第12章 ⑦ 旅は道連れ、情けをくれよ!
第12章 ⑦ 旅は道連れ、情けをくれよ!
自分は気にせず、店のドアを開ける。するとチリンチリン。ドアチャイムが鳴ると、存外普通の応対がなされる。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ。」
店の店主は白いコックコートに、ブラウンのエプロンを着ており、短髪、口髭。低身長。自分は彼を見て思った。
小村寿太郎だと。
彼は外交官らしく、いや店主として、カウンターに座る女子との会話を楽しんでいたようだ。
「あれ?カケルもう来たの?まだ18時には1時間もあるよ?もう少しやってても大丈夫だよ。」
カップ片手に優雅に過ごしてらっしゃる方が延長をご希望なさるとは。
既にそちらは業務終了したようにしか見えませんがね!
「いや、もう暗くて見えないし、寒いから撤退してきてしまったんだけど、ダメだったかな?」
「うーん。ダメではないけど、許可はしないよね。だってカケルの仕事なんだから。しっかり頑張らないとね?」
こ、恐いよー。恐すぎるよー。これを社会ではパワハラもしくはイジメって言うんだよ。知ってた?
「なかなか厳しいことをおっしゃいますな。お嬢さんは。」
身長はさることながら、姿勢も低い店主は、苦笑いを浮かべつつも救済の手を差し伸べてくれそうな雰囲気だ。
「いや、この子はね、そういう所あるんです。すぐに諦めて他人に頼る所があって、それを私は直してあげたいと思って言ってるんです。決して悪意を持って言ってないんです。ね?カケル?」
最後の「ね?カケル?」は「おい!わかってんだろうな?これはパワハラじゃねぇぞ?愛の鞭だ!」の意である。
「は、はいぃ‥」
自分の窮状を不憫に思ったのか、店主は紅茶を用意して座るように誘導する。
「まあまあ。少年もそちらに座ってうちの紅茶を飲んでください。落ち着きますよ。」
「ありがとうございます。」
明らかに「チッ。」という舌を打つ音が聞こえ、恐怖に支配されそうになるが、何とか座席につき、紅茶を頂く。
「と言うことは、そちらさんもお嬢さんと同じ目的で?」
同じ目的だが、ヒカルがどこまでこの店主に話したのか分からず返事に困る。
「そうなんですよ。学校のボランティアで一緒の班なんです!」
ヒカルが助け舟を出してくれて助かる。このやり取りで、どうやらボランティアの学生って言う体の芝居をうってるらしいことは掴める。
「ええ。ヒカルさんとは一緒の班で、困ってる方のお手伝いをしたいと思って、色々調べてたんですが、なかなか難しいですね。」
「そうですよね。お聞きしてると、お悩み相談を受けて、解決するまでをやられるっておっしゃっていたのでね。悩みを聞くだけならまだしも、解決することは大人でも難しいことですからね。」
無難に話を合わせて話すと、店主もあまり疑わずに受け入れてくれたようだ。
「そうなんですよ。なかなか厳しい課題を出されたもので。」
「ということは、カケルの方は成果はなし?」
ヒカルの目の奥が笑っていないスマイルを向けられた自分は、答えるのに若干の躊躇いを感じるものの、正直に本日の成果を告げる。
すると案の定口を尖らせたヒカルは、しばらく自分を睨みつけ思索をめぐらせる。
すると何かを閃いたかのように店主に注文する。どうやら何か懲罰に相応しいものはないかと一計を案じていたらしい。
店主に「特製スパイシーホットデンジャードッグを彼に。」と告げるとそれを聞いた店主は静かに頷く。
そしてゴーグルとマスクを着用する。ヒカルにも同様の装備を提供する。
何事かと、疑問に思っているのも束の間、目の前には見るだけで刺激的なホットドックが提供される。
ソーセージは全面唐辛子粉に覆われて姿は見えず、赤いタバスコがまるでケチャップをかけるように大量消費されている。
「えっと。これは?」
刺激が強すぎて、目も鼻もやられてしまうレベルの食べ物。いや、危険物質に冷や汗が止まらない。
「遠慮せずに、食べて。寒かったのもぜっ、たいに吹っ飛ぶから!」
その、絶対には寒さを吹き飛ばす保証ではなく、この香辛料の量は致死量ではないという人命のほうを保障してほしい。
「お客様。お食べになる前に、一筆頂いております。必ず注意事項を読んでからサインを。」
店主から出されたの承諾書には、こうある。
・当店は一切の責任は負わず、本人の自己判断により飲食されること。
・刺激により腹痛や、呼吸器系に異常が見られることがございます。
・決して無理はせず、体調を崩した場合には、店の方からご飲食をお止めする場合がございますので、ご了承ください。
