第1章 ② 出会い
「じいちゃーん!いる?」と声をかけると境内の掃除をしていたじいちゃんが「よっこらせ」と言った後に出てくる。無論平生の言動からの予測である。
「おぅ、もう帰ってたんか、カケル。」
「うん、今日なんだけどさぁ、友達が来るんだけどいいかな?」
「じいちゃんはいいが、ばあちゃんとお母さんがなんて言うかのぉ。」
「大丈夫。家には上がらないから。だけど、神社の森に入りたいんだ。しかも夜なんだけど‥」
「夜にクグスの森に入るのかい?それはちとなぁ。」
「お願い。友達と少し探すだけだから。」
じいちゃんは少し頭を悩ませてから握りしめた右拳を左手のひらに「ポン」と打ち付けると
「そうかぁ‥それなら。ちと待ってろ。」
と言い残す。しばらく境内の社殿での捜索作業の後、中から何か持ってきた。高価そうな桐の箱を開くと、中に入れられていたのは、何とも以外な物だった。
「何これ?首飾り?」
「これは中森家に代々伝わる物じゃ。ばあちゃんにカケルに渡してくれって頼まれてたんじゃけど、すっかり忘れておったわ。まあこれさえあれば大丈夫だとは思うんじゃが‥」
「そ、そうなんだ…何?そんなに夜の森ってヤバいの?」
自分は渡された首飾りを終始困惑気味に受け取る。なぜなら渡された首飾りを入れた桐の箱は数か月前から社殿内部で放置されていたのだ。本当にそんな大事な物なら、紛失騒動にならなくてよかった、と心底安堵する。
受け取った首飾りは洋風に言えばペンダントと呼ばれるものだろう。
自分は手にした首飾りをまじまじと見つめては細見していく。白銀の鎖に通された透き通った双五角錐の水晶が一つ付いてるシンプルなデザインのもので、特に神術、呪術系統の香りはしない。
「まぁなぁ‥じいちゃんも滅多に夜には入らん。」
「そうなんだぁ。まあ、終わったらすぐ帰るし、大丈夫だと思うけど。」
「そうかい。でも危ないと思ったら首飾りに頼ってみるといいで、そうすりゃ万事OKじゃ。」
「万事OKかぁ‥まあいいや。ありがとうじいちゃん。」
本音を言えば万事OKって感じは皆無だった。そもそもの話をすれば、そんなに危険だとは思ってなかった自分は、後で本気で後悔する事になるとは…この時露ほど思ってもいない。
そうしてじいちゃんから首飾りを貰って神社を後にし、家へと戻る。家に戻ってからは夕食まではぐだぐだしながら昼寝する。
後は夕食を済ませて風呂に入り、準備を整える。まずやっておくべき事として、ツヨシへの連絡だろう。まぁ後でもう一回連絡する羽目になりそうだが。
スマートフォンの画面を見つめていると、徐に二階の自分の部屋へと忍び寄ってくる足音がする。そしてノックを素早く三回、「ト!ト!トン!」と形式的に済ませると中の返答を待つタイミングは無く、「問答無用!」「新選組!御用改めである!」の如く「バタン!」と扉を破壊する勢いで母親が入ってくる。
「おーい!カケル!入るよ!」
「てかもう入ってるよ、それにいつからかこの部屋の扉が悲鳴挙げている気がする。もういい加減に普通に扉開けられない?はぁ、まあいいや、で何?」
「まあ、良いじゃん!そんな硬い事言うなよカケル!私の正拳突きは確かに虹一さんを失神させた過去を持つほど強力だけど、加減ぐらいはしてるよ!それよかさぁ、おじいちゃんから聞いたよ。夜のクグスの森へ入るんだって。しかも友達とぉ?」
亡くなった父さんの失神姿を想像したくはないが否が応でも目に浮かぶ。ご愁傷様だ。
それにしても母親の如何にも何かを勘違いした、ニヤついた顔と浮ついた言動は弁明の必要が生じている事を示唆していた。
「残念ながら違うよ、例の如くツヨシとだよ。ツ、ヨ、シ!いつもの噂の検証だよ。」
