第2章 ④ 不思議と遭遇
第2章の4 不思議と遭遇
「そう、ツトメとは‥なんじゃったけ?」
思わず前のめりに倒れそうになる。正直、ここまでズッコけるのは芸人さんだけだと思ったが、まさか自分がするとは。いつも普通ではないばあちゃんだがここでも遺憾無くそのパワーを発揮する。反対に、黒猫は早くして欲しそうに後ろ足で首をかいている。
なんだか1人だけズッコけてる自分が急に恥ずかしくなる。そんな自分を他所に、ばあちゃんは仕切り直すように咳払いをして話を戻す。
「冗談じゃ、ユーモアは必要じゃろうて?」
結局のところ冗談なんだ。それはユーモアじゃなくて、神様への冒涜にはならないのだろうか心配だ。
「ツトメとはな、森羅万象を得て、この世の真理を知ること。または真理を受けとることだと言われておる。」
「うん‥うん?」
「つまり、陽と陰が交わる時、五行のそれぞれの神から与えてられたその証を示し、使者である事を証明する事。それによって真理へと導かれるのじゃ。」
ポカーンとして、まったく理解した気配のない自分を見て黒猫はかったるそうに話す。
「まあ、ザックリ言うと、皆既日食の時に、五行のそれぞれの神様から貰った証を持っていくと、願い事が叶うって感じだな。」
「ほぉーぉ?まあ、なんとなく、わかった。宝探しゲーム的な事?」
「いや、それを言うなら借り物競争のほうが近そうだな。」
「え?あの運動会とかでやるやつ?」
「まあ、そんな感じかな。相手は神様のうえに、実際は物を借りてくるってより、課題を与えられるのをクリアするって感じだな。」
「はぁ?神様相手にゲームするのがツトメってやつなの?」
「そうかい、それはいい例えだね、黒猫さんや。まあ、そんなところだい。」
「まあ、ただの人間がやるようなゲームだったら良かったんだけど‥」と黒猫が意味深長に言葉を濁す。
「ふーん、まあ、いいや。ところでそのゲームはどうすれば攻略できた事になるわけ?」
「それは単純明快。それぞれ五柱の神様の課題を次の皆既日食までにクリアして、証をもらい、皆既日食の時にその証でもって真理へと導かれるってわけ。そこまで行けばクリアって言えるんじゃないかな。たぶん。」
「なんだよその言い方。何でたぶんなんだよ。」
「そりゃ、クリアした人を見た事がないから。」
黒猫の話を聞いて、クリアした人を見たことがない。なんて言われてもいまいち判然としない。
「いや、それじゃあ、いままでクリアした人はゼロってことか?」
「いや~厳密にはいるらしいけどね、ちなみに俺はクリアしたっていう奴に会ったことないけど。それに加えて、このツトメってのを、やるのは選ばれた人が基本だからな。そこにきて神様ってのは、なかなか真理を教えたがらない、秘密主義ときたもんだから、おそらく生きて返す気無いんじゃね?って俺は思ってるけど。」
「いや、じゃあ、今回も無理なんじゃ?」
「そう言うと思っとたわ。しかしな、今回は特別なんじゃ。」
不安げな自分を見越したようにばあちゃんがカレンダーを見せる。カレンダーには12月27日に印がある。
「そう、今回は望みがある。皆既日食がここで見られるって事だ。」
「はあ、それがなんで特別なの?」
「それはな、皆既日食が見れるって事はこの土地のパワーを使える。ようはな、祭神は鎮座する場所において最も力を発揮するんだ。ツトメを行う使者が、そのフルパワーの祭神の力を借りてこの神事に参加できるっていうメリットがあるんだ。」
「ヘェ~それで祭神の力を借りれるのはラッキーなの?」
「もちろんじゃ。神様の課題は使者だけの力では到底クリアできる課題ではない。ここの土地では数百年ぶり、だから今回は望みがある。ここにおる神使様だけでのうて、クグス様のお力があれば他の神様の課題も問題ないじゃろ。」
「まあ、うちの親分とオレがいれば、百人力だろ。」
さも自信ありげに話してくるが無視する。
「しかし直ぐにでも始めんと、皆既日食は半年後じゃで。」
「えっ?半年もあんの?それなら結構時間あるような、気がするけど。」