内容を把握した自分は、承諾書と共に出されたペンでサインをする。
まさにヴェルサイユ条約に調印するドイツ全権のヘルマン・ミュラーの感情を味わうかのようだ。彼の末路を思うと、益々気が引ける。
「わかり‥ました。では、頂きます。」
それでも一筆を書き終えて、一口を入れた瞬間はよかった。
あれ?大したことないかな?そんな感覚に陥って、二口目を行こうしたのが間違いだった。
後から舌や、喉、食道から胃までが熱く燃え上がり、目が血走るのが自分でもわかった。
必死になって牛乳を飲むとものの、カプサイシン達の攻撃はしばらくは収まらず、しばらくのたうち回ると、店主が特製の商品を下げてくれた。
のたうち回る自分をヒカルは嬉しそうにしていたのを、思い出すだけで震える。
その後遅れること30分程でマルも喫茶店に戻ってくる。
「おーい。みんな元気か?ってどうしたカケル?」
霊体化したマルはテーブル席の長椅子に寝かされた自分に驚きつつも、ヒカルに情報収集の成果を伝える。
「店主がいるから頭に直接話しかける。そのまま会話を続けてくれ。」
案外難しい事を言う。喋りながら、別の事考えるなんて、やったことない。自分は敵キャラの超能力者に思考を読まれないように同時に複数の事を考える、天才主人公!のようにはいかない。が、店主とのやり取りを続けるヒカルを見るに、別に苦にしないらしい。
「俺の調べによると、何人か定期的に神社に通ってる奴がいるみたいだ。その中から適当に良さそうなのをピックアップして、接触を試みる。ってのはどうかな?」
「いいよ!さすがマル君。優秀だね。こっちもいい情報あるよ。店主から聞いた話だから、普通に喋っていいかな?」
「ああ、普通にカケルに喋る感じで頼む。」
「オッケー!任しといて!」
そう言うと、ヒカルは休んでいた自分に話しかける。
「ねぇ!もう大丈夫でしょ!早くこっちに戻って!話あるから!」
手招きをしてくるヒカルに従い、まだ、ひりつく唇を摩りながら、カウンター席に戻る。
「おやおや、唇が赤いですね。氷をお持ち致しましょうか?」
「すいません。お願いします。」
「何よ大袈裟ね。本当はもっと辛いのよ?いつもはキャロライナ・リーパーって言うソースなんだから。今回は危ないからって言われて、ただのタバスコにしたのに。」
恐ろしい。あれを超える辛さを食べるなんて冗談じゃない。店主の良識ある判断に感謝だ。
冷凍庫から氷を入れて、ビニール袋に詰めてくれた店主は牛乳も追加で出してくれる。
「お嬢さま、お話というのは、先程の凪さんのことですかね?」
「そうなんです。その凪さんって方のお話を、この軟弱君にも話して頂けるとありがたいんですが。」
「そうですか‥彼女のことを話すのは本来なら店主としてあってはならないこと。お客様の情報をベラベラと喋るのは信頼関係に差し障りがありますからね。ですから、今回は身勝手ながらお話を聞いてみて。あなた方なら、いやむしろあなた方にこそ、頼みたいことだから話させて頂くことをご承知ください。」
何やら神妙な顔持ちの店主に自分は氷で唇を冷やしながら、耳を傾ける。
「ええ。もちろんです。その凪さんって方はどんな方なのですか?」
「凪様は、お店にたまにいらっしゃる中学生でございます。」
「中学生ですか。それはまた珍しいですね。ここは中学生の溜まり場的な所には見えませんが。」
「そうでしょうね。おっしゃる通り、中学生が来られるのは珍しい。彼女以外にはあなた方くらいなものですから。まさにこの雑誌を置いている並みに珍しい。」
店主がラックにかけて入れられた雑誌の中の一つを指す。それは残念ながらと言うべきか、光栄であると言うべきか。
珍しいはずの雑誌にも自分には見覚えがある。
例の「ホントにあったシリーズ」だ。
「えっと、これ知ってます。」
「おや、それは凄い!マニアにはたまらない雑誌でね。しかし最近はタイトルが変でいよいよ、発行も危ないって噂です。持ってらっしゃるならプレミアになるかもしれませんよ?」
見せてくれた雑誌のタイトルを見て自分は色々と納得する。
「ホントにあったシリーズ?突然ですが?映画!?大型スクリーンで大興奮してそれでもやっぱりギャンブルにツモるよね♪」
このタイトルからわかったこと。絶対に何か青少年には悪影響な映画を見たな、編集長。
そしてギャンブルは絶対に辞めそうにないこと。これらの推察及び前回までのタイトルより導き出された結論は、
編集長は金欠だ。
加えて言うなれば、この感じだとそのうち賭麻雀してそう‥。
そうなれば、編集長の地下帝国での強制労働も遠くない話な気がする。とにかくツッコミどころにことかかない雑誌であることは確かだ。




