第2章 ② 不思議と遭遇
第2章の2 不思議と遭遇
正直言って何だこいつは?はっきり言って理解不能だ。話の流れからどうやったら餌の話になるのか。それともこいつの中では脈絡というものが確保されているのだろうか。しかし深く考えることは余計に迷宮に入っている予感がする。
ここは単純な考えこそ正しいのかもしれない。ゆえに目の前の存在は所詮「しゃべる?猫」であるとの認識に立ち返り会話を継続する。
「はぁ、でも、さっき何か食べてませんか?」
「おい、俺様をどこのどなたと心得る!猫様だぞ。猫はあんな貧相な食事では満足いかぬのだ、さあ、早くエサをくれ!」
先程の自分の認識は訂正しよう。「どこかの貴族ばりに威張ってくる、しゃべる猫」である。ただし、普通にお腹はすく。ということだ。
どちらにせよ、この正体不明の黒猫はこのまま餌をあげなければ、このまま駄々を捏ねてこちらの質問に答えないであろう事は容易に察しがつく。仕方なく数々の疑問はそのままではあるが、得体の知れない猫を手懐けた方が問題解決には早い。との結論に至ったのだ。
「うーん、まあ、わかった。でもエサは爺ちゃんが買いに行ってくれたし‥」
「何言ってんだ。キャットフードだけが猫の食い物だと思ってのか?何かあるだろ肉とか?」
「え?そりゃ探せばあるだろけど。」
「よし、そしたら、お前ん家入るぞ。」
容赦なく玄関から黒猫が入っていこうとするのを何とか阻止する。うちは家の中はもちろんフローリングで土足厳禁だ。泥棒猫の侵入を簡単に許すわけにはいかない。
「おい、待った!待った。足を拭いてから上がってくれ。」
捕まえた猫のために、急いで足を拭く雑巾を探索する。
「何だよ細かいなぁ。猫なんだからしゃあないだろ。ニャー。」
玄関横に置いてあったおそらくフローリング用の雑巾で、文句を言う黒猫を片手で支えては足を拭く。
「語尾だけ猫ぶっても無駄だぞ。まったく。」
足を拭き終えるとこちらが靴を脱いで目を離すと姿が見当たらない。急いで家に上がり、台所の方を確認すると、黒猫は食材を物色しようと戸棚や冷蔵庫をカリカリと前足で開けようとしている。
「おい、カケル。ここになんかあるんだろ?」
「おい、勝手にうろつかれたら困るんだが?」
「いいだろ。別に減るもんでもないし。」
「いいや、食材は食べたら減るだろうが!」とは言わない。おっと!この深層心理も読まれているのか?まあ、そうかもしれないが、そんなことを今は気にしていられない。第一、食材の存在に夢中でこちらには気をまわしていないように思える。
「ええっと、たぶん冷蔵庫には、おお、鶏肉がある‥てか何で名前知ってんの?」
黒猫との対話に慣れないことも影響してか、情けないことに我ながら今の今まで、その違和感に気づなかった。これは完全に黒猫ペースを掴まれていることの証左だろう。
「え?それも含めて説明してやるからさぁ早く。早く。」
「はぁ、わかったよ。で?このまま食う?」
生の肉を目の前にぶら下げて、先程までの黒猫にあった主導権を得ようと少し揺さぶってみるがそんなこと微塵も感じていない様子だ。
「おい、さすがに火を通してくれよ。あと調味料とかは入れるなよ!猫なんで!」
結局のところ猫の主導権を奪えず。指図に従い鶏肉をそのまま焼く。こんがり焼く。すると匂いにつられたのか黒猫は自分に寄りかかる様に立ち上がる。
「おお!ウマそう。はやくくれ!」
「わかったよ。このままじゃデカイから少し食べやすいようにほぐすから待ってくれよ。」
フライパンから適当な皿を見つけようとしたが、あまりに急かされたので、出来上がった鶏肉の一部を手であげる。
「はいよ、どうぞ。」
「よっしゃあ。」
美味しそうに食べる猫を他所に自分は皿を探す。戸棚にはないと踏んだ自分はガレージにまで行って探し、また急いで家へととんぼ返りする。こんな得体の知れない奴の為に全くとんだ労力の無駄使いだとは思いつつも要求されるとしてしまう。情けないが、抗いようのない自分の性なのかもしれない。
