36、別れの挨拶
第2章完結
次回から参照になります!
私は、今日中に帝都へ向けて発つことをお世話になった人達に伝えるため、ビエラと共にいつもの冒険者服で下街に来た。
「挨拶しておきたいのは、カル、シゲさん、ラズベリーさん……あと、帝都へ行ったら依頼を受けられないからその事をギルドに……」
「では、まずは冒険者ギルドですか」
「そうね。今の時間ならカルも依頼を受けにギルドに居る時間だと思うわ」
ここ最近は騎士団への指導を優先していたので、冒険者ギルドに足を運んだのは3日ぶりだ。
ギルド内はいつもと変わらない様子で皆、依頼板に集まって喧騒の中、依頼を吟味している。
カルもこの時間にはギルド内に居るはずだと見渡しながら探していると、依頼板の人ごみから赤髪の少年が飛び出して来たのが見えた。
「カル!!」
「ん?……おっ!フィル!」
私に気づくとカルは嬉しそうに走り寄ってきた。
「久しぶりじゃんか!ようやく家の用事が済んだのか?やっと一緒に依頼受けられるんだな!」
彼は、初めて会った時と変わらず強引で明るい笑顔を絶やさない。
そんなカルを見て私は、ついつられて笑顔になってしまうがこれから彼の顔を曇らせる事になると思うと私の笑顔はすぐに沈んだ。
「……ごめん」
「なんだ、家の用事まだ終わってないのか?忙しいのにわざわざ俺の様子見に来てくれたってことか!ありがとな!」
「ちが……」
「やべっ!今日は詰む薬草多いんだ!わざわざ来てくれてありがとなっ!」
カルはそう言うとあっという間に冒険者ギルドを飛び出して行ってしまった。
「あっ……。ああ〜言いそびれた……」
「まぁ、カルディナールですし仕方ありませんよ」
カルは日頃の依頼をこなす時にもあの調子で思い立ってはすぐ飛び出すので、共に行動していたビエラがしたり顔でそう言う。
「カルディナールにはギルド職員の方から伝えてもらいましょう?」
「………」
「大丈夫ですよ。また、フィルがここへ来れば良いのです。それに、カルディナールは冒険者ですから、いずれはここを出て彼の方から帝都へ来るかもしれませんよ?きっとまた会えます」
「うん……」
もし、帝都で再び会うことになったとして、その時の私は冒険者フィルではなく公爵令嬢フィリセリアだろう……。
そうわかってはいても帝都でカルと会えるかもしれないという事は私にとって、とても楽しみな事のように思え、少し笑みを零した。
****
冒険者ギルドの窓口職員に帝都行きの事を伝えると、冒険者が帝都へ向けて旅立つのは別段珍しくもないからか簡単な手続きだけで済んだ。
「結局、Bランクにはならないまま旅立って行かれるのですね……」
「旅というか、あちらに住むことになるだけなんだけどね?」
「むー……うちのギルドからのBランクとなればうちの格が上がったというのに……。まぁ、帝都でも頑張ってください。応援しています」
「ありがとう。お世話になりました」
次に向かったのは買い取り窓口のシゲさんのもとだ。
「おうフィル!あっちの窓口の会話聞こえてたぞ?帝都行きだって?」
「うん。シゲさんにもお世話になりました」
「いいっていいって!またこっちに来た時にいい素材を卸してくれりゃいいさ」
「あの……シゲさん。カルにも帝都行きの事を伝えておいて欲しいんだけど、頼んでいいかな?」
「カルの坊主に?自分で伝えた方が良いんじゃねーのか?」
私は、朝掲示板前で伝えようとしたら慌てて依頼の薬草詰みに行ってしまったため帝都行きを伝えそびれたのだという事を話した。
「帝都へ発つのは今日なんだ。だから、カルが依頼から戻ってから伝えるってことも出来なくて……」
「今日とはまた急だな……まぁ、詮索はしねーよ。わあった!帝都行きだな、伝えといてやる。フィル、向こう行っても元気にやれよ?」
「ありがとうシゲさん」
『 あとは武器防具屋のラズベリーさんにも伝えないと』と思い、出口の方へ向かうとギルド職員に呼び止められた。
「フィルさん、副ギルド長がお呼びです。どうぞこちらへ」
私はギルド職員に連れられるまま、ギルド二階の副ギルド長室へと足を運んだ。
(たぶんさっき受付のギルド職員に帝都行きを伝えたから伝わったんだね。挨拶するつもり無かったけど、冒険者になれたのは副ギルド長のお陰だし一言お礼言うべきかも)
コンコン
「副ギルド長、フィルさんをお連れしました」
「どうぞ」
副ギルド長のレンズ・フリーデスは、今にも眼鏡をクイッと直す仕草をしそうなほど眼鏡が似合うのに相変わらず裸眼だ。
「ご無沙汰しております。副ギルド長」
「フィル、この領地を出て帝都へ行くのだと聞いたが?」
「はい。急な連絡があって今日中にここを発つことになったんです」
(やっぱり、受付の職員から連絡がいってたんだね……。声もかけずにここを発とうとした事、怒られちゃうかな?)
