第4章 ④ ツトメに挑戦?
第4章の4 ツトメに挑戦?
次の日一番に家を飛び出したかと思いきや、マルはあいつを連れて来た。
どうせそんな事になるのではないかと思っていたが。
「おおい!ヤッホー元気してる?」
そう言って玄関を勝手開けて靴を脱いで上がろうとしてるやつはあいつしかいない。
「おい!ヒカル。なんで、勝手入ってくんだよ!人の家だぞ、ここは!」
「なぁに硬いこと言ってんの。それにマルちゃんにどうしてもって言われちゃってさ。ねー!」
丁度話題に上がったマルも後ろからのご登場だ。
「そうだぞ。ヒカルはお客人だ。しっかりもてなすんだぞ!カケル。ねー!」
お互いに相槌をうつのが妙に鼻に付く。そうは言いつつも、巫女の件ならヒカルに頼むしかないのかとも内心思っていたのだ。
なにせ、ばあちゃんは宮司だから無理だし。母さんはコスプレになっちゃうから嫌だし。そしたら、残りは‥という事だ。
一応客人だと言うので、リビングに通してとりあえずお茶を出す。ヒカルはソファーに座って、さもここの住人かのような雰囲気を醸し出している。その雰囲気に全く違和感がないのがより末恐ろしい。
「いやぁ、カケルも早く言ってくれれば、よかったのに。マルちゃんが喋る普通の猫だって。」
「いや、そこは色々マズイでしょ。喋る猫は普通の猫じゃないから。」
「あっそ。まあ、大体の話はマルちゃんから聞いたから、さっさとやっちゃう?そのツトメってやつ?」
そう言うヒカルは案外乗り気だ。
「そうか!ヒカル!ほんとヒカルは巫女を通り越して女神だな!そうだろカケル!」
と調子の良いことを言うマルの頭を自分はガシガシ撫でながら、膝に座らせる。
「なぁ、結構危ない目にあうと思うぞ。命を落とす危険だってある。本当にやるのか?」
揺れ動くヒカルの覚悟をあえて問う。そうでなければヒカルの生半可な覚悟ではこのツトメを潜り抜けることは困難であると実感していたからだ。
「大丈夫だよ。危ないのは何となく分かる。でも、いざというときはカケルがどうにかしてくれるでしょ?」
いつにない真剣な眼差しでそこまでの信頼と距離感を寄せられると照れる。それに少し頬が赤くなって言うものだから、こっちも余計に恥ずかしい。
「んじゃ、これでヒカルも手伝ってくれるってことだし、早速着替えて貰って出発と行こうか!」
こちらの気持ちの整理がつかないまま、マルが自分の膝から脱出を図ろうとする。
「待って、マルちゃん。人手なら、彼も呼ばないとね。」
彼女の何かを企む顔に自分はもう止められないことを悟る。
30分後、野太い声の彼は元気に合流した。
「おーい!なんか不思議なことやるんだってな!それならなんでも手伝うぜ!」
例によって呑気なやつ、ツヨシだ。
「おー。やってきたな。共に不思議発見!といこうじゃないか!」
玄関先で肩を組み合うヒカルとツヨシだが、
そんなに仲良かったのかこいつら‥?
そんな疑問はこの際捨てておこう。もはや、巻き込みたくなかった二人を巻き込んでしまった以上、どうにかするしかない。
「ええっと。ツヨシはどこまで聞いてる?」
「とにかく不思議な事が起きるから、長靴と汚れてもいい格好。鎌と鍬もあったら持ってこいって言われたから、持って来たぞ。」
そう言われて何の疑問は持たず(鎌と鍬は持って来てるが)やってこれる奴はなかなかいない。
格好次第では死神がやってきたのかと見間違うぞ。それにそんなの持って家から歩いて来たのかと思うと、よくお巡りさんに捕まらないものだなと田舎の凄さを改めて感じる。
「いや、チャリで来たよ。カケルの家少し距離あるからな。」
そう言われて自転車で鍬を担いで、籠に鎌2つ入れてる姿を想像しただけでニカッと笑う危ない奴の顔が目に浮かぶ。
「ほうほう。なかなか優秀だな。少年。私が見込んだことはある。ツヨシ隊員!君にはこの飴玉を褒美に使わそう。」
ヒカルがポケットからガサゴソ取り出した蜂蜜味の喉飴をツヨシにあげる。
それをツヨシは恭しく両手で受け取る。傍から見れば「恐悦至極にございます。」といって刀を受け取る家臣の姿が重なって見える。御恩と奉公、主と従僕の関係だ。
「は!隊長!有り難き幸せでございます。」
半ば強制的ヒカルの部下となったにも関わらずツヨシは嬉しそうだ。ここにおける御恩が領地ではなく飴玉一つというスケール感の小ささもさることながら、ヒカルがツヨシに進呈した飴玉に自分は注目した。その飴玉はよく見たら、リビングに置いてあったうちの飴玉なのだ。まったくとんだ手癖の悪い主、いや巫女がいたもんだ。