「どう?これでいいだろ?」
ガレージから昔使ってた犬用の銀皿を探し当てて、その皿に盛ってやる。その量でもなんてことはないとばかりに二人前の鶏肉をがっつくと、黒猫は二、三分で食べ終わった。そうして食べ終わるとリビングのソファーに飛び乗り、
「フゥ~食った、食った。そしたらお昼寝ダニャ~。」
さすが猫(寝子)と言う名の「自由と怠惰の守護者」は、再び伸びと欠伸を見せて寝ようとする。
「おい!勝手にソファーに乗って寝るな!猫の毛が付くだろうが!それに約束はどうしたんだよ。」
自分が詰問すると、目をトローンさせながら薄っすらと開ける。
「うるさいニャ~。猫は自由気ままでも何でも許される愛されキャラって聞いたぞ。」
この様子から見てもまったく悪びれる様子はない。さらにネコっぽさを出してる感じが何故か腹が立つ。悔しいがあざと可愛いのだ。
なんて日だ!なんて奴だ!以上蛇足。
「いや、しゃべる猫には愛されキャラの資格ないから!しゃべったら可愛さ半減だから!てかどこからその情報仕入れたんだよ!」
「え?近年はネコブームって雑誌とかテレビでやってるんだろ。それに気が向いたら人間の相手をすると人間は喜ぶって話しだからネコになったのに。ワガママだなぁ人間は。」
「こっちからすればどちらが我儘だか。」と内心愚痴る。
「おい、聞こえてるぞ、まあいいや。で?何から話せばいいんだ?」
相変わらずソファから降りる気配は寸毫も感じられない。それでもやっと嫌々話す気になってくれたのは有難いことだ。それでもやっぱり黒猫ペースなのが癪だ。
「まあ色々聞きたい事はあるけど、うーん、そしたら、まず何で猫なのにしゃべれるの?」
「ああそれね。正確にはさっきも言ったが、カケルの脳内に直接話しかけてるだけで、話してはいない。まあ、何でそんな事ができるのが一番聞きたいんだろ?」
黒猫は嫌味なのか、したり顔で勿体を付けてくる。
「そうそう。なんで?」
「それはなあ‥神様だから。」
「はぁ?」
思わず自分の心からの叫びが漏れ出る。
「いや、正確には神様の使い?かな。」
「なんだよそれ。いかにも非現実的な事言えば信じると思ってるだろ。」
自分が怪訝な顔をすると、黒猫は分かってないなぁ。とお返しに呆れ顔をされる。
「はぁ~!神主の家にありながら神様を信じないない?何てバチあたりな奴だなぁ。」
「いや、信じてないなんて言ってないだろ!ただ、それなりに信じるだけの証拠?みたいな物が欲しいっていうか‥」
「何?神の奇跡でも見せて欲しい訳?」
「そうだなぁ。ここにアンパン100個とか用意出来る?」
なんとなくアンパンが思いついたので言ってみる。アンパンがパンパン。ふざけている訳ではない。ただ幼児向けのアンパンのヒーローの博物館に行った。その事実にのみ思考が縛られてしまったのだ。ご容赦下さい。以上冒険。
「お前はほんと神様ってのをわかってないなぁ。そんな願いが叶えられる訳ないだろ。んなの、ランプの魔人にでも頼んどけ!」
「じゃあ何が出来んだよ。」
「お前の情報なら何でもわかるとか?」
「はぁ?何それ。どうゆう事?」
「例えば、何かに触ればその物を通して、そこから情報を集められる。さっきお前にもスマホにも触れたからな。お前の事ならなんだってわかる。つまり、生物や物の記憶を辿るわけだ。」
「そう。じゃあ試しにハイ。どうぞ!」
正直あんまり信じる気はない。そもそも信じる道理がない。それはそうであろう。超能力者現る!と言われてまともに信じる人がいれば、おそらくその人の中ではマジシャンの全てが超能力者へと分類分けがなされる事態だ。それに本当に超能力者なら直にでもロシアに行くべきだろう。なにせロシアは常に超能力者をリクルートしているのだから。以上見解。
