第2.5章 託されたもの
時系列的には第1章よりも前のお話にあたります。
ご了承ください。
第2.5章 託されたもの
周囲の草木がこの場を避けるように作られた広場。中心に鎮座する祠の御神体を前に祈祷し続ける老婆の背後にはボンヤリと霊体の光がゆらゆらと浮遊している。
「エツ様、お久しぶりです。こんな形での再会になって申し訳ありません。」
老婆は振り返ると小さな光の球体から声が発せられていることを認識した。
「その声はえらく懐かしいじゃないかい。虹一君。」
「ええ、本当に生前はご無理を言って申し訳ありませんでした。」
「いいや、娘の選んだ男はもはやうちの家族なんだからね。気にすることはないよ。」
「本当に有難い。すいませんそんなお世話になっているにも関わらずまたお願い事を頼まなくてはなりません。しかも、エツ様のお立場を分かった上で、無理を承知でお願いさせてほしいのです。」
「そんな大業なことなのかねぇ、私も年を取った。出来る事には限りがあるんじゃがのぉ。」
「いいえ、エツ様にしか出来ないことです。」
「ほう具体的にはなんと?」
「見守っていただきたいのです。カケルのツトメの挑戦を。」
その言葉に老婆は眉を寄せ、顔を歪める。
「虹一君や、わしらがどんな思いで神の奇跡をめぐる争いを見てきたか、知らん君ではないかと思うがのぉ。」
「ええ、エツ様達が貫かれてきた意思は固いものであることは知っております。それでも今回のツトメ、カケルを参加させて欲しいのです。」
「ふーむ、久しぶりに出てきて頼み事と言われて聞けば、我が孫を危険かつ醜い願望の為に犠牲になれというんか?存外虹一君は子煩悩の方じゃと思ったがのう。家の呪縛には君も逆らえんと言うことかね?」
「いえ、どうか誤解しないで頂きたい。私はカケルのことを本当に大切に思っております。
生前はお伝え出来ませんでしたが、このツトメにおける悲しみの連鎖を終わらせる手段を持っております。その手段を用いるには、カケルの存在が必要不可欠なのです。決してカケルの命が危うくなるようなことはないように致します。ですからどうか、どうか、お許しいただけませんか?」
無言の老婆を照らす篝火の炎が揺らめき、静寂に音を奏でる。
「虹一君や、私はねぇ、カケルに神社を継がせようか迷っていたんじゃ。一度この様な神の祭事に巻き込まれれば、そこから抜け出せなくなる。自由な世界を知らず、古い習慣や掟に縛られて生きることが子供たちの幸せと言えるのかね?」
「私はカケルに自分の様な思いはして欲しくない。だからこそ、今ここで絶つ必要があるんです。苦しみや憎しみ、悲しみは私たち大人の手で終わらせる。しかし、最後の鍵は彼らの力が、思いが。必要なのです。彼らの未来が、明日が輝くためにどうかお願いします。」
俯き加減に老婆は思わず溜息が漏れる。
「はぁ、どうしてだろうね?本来なら君もこんな馬鹿げたことには反対じゃと思っていたのに。君の手段とやらは必ずうまくいくんだろうね?」
「私の理論上は可能です。それ以上は何とも言えません。」
「そこは必ず、と言ええばいいものを。相変わらず素直な男だね、うちの娘が惚れるわけじゃ。」
「申し訳ありません。でもこれだけのことは約束させてください。必ず子供たちの笑顔を作りますから。」
その言葉に老婆は心を決める。
「ええじゃろ。虹一君や、頼むで。」
「ありがとうございます。因みに以前美空が持っていた首飾りはお持ちですか?」
「ああ、ここにある。祭神様と同じ扱いじゃからの。」
老婆は祠の札の封印を解き、南京錠を開錠する。すると中には透き通るような双五角錐の結晶が付いたペンダントネックレスが置かれている。
「その依代に封印した神を覚えてらっしゃりますか?その依代を身に着けていれば、必ずや身を守ってくれるでしょう。少し言葉遣いが荒いのが難点ですが。ですから、是非その首飾りをカケルにお渡しください。」
「ああ、無論じゃ。元々君たち夫婦に預けていたものじゃ、その息子に渡すのは何の問題も無かろう。他には何かあるかのぉ?」
「そうですね、正直言うと、私もその中には私も少し同居させていただきませんか?カケルのそばで見守っていたいのです。今まで離れていた分。」
「そうかい。そうやったら好きにするとええ。私は構いませんで。しっかり励んでください。カケルと共にな。」
「ありがとうございます。」
そう言うと小さな光は結晶へと入っていく。虹色の火花が散ると、結晶は元の透明な結晶へと姿を戻していた。
老婆は手にした首飾りを取り出し大切に桐の箱に入れると、扉には再び南京錠をかけ、札を貼り封印を再構築した。全てを終えた老婆は篝火を消すと、月の明かりもない暗闇に包まれた広場を後にした。しばらくすると、小さな光が祠へと入り、消えていった。
元々書いていなかったお話ですが、物語を進める上で必要なので追加する形になりました。
次回のお話は第2章の続きからスタートいたします!
よろしくお願いいたします。