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1 寮母と騎士団長

「どうしてまた洗濯ものを脱ぎっぱなしにしてるのよ、脱いだらちゃんと洗濯置き場に置いててって言ったでしょ!」


 レティシアが大声で叫ぶと、目の前の騎士はうへっと肩をすぼませてレティシアを見る。


「いや、だって疲れてたし……」

「疲れてるのはわかるの、みんな任務終えて帰ってきてへとへとなの知ってる。でも、でもよ。他のみんなはちゃんと指定の置き場に置いててくれるのに、どうしてあなたたちはいつもいつもできないの」


 両手を腰に当て、レティシアは大きくため息をつく。すると怒られていた別の騎士がレティシアを見ながらへらへらと笑い口をひらく。


「なぁ、そんなに怒ってるとせっかくの可愛い顔が台無しだぞ?もっと笑って笑って、はいスマイル~!」

「おーこーらーせーてーるーのーはー、あなたたちでしょーがー!」





 ここはサングリア王国騎士団の騎士団寮のひとつ。騎士団は紅蓮の騎士団、群青の騎士団、深碧の騎士団、琥珀の騎士団の四つで構成されている。


 レティシア・テイルはその騎士団のひとつである群青の騎士団の寮母である。艶やかな明るいブロンドの髪をポニーテールにし、エメラルド色の瞳、まだ少し幼さがのこる顔立ちに白い肌にすらりと伸びた手足で、一見すると寮母に似つかわしくない可憐な見た目をしている。何しろ、彼女はまだ十八歳だ。この国では成人済みの年齢とはいえ、寮母としては頼りない外見、年齢である。


 なぜそんな年若いレティシアが寮母をしているかといえば、レティシアの実家はもともと騎士団寮の寮母を代々務めてきた家柄だからだ。

 レティシアが寮母になる前は祖母が群青の騎士団の寮母を務めていたが、高齢のため引退した。本来であればレティシアの母が引き継ぐはずだが、母はすでに紅蓮の騎士団寮の寮母を務めている。そのため、まだ年若いレティシアが群青の騎士団寮の寮母をすることになったのだ。


 レティシアが寮母になって二年になるが、寮住まいの騎士団員のほとんどがレティシアと同じ年齢か年上のためレティシアはいつまでたっても若輩者扱いされてしまう。

 年下の騎士団員のなかにはレティシアに懐いてくれる者もいるが、それ以外の年下の騎士団員はレティシアのことをからかったり小ばかにしてくるような団員ばかりだ。



(どうしてこういつもいうことを聞いてくれないのかな)


 洗濯ものを両手に抱えながら、はぁ~とレティシアは盛大にため息をつき廊下を歩いている。すると、目の前から見慣れた姿が歩いてきた。


「レティシア、ずいぶんとお疲れみたいだな」

「アスール団長!」


 群青の騎士団の団長であるアスールは、レティシアと幼少のころからの知り合いだ。両親の仲が良く、レティシアより七つ年上のアスールはレティシアを妹のように可愛がり、レティシアもアスールを兄のようにしたっていつもアスールの側をついて回っていた。

 目の前の騎士団長の姿に、レティシアは思わず目を輝かせるがすぐに目を伏せてコホン、と咳ばらいをした。


「手伝おうか?」

「いえ、団長の手を煩わせるようなことはできません。大丈夫です」


 洗濯物に手を伸ばそうとしたアスールを、レティシアは避けて小さくお辞儀をする。そんなレティシアの姿を、アスールは少し寂しげに微笑んで見つめる。


「なんだか他人行儀だな」

「仕方ないです、団長はこの騎士団の団長で、私は寮母なんですから」


 レティシアが少し口をとがらせて言うと、アスールはクス、と小さく笑って言った。


「だったら、久しぶりに昔の俺たちに戻ろう。今夜寝る前に屋上においで。何時くらいに来れそうかな?」

「えっ?えっと、何も問題が起こらなければ、二十二時くらいには行けるかと……」


 突然の提案にレティシアが驚いた顔で返事をすると、アスールはその答えに満足そうにうなずく。


「よし、それじゃそのくらいに屋上で待ってる。もし遅れそうなときは遠慮なく言うんだよ。あ、来ないって選択肢は無しだからね。これは団長命令」


 フッと優しく微笑まれて思わずレティシアは胸が高鳴る。その高鳴りをごまかすように、大きく頷いてレティシアはアスールの前から立ち去った。




(どどどどどどうしよう、団長に誘われてしまった!)