「何だよその雑なフリは。まあいいや。そうだなぁ。そしたら何がいいかな。そうだ。小学校2年生の時、テレビでやってた警察24時を見て、もしも泥棒に盗まれたら大変と思い必死に考えた結果。盗まれないように本の間に1万円を隠したのに忘れてる事。とか。」
完全に疑いの目を向けていた自分であったが、その話を聞いた瞬間は記憶が脳内で閉鎖されていたが、確かに思い返すとそんなことがあった節がある。その当時小学2年生の自分はまだこの家に引っ越す前で、たまたま来ていた爺ちゃんの家で見ていた警察24時を見て母さんが
「さっき貰ったお小遣いお母さんに預けないと、さっきの泥棒さんみたいなのに盗られちゃうよ。」
の言葉を真に受けた自分はどうしても母さんに預けたくないがために、確かに本の間に隠したのだ。これはおもわぬ臨時収入かもしれないとこっそりと後で確かめてみようという気は起きた。それくらいの信憑性は現時点では出てきていた。しかしだからといってこの未知の来訪者をもろ手を挙げて歓迎する気にはなれないのも、これもまた事実だろう。
「ああ!でもそんな昔の思い出まで分かるのか。」
「これで信じた?」
「うん。凄いのは何となく分かった。それでいろいろ分かる訳か。」
あからさまなゼスチャーを織り交ぜて感心する振りをしてはご機嫌を窺うとこれが意外にまんざらでもない感じだ。
「まあそうなるね。で?他には?」
「えーと。そしたら何であの日の夜に神社の境内にいて、俺のスマホ持ってたの?」
「ああ、そもそも俺は神社の使者だろ。その首飾り。それに呼ばれて出てきたワケ。そしたらいきなり戦わされて、まあすぐ向こうが退散したけど。そんで、事情がわからないからお前の記憶を辿ったらあのスマホってのにヤバイのが写っているかもしれないとわかってな。他の誰かに見られたマズイと思ってな。回収しといた。」
「ふーん、そういえば、昨日の夜も首飾りで呼ぶとかどうとか、使者だの言ってたけ。てかスマホにヤバイのって‥あ、そっかあスマホ!」
自分はこの時までスマホに何か写っているかもしれないことすら忘れていた。最近の記憶力には本当に泣けてくる。「若年性都合の良いこと、悪いこと大体忘れてるで症」に罹患しているかを誰か診察して欲しい。
「そうだ。凄いなそのスマホとかは。そいつに触れたとたん、この世界の情報が入ってきていろいろ分かったわ。」
「へぇーそう。」と軽く流し、スマホを確認する。すると何かやはり写っている。
「何だよこれ。ぼやけてて全然わかんないなぁ。でも浮いてるぽいし。なあ?これ何?」
とスマホを見せる。
「へぇー凄い。こんな感じか。こりゃ‥何だろな?俺にもわかんねぇなぁ。」
「ってなんだ。わかんないのかよ。同じ仲間とかじゃないのか?」
「おいおい。こんなんと一緒にすんな。神様だぞ。さすがの俺も最近はここまで落ちぶれちゃいねぇよ。」
「そしたら何でこいつは襲ってきたんだ?」
「知るかよ。でもまあ、大体の見当はつくがな。」
ここまでに相手が完全に猫である事をすっかり忘れ、話をしていると、玄関の方から聞き慣れた声がする。
「まあ、この黒猫はともかく、クグス様がいるってんなら、やってみようかな。それに願い事も叶うなんて…なんか仕事って感じがしないけど。」
「ハァーわかってないなぁ。それに、そんなお気楽なら苦労しないっての。」
「まぁええ、とりあえずやる事は決まったなら明日に「おーい。チョット。誰かいないの?。」
「おい。人が来たからここでジッとしてろよ。くれぐれも何かするなよ。分かったな。」
ここで何かを起こされてはマズイ来客であることは何となく声から察しがつく。念の為に黒猫に釘を刺しておく。あくまでもこれは「押すな!押すな!(押せ!押せ!)」
のやり取りではない。
「OK、OK。分かった。」
との生返事に不安になりながらも、黒猫をおいて玄関へと向かう。
案の定、玄関には幼馴染のヒカルだ。