11、陛下の呼び出し
私は精霊契約を交わした龍水を伴って氷の道を歩き、ヴァシュロン達の元へと戻る。
「あのっ!フィリセリア??その巨大な蛇は……?!」
私と共に来た東洋龍姿の龍水が恐ろしかったのか、まだ距離があるうちにヴァシュロンが声をかけてきた。
「私の契約精霊ですわ!」
私がそう言ったあとに、傍に居た翡翠やルチアからも一言二言補足が入ったようで、ヴァシュロンが彼女達に対し驚いている様子が遠目に見える。
こちらでは四足歩行の竜しか伝承にも無い。
ヴァシュロンが龍水の姿を見て驚くのは無理もなかった。
私自身も精霊とは人型のものと思い込んでいたので、ヴァシュロンの反応には納得である。
『姿を戻すかのう?』
(え?戻れるのですか?)
私が問うと、龍水は全身が青く光りその光はみるみる小さくなって人型になると、先程の老人姿に戻った。
『驚かせてしまった少年には悪かったのう』
(まさか自在に変えられるとは……)
『大精霊じゃからな。それに、元より精霊の姿は曖昧なものよ。なんにでもなれるとも』
私は老人姿に戻った龍水を伴ってヴァシュロン達の元に戻る。
「無事に……かしら、精霊契約出来ましたわ」
「そちらが水の精霊様……僕はヴァシュロンと言います。こちらは僕の契約精霊ルチア」
『光のルチアですわ〜』
『あたいはフィリスの契約精霊風のヒスイだよ!』
『私はフィリセリアの契約精霊光のハクヒですわ』
『儂はフィリス嬢の契約精霊水のタツミじゃ。よろしく頼む』
一通り挨拶が済んで、龍水が大精霊である事を知ったヴァシュロンが驚きつつも『さすがフィリセリアですね』とあっさり納得し、ひと段落着いた頃。
皇帝直属の近衛兵が私達の元へとやって来た。
「失礼致します。ヴァシュロン皇子殿下、フィリセリア・レストルーチェ様、皇帝陛下がお呼びです」
ヴァシュロンをちらりと見れば、事前の約束であった様子はない。
私にも事前の連絡や約束があった訳では無い。
となると、先程のダビッド皇子の件で呼び出しという事だろうか。
私達は近衛兵に連れられ、皇帝陛下の元へと向かった。
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皇帝陛下の元へ向かうため近衛兵に連れられながら皇城の廊下を歩いていると、私達が来るのを待ち伏せていたのかデビッド皇子が廊下に居た。
「ダビッド殿下」
皇帝直属の近衛兵が立ち止まり、廊下に立つダビッド皇子に礼をする。
「どこへ向かう?父上の元か?」
「はい。皇帝陛下より命を受けまして御二人を陛下の元へお連れするところでございます」
「そうかそうか。早く連れて行ってやるといい!」
ダビッド皇子が上機嫌にそう言うと、近衛兵は私達を連れて再び廊下を歩き出す。
ダビッド皇子はすれ違いざまに、私達にだけ聞こえるように『せいぜい叱られるといい』と、ニヤニヤと笑いながら小声で言った。
礼儀作法の教育をしっかり受けている私とヴァシュロンは、その言葉にも動じず表情を変えないままその場を歩き去る。
すると、少し経ってから後ろの方でダビッド皇子の舌打ちが聞こえた。
(本当……つくづく皇族に向かない方ではないかしら……)
人の悪口など言いたくない性格だが、あまりにも毎回の事なので心の中でくらい文句を垂れたくもなる。
さらに少し廊下を進み、近衛兵が豪奢な扉の前で止まった。
(今日はいつもの応接室ではないのね……。ダビッド皇子の方から難癖を付けてきたのに、本当に叱られてしまうのかしら?)
部屋へ入ってみると、本棚に壁を覆われ書類に溢れたそれ程広くない部屋だった。
入ってすぐ正面に見える広い机の上にも書類が沢山並んでいる。
皇帝陛下はその広い机に座り、作業の手を止めてこちらを見ていた。
「帝国の月、フィリップ・ティルス・シャルディルチア陛下。フィリセリア・レストルーチェ参上致しました」
「父上、参りました」
陛下が無言で近衛兵や周囲に居た側仕えに目線を送ると、皆部屋から出ていった。
「こちらへ来なさい」
導かれるまま私達は執務室にあった応接セットに向かい、陛下の指示で腰をかける。
そして、陛下は応接セットのテーブルに手を置いた。
(あれ?その動作って盗聴防止テーブルで密談する時の……叱るために呼ばれたわけではなさそう?)
ヴァシュロンの方を見れば彼も不思議そうな表情をして私の方を見ていた。
とりあえず話を聞いてみるしかないと目線で語り合い、2人してテーブルに手を置くと陛下が話を始めた。
「ダビッドから報告があった。城構内を散策していたところそなたたちに鉢合い、『ダビッドは皇帝に向かない、皇位継承を辞退しろ』と脅されたと。そして、その事に抗議したら態度が生意気だと腹を殴られこの有様だと立っていることもおぼつかない様子で私に言ってきた」
随分とダビッド皇子は、自分に都合の良いように陛下に聞かせたようだ。
それに、先程廊下で堂々と待ち伏せて大層ご機嫌な様子だったというのに、立っていることもおぼつかないなど……完全に仮病だ。
私もヴァシュロンも貴族作法を忘れ、つい呆れ顔でため息を吐いてしまった。
「ふむ……まぁ、2人の反応からも私の予想が正しいものと推測できるがな。一応、両者の意見を聞こうと思っている。何があったか言いなさい」
私達が素直にあった事を話すと、今度は陛下が呆れてため息を吐いた。
「……話はわかった。フィリセリア嬢、またも愚息がーー」
私は陛下が謝罪しようとするのを手をかざして止めた。
「確かに私に危害を加えたのは陛下の子息であるデビッド皇子です。けれど、私を救ってくれたのも陛下の子息であるヴァシュロン皇子です。そして、陛下は実子でもない私の言葉にまで耳を傾けてくださいました」
「……」
「陛下の子息であるお二人が両方とも私に危害を加えるような人物であったなら、失礼ながら陛下の子息たちに対する態度にも何かしらあるのではと思うところです。しかし、そうでは無いではありませんか」
「ダビッドはあの様だが、ヴァシュロンはそうでは無いから私のせいでは無いと申すのか……」
「ええ。ダビッド殿下には……正直思うところもありますが……。陛下に非があるとは思っておりません。陛下は……素晴らしい人格の持ち主であると私は思っております」
「ふっ……今日ははっきりと物申すな?いや、良い。……あぁ、レストルーチェ公爵はフィリセリア嬢を養子に出してはくれぬだろうか……?」
「!?」
「絶対ダメですよ父上っ!何を言い出すのですか!」
陛下の漏らした発言に私も驚いたが、私以上にヴァシュロンが強く否定した。
皇族の養子になどそう簡単になれるはずがないし、そもそも基本的に皇族に対して養子縁組など行われない。
実力優先とはいえ、やはり皇族は血筋も最重要なのだ。
そこに貴族といえど他の血を混ぜるわけには行かないはずである。
「フィリセリア嬢であれば充分にーー」
「ダメですっ!絶対になりません父上!」
「ふむ……わかった」
陛下は、ヴァシュロンの言葉にため息を吐きわかったと答えた。
(目がまるで諦めていないように見えるのは気のせいと思いたいですわ……)