それを聞くと少し残念そうに目線を落とすと、ついでに扉の負傷具合を検分している。
「なーんだ、女の子とかじゃあないんだ。それならまぁいいか。男二人、せいぜい森の熊さんに食われないように気をつけなね。」
「大丈夫だよ。懐中電灯も持っていくし、熊も出ないでしょ。」
「分かんないよ。熊じゃない、ご希望のものが出るかもよ。」
茶化すように幽霊を連想させるポーズをとる母さんを締め出すと、部屋はまた平穏を取り戻す。
図らずもしも一応の親の許可も得た。後は、待ち合わせ時間1時間前に時計をセットしていったん寝る。
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。
といつもの電子音に目を覚ます。
時刻はちょうど午前1時だ。ツヨシの事だ。起きれずに寝坊する事を考えて携帯に電話する。
「もしもし?ツヨシ起きてた?」
「あー、今、起きた。これから出る。」と言って電話を切ってしまった。
あいつ、少し寝ぼけ気味だけど、懐中電灯とか持ってくるんだろうか?等、とかく心配事には事欠かない。お陰でリスク管理は学べている気がするが。
兎にも角にも、家には二つほど懐中電灯はあるが、最悪スマホのライトを使えばいいとも思い、わざわざ二つ持ってくるのも面倒なのもあって一つだけにした。
あとはじいちゃんから貰った首飾りを一応首に付け、(そうゆうところは何やかんやで信心深いのだ。)スマホを持っていく。
一階はみんな寝て静かになってるがリビングで、約束時間まで過ごす事にした。
スマホを見ながら時間を潰すが、ふと虫除けスプレーがあるといいなと思い。虫除けスプレーを探して部屋を懐中電灯で照らす。
懐中電灯の光を頼りに探していると何かにぶつかる。突如現れた物体に慌てて光を照らすと、皺の多い老婆が眼前にいた。
もちろん幽霊ではない。ばあちゃんだ。
「うわ!ビックリした。ばあちゃんかぁ。」
自分はこの尊敬すべき祖母をばあちゃんと親しみを込めて呼んでいる。むしろ平生の呼び名が「祖母」ではむしろ気持ちが悪い。想像しただけでも違和感がありありとしている。
「カケル。ほら、これじゃろ。」
虫除けスプレーをわざわざ持ってきてくれたようだった。ばあちゃんは勘が良い。というか霊能者だ。
「それとカケル。森に入って行くなら忘れんな。」と併せて渡されたのは札だ。
「何?これじゃ、まるで本当に幽霊が出るみたいじゃん。」
「カケル。じいちゃんの首飾りだけじゃあ心配なんだろ。ばあちゃんにはわかっから。」
そう言って自分の本心を言い当てるのは流石だ。こう見えても霊能者といえば「エツばぁ」と言われるだけある。
なんせ、ばあちゃんの力を頼りに全国から人が来るほどだ。故に現在の神社の収入源は8割方ばあちゃんの稼ぎだ。感謝しかないだろう。色んな意味でありがとう。まさに感謝!といった具合だ。
「さすがばあちゃん。ありがとう。じゃあそろそろ時間だし行ってきます。」
「ああ、気いつけてな。」と玄関先まで送ってくれた。
見送ってくれたばあちゃんを背に自分は神社の鳥居へと向かう。
神社へは家からは直接行けるが、正式な参拝道はきちんと別にある。その為、鳥居でツヨシと待ち合わせる事になっていたのだ。
まあ何かとその方が目印の鳥居もあって分かりやすいのもある。無論彼の性格等を考慮しても事だ。故に少々の面倒は仕方なかろう。
にしても鳥居への僅かな道すがらを歩いている時でさえ、いつもより暗いのが分かる。
天気は良いはずなのに暗い。
どうにも今夜は新月のようだ、月明かりの柔和な光が感じられない。
暗いのは少し心細いながらも、ばあちゃんの札がなんだか安心させてくれる気がしていた。
到着してしばらくするとツヨシ本人が自転車を飛ばしてやってくる。