『第3回 下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞』シリーズ
雪だるまがとけたら
何かを好きになり、それ追いかける日々は楽しい。
けど、自分でも分からないくらい、異常に惹かれていく瞬間は、どこか怖くもある。
人はきっと、禁断に惹かれてしまう。
それがいけないことであるほどに。
今、わたしの手は先生のポケットの中にある。
そっと握られた手を隠すように。
「先生、今日は帰りたくないな」
「いけない子だ」
先生は、優しい声でそう言った。
二つの雪だるまが、並んでこちらを見つめている。
雪降る夜だから、先生はこうして手を繋いでくれている。
恋は突然だった。
昼食前、わたしは弁当を片手に理科室へ向かった。
扉を開けると、先生が林檎を丸かじりしていた。
「え、何してるんですか?」
「昼飯だ。君こそ、どうしたんだ」
「教科書を忘れて」
「これか?」
先生はクールで、眼鏡の奥の感情は読みづらい。
けどこの時、教科書を手に少し笑った気がした。
「あ、あの、お弁当食べますか? 林檎だけではお腹すきますよ?」
遠慮はしつつも断らない先生は、弁当をもぐもぐと食べてくれた。
「うまいな。これ、毎朝自分で作ってるのか?」
「はい。先生の分も作って来ましょうか?」
「何言ってんだよ」
先生は弁当のお礼にと、もう一つあった林檎をくれた。
わたしは勝手に先生の弁当を作るようになった。
分からない問題を探しては、わざわざ質問しに行った。
白衣姿や眼鏡をあげる仕草、横顔、笑い方、指や毛先までもが愛おしい。
腕まくりはずるいし、その首筋にもドキッとする。
気付けば、先生への想いがとまらなくなっていた。
生徒同士の恋は許されるというのに。
きっと、出逢い方が違ったらわたし達は罰せられない。
全ては禁断の果実から始まったんだ。
わたしは、いつも先生を振り回し困らせる。
けど先生は、絶対に断らなかった。
こうやって今日も、一緒に雪だるまを作ってくれた。
夜道、車を走らせた先生が遠回りをしているのが分かった。
「冷えただろう。風邪、ひかないようにな」
「先生こそ。手、冷たかった」
「ああ。でも、寒いのも悪くないな」
先生の口元が緩んだのが分かった。
ねぇ、勘違いさせないでよ。
本当は、振り回されているのは、わたしの方なのかもしれない。
「じゃあ、次は月曜日。学校でな」
別れ際、先生はそう言うと、わたしの頭をポンポンしてくれた。
わたしはもっと、先生に溺れてしまう。
ねぇ、先生。
あの雪だるまがとけて、春が来たら、わたしは先生の生徒じゃなくなるよ?
そしたら、先生と日向を堂々と歩きたいな。