「バカ!神様がそんな甘いわけないだろ。一つの課題に1ヶ月以上かかる事もざらにあるんだぞ。それにクリアできなきゃ次には行けない掟だ。それを分かってわざと時間がかかる課題を出す神様もいるくらいだ。」
「なにそれ、神様なのに意地悪だな。」
「そうじゃな。神様は人間を試す。その者の心を見透かす。その上で課題をどのように解決するかを見とるんじゃ。」
「ふぁー眠い。まあ、そう言う事だ。そしたらオレは明日向けて早速準備があるから。寝る!」
そう言うと黒猫はこの世のものとは思えない滑らかさ、まさに幽霊のように神社の社殿の方へとスゥーと消えて行ってしまった。
あっけなく黒猫が消えたため、残っていた疑問はあらかた、はばあちゃんに聞く事になった。リビングで聞いたばあちゃんの話しによると、
このツトメとはなんにしろ、神様から与えられた課題をクリアして、その証をもらう事がまず第一関門らしい。五行と呼ばれる、木、火、土、金、水の五つの性質の神様からそれぞれもらう事。そして、初めはどの神様から初めても良いがその後は順番が決まっており、その順番通りに神様から課題を貰うしかないらしい。そのため一番はじめに選ぶ神様が重要だとばあちゃんに言われた。ちなみにこの話しは、ばあちゃんはそのお父さんからそのお父さんはそのお父さんのお父さんからそのお父さんのお父さんは‥‥とまあ、代々秘密裏に受け継がれたらしい。それもあってか、爺ちゃんは婿養子という事で何も知らない。何の霊感もない。普通。爺ちゃん、なんだか、お気の毒です。
その後エサをわざわざ買って来てくれた爺ちゃんには、消えた黒猫についてはなんとか誤魔化して説明した。爺ちゃんの残念そうな顔を見て、少し申し訳ない思いがしたが、ここはゴメン。と爺ちゃんに心の中で謝り、自分の部屋へと戻る。
部屋についたらまずは少し落ち着いてくつろぐ。心の余裕は大切だ。しばしの心の余裕時間を終えてスマホを見ると案の定、ヒカルからのメッセージだ。
「さっきの猫、絶対しゃべった!今度家に行った時にもう一度見させて!」
絶対見せてたまるか!あいつの事だ、大騒ぎになってややこしくなるに違いない。あとツヨシもだ。こちらこそ大騒ぎになる事間違いなしだ。ここはとにかく誤魔化しておこう。
「あの猫なら、迷い猫みたいだったけど、もう飼い主は見つかったからうちにはいないから。来ても無駄だから。」
と送る。するとあの緑色のSNS特有の通知音が鳴る。
「ウソだ!それは残念だね。まあ、どうせ、また会いに行くから。」
誤魔化しきれたかは微妙だが、とりあえずいいだろう。しばらくすればどうせ忘れてるだろう。というか人間の忘却力は大きいと信じたい。スマホを放り出し、自分は少し疲れたのか、ベットに横になる。
ふと天上に父さんが買ってくれた星座のポスターが目に入る。そういえば父さんは星を見るのが好きだったけ。
このポスターは父さんが残してくれた数少ない物の一つだ。このポスターを見ると、そんな父さんと思い出が蘇ってくる。父さんとは一度だけ、星を見にキャンプに行ったことがあった。キャンプなんて初めてで、前の日からワクワクして寝られかったこと、一緒に川釣りをしたこと。全てが昨日の事のように思い出せる。このキャンプの一番の目的はその日観測されるはずだった流星群を自分に見せることだった。でもその日は雨が降ったせいでせっかくの流星群は見れなかった。結局、暗闇の雨の中で車中泊、そんな残念な思い出だ。それでもなぜか鮮明に覚えている。
この前、父さんの思い出の夢を見た時、なんだか無性に父さんに会いたいと思った。そしてこのツトメの話。正直、願い事といったらいままでだったら、何かお金持ちになりたい。とか有名人になりたいとか、どうせくだらない願い事しか思い浮かばなかっただろうに、今の自分は‥父さんに会いたい。今まで、そんな風に思った事なかったのに。もし、ツトメを果たしたら‥
自分は‥何を願うんだろう?
そんな事を考えて横になっているといつのまにか自分は眠りに入っていた。こんなドタバタの夏休みが始まったこの日から、自分への試練がすでに始まっているなんて気づきもしなかった。