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自分の気持ち

「おい!待てって!」


 逃げるニーシャに追いついたノアールは、ニーシャの手を掴んだ。追いつかれたニーシャは逃げるのを諦めて立ち止まる。


「どうして追いかけてきたんですか。団長さんたちとお話してたんじゃ」

「こっちの方が大事なんだよ」


 思わずニーシャの手を掴む力が強くなった。


「家に戻るのはダメだ。まだ犯人が捕まってないんだ、危険すぎる。それにニーシャがここにいて迷惑なんじゃない」

「じゃあなんて私のこと避けてたんですか。なにかご迷惑なことをおかけしたからですよね、きっと」


 不安そうにノアールを見上げるニーシャを見て、ノアールは片手で頭をガシガシとかく。


(どうして俺に怒らないんだよ、どうして謝るんだよ。悪いのは俺だろう)


 ノアールは静かに深呼吸すると、真剣な眼差しでニーシャを見つめた。


「迷惑なんてかけられてない。悪いのはニーシャじゃなくて俺だ。俺の問題なんだよ」

「ノアールさんの、問題?」


 ニーシャはわけがわからないという顔で首をかしげる。


「あんたが若い騎士たちに囲まれてるのを見て、なぜかわかんないけどすごく嫌な気持ちになったんだよ。ブランシュには、若い騎士にかっさらわれないように、なんて忠告されるし、あんたはそんなこと知りもしないで俺と目が合ったら嬉しそうに笑って挨拶してくるし。そのせいで俺の心臓が意味わかんない動きするしで混乱してたんだよ」


 ノアールの説明に、ニーシャは首をかしげたまま目を大きく見開いている。


「今だって混乱してる。あんたのこと見て可愛いなって思ったり、自分から逃げたくせに今度は逃げられる側になったら焦るし。この気持ちには気づいちゃいけないって思うほど、気づけよって言われんばかりに心臓がドキドキしっぱなしで胸が苦しくて、……いい歳しておかしくなりそうなんだよ」


 ニーシャの顔がどんどん赤くなっていく。


(ほら、そういう顔すると俺は耐えられなくなる)


 ノアールは思わずニーシャを抱きしめた。小柄で華奢なのにちゃんと女性らしい柔らかさがある。しかも、ほのかにいい香りがしてノアールは思わず目を瞑った。


「男の前でそんな顔したらだめなんだよ。もうちょっと警戒心持ってくれ」

「そ、そんなこと言われても」


 腕の中でニーシャは相当困っている。そして、困らせているのは自分だと言うこともノアールはよくわかっていた。


「俺にはずっと片思いしてた人がいた。好きで好きで仕方なくて、でも思いを伝えることさえおこがましくて、ただ一緒に楽しく話をしたり笑ったりするだけで幸せだったんだ。当時の俺は、それ以上は望んじゃいけないって思ってた。そしたら、いつの間にかその人は別の男と結婚することが決まって、それから俺の時はずっと止まったままだった」


 静かにノアールはニーシャの肩口に顔をうずめる。


「それで別にいいと思ってた。最初の頃は未練があったのかもしれないけど、いつの間にかそんなものも無くなっていたし、一人でも幸せだしと思ってた。別に誰かをまた好きになろうとも、誰かに好きになってもらおうとも思わなかったし、そもそも好きって気持ちがどういうものかも覚えてなかったんだ。それでよかったんだ、よかったはずなんだよ」


 ぎゅっとニーシャを抱きしめる力が強くなる。


「それなのに、あんたと関わるようになっていつの間にか俺の心の中にあんたがいるようになったんだよ。なんでかわからないけど、気になって仕方なくて、胸が痛かったり苦しかったりして、どうしていいかわからない」


 そう言って、そっとノアールはニーシャから離れてニーシャを覗き込む。ニーシャの顔は真っ赤になっていた。


「だからそういう顔されると困るんだって、危機感持ってくれよ」

「そんなこと言われても、こんな顔になっちゃうしこんな顔にしたのはノアールさんですよ」


 両手で顔を覆ってうーっとニーシャは唸っている。そのニーシャの両手首をノアールは静かに掴んで、ニーシャの顔が見えるようにした。


「今すぐにこの気持ちに答えてほしいとは思わない。そもそもこの気持ちに戸惑ってるのは俺も同じだからな。でも、頭の片隅くらいには置いててほしいかもな」


 フッと眉を下げて笑うノアールの顔に、今度はニーシャの心臓が大きな音を立てる番だった。


「わ、わかりました。わかりましたから手を、離してもらえませんか」

「お、悪い悪い」


 ノアールが両手を離すと、ニーシャはまた両手で顔を覆ってうーっと唸っている。


(なんだこれ、可愛いな)


 ノアールは胸いっぱいに愛おしさがあふれてきてまたニーシャを抱きしめたい衝動にかられたが、なんとか堪えた。





「いらっしゃい」


 鍛冶屋の店主でありニーシャの親方がドアの方を見ると、外套のフードを深くかぶった男が店内に入って来た。


「……あの、ニーシャさんは」

「あの子なら今はここにはいねぇよ。騎士団寮にいる」

「騎士団寮?……あの男か」


 店主の言葉に男は小声でそう呟くとぎりっと唇を噛む。


「いつ戻って来るんですか」

「それを聞いてどうするんだ、お前」


 男の質問に、冷ややかな視線を男に送りながらノアールが店の奥から出てきた。


「お、お前は、ニーシャさんと一緒にいた騎士……!」

「おう、うちの可愛いニーシャにつきまとってんのはお前か?家の周囲の警戒を強めてもなかなか尻尾を掴ませてくれないから店に来るのずっと待ってたんだぜ。ようやく会えたなこのクソ男」


 ノアールにそう言われ、男はちっと舌打ちをしてドアまで走っていく。ドアを開けて逃げようとするが、ドアを開けた先にはブランシュが真顔で立っていた。


「なっ!」

「逃げれるとでも思ったんですか?ずいぶんと騎士団もなめられたもんですね」


 ブランシュが一歩、また一歩と足を進めると、男は後ずさりしてまた店の中に戻される。


「く、くそ!ニーシャさんは、お前たちのものじゃない!返せ!俺のニーシャさんを返せ!」


 男は叫んで外套の内側から短剣を取り出すとノアールに襲い掛かった。だが、ノアールはいとも簡単にそれをよけ、男の腕を掴むとあっという間にひねり上げた。


「いでええええええ」


 男が叫ぶと手から短剣が落ちる。


「はい、確保。お前の家の中洗いざらい捜索するから覚悟しとけよ」


 アスールがドスの効いた声で睨みをきかせると、男は悲鳴を上げてその場に気絶した。






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