されるままリボンをほどき、小箱を開けると、そこにはハートのモチーフにエメラルドとアクアマリンの小粒の宝石がついたネックレスがある。


「きれい……!もしかして、これって私たちの瞳の色?」

「そうだよ。それから、ハートのモチーフは『心をささげる』『純粋な心』という意味合いがあるそうだ。俺はこのレティシアに対する純粋な心を一生涯かけてレティシアに捧げる」


 そう言って、アスールは小箱からネックレスを取り出すと、静かにレティシアの後ろに回ってネックレスをレティシアの首に優しくかける。 


「男性が女性へネックレスを送るのには、『ずっと一緒にいたい』『離したくない』という意味があるそうだ。俺はレティシアとずっと一緒にいたいし、絶対に離さない。重い男だと思われてしまうかもしれないけど、でもこれが、レティシアをずっと思ってきた俺の本心だ」


 ネックレスをレティシアに装着すると、アスールはレティシアの前に来て嬉しそうに微笑む。


「うん、よく似合っている」

「こんなに素敵なもの、いいの?」

「もちろん。むしろもらってくれないと悲しくなってしまうよ」


 寂しそうに言うアスールに、レティシアはふわっと微笑んだ。


「ありがとう。これなら仕事中も邪魔にならないし、ずっと着けていられる。とっても嬉しい」

「喜んでもらえてよかった」


 そう言って、アスールはレティシアの頬を優しく撫でる。そして、アスールはレティシアにゆっくりとキスをする。こうして、二人の幸せなバレンタインはまだまだ続くのだった。




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