女の紐になった友人
「あ、よう」
「お、あっ、やあ……」
偶然、街中でしばらくぶりに高校時代の友人と再会した。
……のだが、向こうはどうも『しまった』といった顔をしたので、俺はまあいい気はしない半分、不思議に思った。
連絡はここしばらく取っていなかったが仲は良かったはずだ。なのに……と考えてもみれば、昔の友人と顔を合わせたくない時というのは決まっている。
今の生活が上手く行っていない時だ。就職失敗。フリーター。親のすねかじり。結婚どころか恋人なし。そんなところだろうか。
いやしかし、身なりは普通だが今、奴が手で撫でている犬は中々に高級そうだ。
気分を害された分もあり、俺は遠慮なく奴に訊ねた。
「久しぶりだな。元気か? 今なにしてる? 仕事は?」
すると奴は俺を見上げては隣に座る犬を見て、また俺を見ては犬をと何度か繰り返し、口をもごもごさせたあと、言った。
「……その、ヒモをしているんだ」
ああ、と俺は息を漏らすように返事した。女のヒモ。確かに、胸を張って言えるようなものではないかもしれない。
しかし、俺は『男たるものは~』だの、そんな封建的な考えは持ち合わせてはいない。むしろ羨ましい。顔が良くなければできないだろう。
なので俺は意地悪く映るのは承知でニヤニヤしながら「へぇー」と奴を舐めまわすように見てやった。
犬の隣でしゃがむ奴とそれを見下ろす俺。立場がそのまま表れているようであり、俺の中の嗜虐心がますます煽られ、俺は矢継ぎ早に奴を質問攻めにしてやった。
どんな女か、どこに住んでいるのか、いくらもらっているのか。虚しくならないのか。
すると、奴は泣き出しそうな顔になり、元々アイドルのような可愛らしい顔の男だけあってどこか興奮、正直勃起した。それもこれも奴がハッキリと答えず「あぅ」とか「駄目なんだ」だの「やめてよ……」など小さな声で言うからだ。しまいにはその顔を引っぱたきたくなったが……
「あら、なにしてるの?」
と、声をかけられたので、俺は振り上げた手を下ろした。
そばの喫茶店から出てきた女。金持ちかつ、気が強そうで俺が苦手なタイプだ。
俺はいや、別に……と後ずさり。女はまあ、どうでもいいけど、といった顔で奴に近づいた。
「ほら、行くわよ」
と、女と奴と犬は歩いていった。そう、女と奴と犬。その並び順でだ。
女と奴は手を繋ぎ、そして奴は中腰になり、もう片方の手で犬の首輪を掴んでいた。
え、ヒモってそういう?
俺は奴の恥と苦痛、しかし抗えぬ生活無能力者の悲壮感漂う媚びるような笑みに、どこか胸を痛め、そしてああはならぬようにしようと心に誓った。
……と、電話だ。
「……あ……はい、もしもし、あ、いや、うん、え? あ、まだだけど、いや、ごめんごめん、すぐに向かうよ。あ、追加の買い物?
ああ、じゃあ、まだ着かなくてよか……いや、違うよ? 違う違う、あいや、うん、違わない。君が正しいよ。うん、でも全然開き直ってなんか、あ、いや、はい。開き直りました。すみません。あ、ごめんなさい。え? ちゃんと? ここで? でも、あ、はい。えっと、僕は速やかにスーパーに向かい買い物を終え帰宅し夕食の準備をすべきなのに、モタモタノロノロどんくさいだけでなく、追加の買い物をお願いされた際、スーパーでまだ買い物を終えなくて良かったと、開き直ったような態度を最愛の妻にしてしまい大変、申し訳ございませんでした。
……え? うん。ちゃんと頭も下げたよ? ははは、植込みの木に向かって……あ、いや違うんだ。
別に嫌とか皮肉とかじゃなく、うん、はい、すぐに、はーい。
はぁ……俺は『鎖』だな。それも雁字搦めに……あ、いや、え、ま、まだ切ってなかったんですね。いや、ため息とか、その……」