 アスールと別れ洗濯室に来たレティシアは洗濯物をガシガシと勢いよく手洗いしながらアスールとの会話を思い出していた。


(やっぱり団長はいつみても素敵、素敵すぎて口から心臓飛び出るかと思った。優しいところもずっと昔から変わらない。けど、どんどんかっこよくなっていってる……いつか私の知ってるお兄ちゃんじゃなくなっちゃいそう)


 アスールは銀髪に透き通るようなアクアマリン色の瞳を持ち、王都中の女性が黄色い声を上げるほどのイケメンだ。騎士の中では細身の方だが、騎士服の上からでも鍛え抜かれた体なのがよくわかる。

 普段は優しい表情で朗らかだが、騎士団長だけあって任務中はずいぶんと厳しいらしい。だが、それでも団員からの信頼は厚い。


(夜に屋上に来いって、なんだろう。どうしよう、団長と夜に二人きりなんて……ううん、でも私たちはそもそも兄妹みたいなものだし、緊張する方がおかしいわよね。あぁ、でもあんなに素敵な団長と二人きりなんて緊張しない方が無理!)


「レティシア、手伝おうか?」


 表情をころころ変えながらレティシアが洗濯物を洗っていると、突然背後から声がする。振り返ると、そこには団員の一人であるブランシュがいた。ブランシュはレティシアと同い年で、レティシアをいつも助けてくれる数少ない団員だ。


「どうしたの?なんか顔が赤いけど」

「えっ、本当に?いや、えっと、洗濯物を必死に洗っていたからかな」


 へへへ、とごまかすように笑うと、ブランシュはクスリと笑ってレティシアの横にしゃがみ込む。ブランシュは濃いブロンドの髪をさらりとなびかせて首を傾げ、美しいアメジスト色の瞳をレティシアに向けた。

 ブランシュもそこそこのイケメンだが、幼少期からアスールの顔を見続けてきたレティシアにとってはかっこいいな、くらいの程度だ。


「手伝ってくれなくても大丈夫だよ、これは私の仕事だし。さっきも団長が手伝うって言ってくれたけど、それこそ恐れ多くてお断りしたから。騎士団の手を煩わせるなんて寮母として失格だもん」


 にこっと微笑んで言うレティシアを見て、ブランシュは少しだけ不服そうな顔をした。


「……レティシアって団長と仲良しだよね。団長はいつもレティシアのこと気にかけてるみたいだし」

「えっと、それは私が寮母としてまだ役不足だから団長として見張っているというか気にしてくれているというか」


 昔から寮にいる団員はアスールとレティシアが幼少期からの知り合いだということを知っているが、年若い団員にはいちいち説明はしていない。わざわざ説明する必要もないだろうというのがアスールの団長としての判断だ。


「本当にそれだけかな」

「え?」


 ぽつり、とブランシュは呟いたが、その言葉はレティシアには届かない。不思議そうにレティシアはブランシュを見つめるが、ブランシュは何も言わず立ち上がった。


「レティシアが困るなら手伝わないよ。でももし何か俺にできることがあったらいつでも言ってね」

「うん、ありがとう」


 レティシアの返事にブランシュは満足そうに微笑み、洗濯室から出ていった。




 洗濯室をでたブランシュは、腕を組み壁に寄り掛かる男に気が付く。


「団長……」

「剣の手入れもせずにこんなところで油を売ってたのか?」

「手入れが済んでからここに来ました。団長こそ、寮母さんを見張ってたんですか?」


 その言葉を聞いてアスールはブランシュへ視線を送る。その視線はただただ冷たいものだった。


「別にそういうわけじゃない。寮母が頑張りすぎているから少し気になっただけだ」

「へぇ、団長として、ですか」

「当たり前だろう」


 そのまま、静かなにらみ合いが続く。だが、ブランシュが先に目線をそらし静かにお辞儀をした。


「失礼します」


 そうして立ち去っていくブランシュの後姿を見つめ、アスールは静かにため息をついた。





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