第13章 ⑫ 触れられない心
第13章 ⑫ 触れられない心
あれから1時間経ち、ヒカルも自分の肩に頭をつけて寝息をたてている。
いつの間にやらマルの姿はなく、階段を上がってくる音で自分もはっきりと意識を取り戻す。
また他の住民かと思い立ち上がると、そこには写真で見た彼女の姿だった。
スーパーのレジ袋を片手に持ち、袋からはネギがつき出ているのが見てとれる。
ミドル丈のベージュ色のダッフルコートに、下は黒のパンツスタイルの彼女は、長い髪に白いマフラーを巻いて口元を隠している。
「あの。どちら様ですか?うちに用ですか?」
穏やかに話しかけてくれた感じから、普通に会話はできそうで安心する。
「すいません!こんなところで寝てしまって。ほら、ヒカル。起きろ。」
寝ているヒカルを揺さぶるが、サバイバルシートに包まれたヒカルは蓑虫状態で、冬眠にでも入ったかのようで、起きる気配がない。
「彼女さんか何かですか?ここら辺の方ではないですよね?」
「ええ。ちょっと彼女の持病で、居眠り病なんです。彼女寝ちゃうとしばらく起きないので。まったくこんな所で寝てしまうなんて、本当すいません。すぐにどかしますから。」
我ながら何を言ってるだ。ヒカルが居眠り病なんて言って誤魔化してしまった。
何となく素直にプリントを渡すだけでは足りない。そう直感的に思ったのはいいが、その後はどうする?
ヒカルを抱き抱えて、移動するのはいいが、階段は流石に心配だ。
それを口実に手伝って貰って、仲良くなるのは?即席で考えた弥縫策だが、悪くない。早速実行しようとすると、彼女から意外な言葉が発せられる。
「いえ、よかったらうちに上がっていきませんか?」
まさに願ってもない返答だ。ナイスヒカル。蓑虫のように丸まって可愛い寝顔を見せるヒカルの写真を記念に撮っておきたいところだが、それは後々のことを考えて止めておく。
「ホントですか!助かります。でも本当にいいんですか?」
「ええ。今うちには誰もいないので。彼女さんが起きるまでの間、上がってください。」
ヒカルを抱き抱え、扉の前を空けると、彼女は鍵を開けて中へと入れてくれた。
「どうぞ。中汚いかもですけど、そのシートのままでいいですから。寝かせてあげてください。」
「いえ、ありがとうございます。お気遣いなく。」
彼女はヒカルの靴を脱がせて、自分の靴も脱がせてくれる親切振りからも、特に問題のない、良い子の印象が強い。むしろとても良い子だ。
加えて彼女からはラベンダーの香りがして、不思議と後ろを付いていきたくなるような、そんな好感しかない。
通された部屋には敷いたカーペットの上に座卓と、クッションがある。クッションの一つをヒカルの頭を支えるためにお借りして、ヒカルを横にする。部屋をざっと垣間見るに1LDKのお部屋の様だ。
障子で仕切られた向こうは見えないが、恐らく向こうが寝室。こちらがリビング。と言ったところか。
掃除は確かに行き届いてるとは言い切れないかもしれない。埃が舞い、空気も少し澱んでいる気もする。
物が散乱している訳でもないが、カチッと整頓されているわけでもない。慌てて洗濯物を隣の部屋に移している感じからも、生活感は満載だ。
しかしもっと貧しく、ギリギリの生活を強いられているイメージだったが、彼女の格好しかり、傍から見れば普通の女の子との違いを見出す方が難しいくらいだ。
「あの。ご飯とか食べました?私まだなんです。少し食べて行かれます?」
白いセーターにデニム生地のエプロンを纏い、スーパーの荷物を整理している彼女は慣れた手付きで、キッチンで既に下準備を始めている。
「え、ホントですか。実を言うと昼から煎餅しか食べて無くて‥。あ!もちろんお金払います!中学生ですけど、ちゃんとお金持ってきてはいるので。」
そう言うと彼女はクスッと笑った。彼女の笑顔はどことなく落ち着いた普段の彼女よりも幼いが、遥かに輝いて見えた。
「そうなんですね。煎餅だけだと大変ですね。お金は気持ちだけでいいです。大したものではないので。」
「いやぁ、そんな悪いです!お金じゃダメなら何かお礼させてください!こう見えても、彼女も、自分も少し‥不思議な力といいますか、権力‥といいますか、とにかく!何かとお役に立てると思うんです!」
「そうですか。不思議な力に、権力?ですか?それは嬉しいですね。それなら今度お願いします。そっかぁ、同じ中学生か。家…とかには連絡したんですか?」
「あ!それはまだ‥あのぉ。ちなみにまだお名前言ってなかったですよね。自分は中森翔。こっちが三上光です。」
「あ、私こそすいません。私は相田凪って言います。」
「そうでしたか。相田さんですか。すいません本当にありがとうございます。」
「いいえ。別に何もできないですけど。」
「いえいえ!とんでもない!彼女が寝てしまって途方にくれてたところだったんです。本当に助かりました。」
「そうでしたか。それは大変でしたね。彼女さんとは旅行か何か?まさか家出とか?」
彼女は壮大な恋物語を期待するような目で言うが、自分達二人にその期待に応えられるような話はない。
「いえいえ!家出なんて。まさか。彼女の親戚の家に泊まりに来たんですけどね。間違えてこの家の2階まで上がったはいいけど、そこで寝てしまったので。」
「はぁ。それはそれは。ちなみにその紙袋にはお煎餅が入ってるんですか?」
マズイ。あの紙袋には学校から渡されたプリントもある。中は見られると厄介だ。そう考えて、慌てて、煎餅だけを出して紙袋を回収する。
「そうなんです。彼女の好物でね。よかったらこれ全部差し上げます。お礼が煎餅では心許ないですが。」
「いえ!そんなにいっぱいは大丈夫です。あ、誤解しないでくださいね。お煎餅は私も好きですよ。そしたら一袋頂きます。彼女さんに悪いですからね。」
彼女は渡した煎餅を受け取り、キッチンの戸棚にしまう。
「その相田さんのご両親は?お仕事かなんかですか?」
あえてこの質問をするのは酷なことだが、やはり何も知らない人ならこの質問をしないことの方が不自然だ。そう思い聞いてみる。
「えっと、母は仕事です。土日は帰ってきません。明日の夜には帰ってきますよ。父は亡くなったのでいません。」
さっきまでの明るさが消え、伏し目がちになる。
今まで流れるようにしていた料理の準備も一瞬止まったように思えた。
「そうでしたか‥それはすいません。お忙しい中自分達を家に上げてくれて、本当にありがとうございます。」
自分は彼女に向けて土下座で感謝を表す。