「おし!部下も一人増えたことだし、ヒカルは巫女に着替えて。カケル!お前も着替えろ!」
肉体労働者を徴用することに成功したマルは、折を見て何やら二階から床に引きずりながら衣服を引っ張ってくる。
「ああ、装束にか?」
「あ?何言ってんだ。下っ端は農作業だろ!ジャージだよジャージ!それと長靴!軍手もな!」
自分は緑という配色に躊躇いを感じるが、それでも引っ張ってきた緑ジャージの上に黒紐の鍔広の麦わら帽子、ジャージの下も履いて長靴も履いてしまう。有り体に言えば、絵に描いたような学生農業スタイルだ。これならTAC(当分アグリカルチャーコレクション)という名のファッションショーへの参加資格は得られただろう。
着替え終わってしばらく待つと、ヒカルが出てきた。しかし、驚いた。孫にも衣装とは言うが、綺麗な黒髪に、うちの神社の紋様をあしらった金色の簪を挿し、白衣に緋袴のあの巫女さんがいる。こちらは本家TGCも、コミケにも誘いがあってもおかしくないレベルの巫女さんだ。
これほどの美しさになるとは思いもせず、思わず息をのんで、見惚れてしまっていた。
「おやおや、お二人さん。私のあまりの綺麗さに言葉を失ってるな。」
緋袴をひらりと翻し魅せるヒカルに言われて、言葉どころか意識を失いそうになるのをしゃんとさせる。
「いや!ちょっと立ちくらみがしただけだから。な!」
横のツヨシに脇目を振るが、ツヨシも意外過ぎてショックが強すぎたらしい。固まってる。顔の前で、手を叩いて、やっとこちらの世界に戻ってこれたらしい。
「お、おう。それじゃあ行こうか。」
同級生、ましてや幼馴染の彼女にこんな気持ちになるなんて、気分が高揚するような、気恥ずかしいような、曰く言い難い感情で稲荷神社へと向かう一向。
傍から見れば、鎌を持ち、鍬を抱えた少年達を巫女が引き連れる一向は何かをしでかすようにしか見えないし、新手のカルト集団と間違われてもおかしくない。
そこにきてヒカルは
「なんかみんなテンション低くないか!ほら、こんな時は歌でも歌うといいよね!」
歌のお姉さんばりに童謡のピクニックを歌い出した。
「丘を越え行こうよ、口笛吹きつつ。空は澄み青空、牧場を指して~」
聞きながら案外歌も上手いんだなぁとヒカルの歌に感心しつつも、
向かう先は牧場よりは田園だよなぁ。とツッコミを入れたくなるのが自分の性分らしい。
どうにも心が入らない選曲に、代替案としてピクニックの代わりに田園が流れていた。
もちろんべートーヴェンの方ではない、そっちは気分が上がる方ではないのだ。ならば残された選択肢は彼の曲しかないだろう。
「生きていくんだ!それでいいだ!」ってのってきた時に神社に到着する。
神社の境内は相変わらずの静けさと明かりの無い暗がりが広がる。今夜は月明りでも期待できる時分であったが、残念ながら月は雲に隠れてその柔い光を地上に届けてはくれていないようだった。
「おい、着いたぞ。みんなはカケルの背中に触れる形な。」
着くやいなやせっかちなマルは半ば強制的に異世界への扉へと誘う。従順な自分を含めた人間達はマルの言動に疑いをさし挟むことなくそれに応じる。その瞬間、ヒカルの手の柔らかく膨らみのある触感に対して、脳内ニューロンに電気信号によって伝達された異常動作警報が鳴り響く。そんなシグナルレッドの合図を相殺したのはそれとほんの少し遅れて触れたツヨシの手だ。
彼のゴツゴツとした硬い右手が自分の背中に触れると、彼の熱意と汗がつたって来ては、脳内鎮静を促す。そう言えば先程からの行進に際しても彼はタオルで汗を拭っては絞り、その汗は視認できる程であったことを鑑みれば当然のことではある。
自分もまた夏の蒸し暑さからくるじめっとした湿気に髪がしおれているのに対して、彼女は艶やかな黒髪が闇夜にも輝く。とどのつまり、この場合は彼女の方が別次元に隔離されたのかのような存在感だということに改めて気づかされる。
それでも一瞬の煌めきの快楽に溺れた自分はこの神社の移動ポイントについて彼女と彼が触れた瞬間から精神世界に移動するまでの間、わずか3.9秒。この間に自分は彼女の魅惑の巫女姿と触感をイマジネーションリンクさせては少なくとも12回は体で反芻させて覚えこませる所業をやり遂げていた。触れた感覚を可能な限り、リフレインさせていると、ふと気づくともうあの世界へとやって来てしまっているではないか。
なんと口惜しい時間だったことだろう。名残惜しくも周囲を確認すると、今度は集落の近くの方に移動したらしいことは理解できた。