「ギルドに冒険者の移動を制限する権利ありませんし、移動制限はしない事になっています。自由稼業な所が売りの冒険者達にそんな事をしてはギルドが冒険者達に嫌われてしまいますからね。それに、そもそも一冒険者が副ギルド長に目通りする事も希。そのように怯えずとも叱りなどしませんよ」
そう言われて私は知らずに強ばらせていた肩を戻した。
「はぁ」
「ただ……もっと魔法士としてのあなたの力を見たかったです……」
「あ〜……」
レストルーチェ騎士団員達には魔素魔力のつくり方を教えたと伝えようかと一瞬思ったが、そしたら私が公爵家の者だとバレると気付いた。
「あはは……」
まだ、身分までバレらすつもりは無いので笑って適当にはぐらかす。
「……帝都で魔法士として動くならフリーデス家に一筆入れて魔術師団に入れるよう打診も出来ますが?あなたなら魔術の習得も恐ろしく早いのできっと魔術師団でもーー」
「お断りします!」
副ギルド長が親族の伝手を使って自分を囲い込もうとしているように感じた私は、話を断ち切って申し出をお断りした。
「残念。恩を売れば、よりあなたの力を見せてもらえるかと思ったのですがね」
(やっぱり!そんな事だと思った!)
「魔術師団に入ったら冒険者業出来ませんよ?ギルドより自分の趣味が優先なのですか?」
「他所のギルドでの活躍など私には利になりませんからね。まぁ、帝都でも頑張ってください。面白い噂が聞ける事でも期待しています」
「ゔ……。副ギルド長、冒険者になれたのはあなたのお陰です……ありがとうございました!」
『噂なんて立てない!』なんて自信を持って言うことも出来ず、そこは濁して件のお礼を言うと副ギルド長は柔らかい表情で笑みを浮かべた。
****
ギルドを出たあと武器防具屋のラズベリーさんにも挨拶をして、領地の屋敷へと戻った時には既に馬車の積荷が済んでいた。
「フィリセリア様!移動の荷物は全て積み終えましたよ。あとは、フィリセリア様のお召替えだけです」
「わかったわ。お願いねリリア」
領地へ来てからまだひと月と経っていないが、色々なことを経験して、帝都の屋敷で過ごしていた時より遥かに充実して過ごせた。
多くの人と関わり、親しくなって……共に過ごして……。
寂しさで泣き出しそうになりながら玄関ホールへ向かうと使用人も騎士団のみんなも勢揃いしていた。
みんな私の事を優しい目で見ていて、それが私の涙腺を決壊させた。
「皆さん……ありがどうございました」
「ぜひ、またいらしてくださいフィリセリア様」
ランセインが全員を代表してそう言った。
みんなの目が全く同じ想いだということを何よりも語っている。
(こんなに嬉しいのは、はじめてかもしれない……)
みんなの見送りは玄関ホールまでだ。
帝都の家を出た時と状況はさして変わらないのに、短い間お世話になった領地を離れる今の方がずっと寂しさが募る。
馬車では、行きの時と同じく私とリリアの二人きり。
私は、領地へ来てから出会った人達、共に過ごした時間を思い出して涙ぐんだ。
「だの……しかった」
「それは良かったですね」
「ゔん……来て、良かった」
領地へ行きたいと言い出した時は、ただ剣や魔法を存分に試せる環境が欲しかっただけだった。
それらは充分達成され、さらにカルという友達が出来て、騎士団員のみんなとも打ち解けてきて、ビエラはいつも一緒にいる相棒のような存在で……。
彼らと過ごしたことで、より充実したものになった事は間違いなく、そして彼らと出会えたことは私の宝物だ。
「また、来たいな……」
「ええ、きっとまた来ましょうね」
領地行きの馬車は、楽しみに楽しみにしてとても長く感じたのに、帝都へ帰る馬車はとてもあっという間だった。




