20、親子の溝
部屋に軟禁されてからの3日間、特に不自由は無かった。
着飾ったり勉強したりという事は出来ないが、窓が無いだけで明かりは灯るので暗くないし、トイレもある。
風呂には浸かれないが、そもそも風呂に浸かるのは貴族くらいなものだ。
(むしろ魔力操作の訓練には最適ね。疲れたらいつでも昼寝できるもの)
『まぁねぇ〜』
『睡眠を取ると魔力回復しやすいですからね』
そんな会話を精霊達と行いながら魔力操作の訓練をしていると、外と繋がる扉にノックがされた。
コンコン
「公爵様がいらっしゃいました」
公爵の側仕えがそう告げると、側仕えは扉の外出待ち公爵は一人で軟禁部屋へ入って来た。
(お父様……)
公爵と会うのはあの帰還した翌日に成り済ましの偽物だと疑われた時以来だ。
正直、再会を喜べる心境になれず渋い顔をして公爵を迎えた。
対して公爵は、特にこれといった感情ののった顔はしていなかった。
「影からの報告では、誘拐犯たちの元に娘の姿は無く、犯人たちは娘が居なくなっていることに大変狼狽えているとの事だった」
「……」
「その後、誘拐犯達は雇い主に命じられたと思しき者達に皆殺しにされたとの事だ」
「……」
「……。そこで、お前に魔力審査を行おうと思う」
「魔力審査……?」
「……人にはそれぞれ固有の魔力があり、基本的に同じものは無い。故に、産まれてすぐ登録した魔力を貴族なら家に平民なら神殿に預ける」
「身分証明として?」
「身分証明であり、犯罪が行われた時に犯人を探すのにも使うものだ」
(つまり、捜索で行う指紋検査や血液検査というわけね……。これで、私が実の娘だと証明できるわ)
「わかりました。お願いします」
「わかった……しばらくここで待て」
****
公爵が退出してから30分も経っていないだろう。再びノックがあり、公爵が戻って来た。
手には先程は無かった透明なスマホくらいの大きさの黒い板と大人の手で握りきれるくらいの大きさの黒い水晶のようなものがあった。
「では、これを握りなさい」
差し出されたのは黒い水晶のような物。言われた通りにギュッと握ると石がほのかに光り、それと同時に黒い板も光った。
その板を眺めて直ぐに公爵は溜息をつき、私の方を向いた。
「……フィリスで間違いないな」
「……そう言ってます」
成り済ましの偽者だと思っている割には牢ではなく軟禁部屋へ通した。
そして、食事も普段の物を与えていた事から公爵が娘かもしれないと思っていた事には私も既に気づいている。
だが、素直に娘の言葉を聞いてくれなかった事にはまだ燻った思いがあり、つい口を尖らせて生意気な口調で答えた。
公爵は眉間に皺を寄せ、私は拗ねたままそっぽを向き続けてしばらく経ってから公爵の方が頭を下げた。
「……すまなかった」
「えっ!お父様?!」
「拐われたと聞いて気が動転していたのもある。敵が紛れ込んだ可能性が高い状況だったことを考えれば間違ったことはしていないと今も思ってはいる」
「私もそう思います……それは、わかっています」
「だが、実際は娘本人だった以上、聞く耳も持たずに罪人扱いした事は許し難い事だっただろう。故に……すまなかったフィリス」
「そんな……頭を下げたりしないでお父様!そうするのが当然だって私もわかってたの」
「……」
「それに、この部屋に通したのも……本当は信じてくれようとしてたのでしょう?」
「……状況的にはとても考えられない事だったが、部屋にいるフィリスを見た時どうしてもフィリスにしか思えなかったんだ」
「でも、成り済ましの偽者の可能性がある以上下手には出られなかった……のよね?」
「ああ」
公爵がいつまでも気落ちした様子で居るので、私は仕方ないなと思いながら公爵に抱きついた。
「もう、怒っても拗ねてもいません。だから……お父様ももう自分を許してください」
「フィリス……」
「それに、疑わしい状況になったのは私のせいでもあるのですから……」
「……」
公爵も拐われた先で私が父様の放った影に救い出されて無事帰ってきたのなら、こんな回りくどいことはせずに済んだ。
とても、歩いて1日では済まない距離を増して4歳の子供が数時間で戻って来た。
そんな、不可能な状態だったからこそ疑わしい状況となったのだ。
「何があったか話してもらえるか?」
どう見ても疑わしい状況でも信じたいと思って良い待遇に置いてくれた公爵だ。
この人なら精霊魔法の事を話しても味方で居てくれるのではという思いがあった。
だが、公爵が私に関心を示してくれ始めたのはつい最近であり、それまでは仕事の忙しさもあり全く顔を合わせることもなかった。
完全に心を許して全てを話す程はまだ信用出来なかった。
「……ごめんなさい。全ては言えません」
「……では、答えられる範囲で答えてくれ。誘拐されたのは暖色の庭だったな?誰かに誘い出されたということは無いか?」
「ありません。自分の意思で息抜きに暖色の庭へ行って、しばらく休んでから部屋に戻ろうとした時に意識を失いました」
「拐われた先ではどうだった?」
「目を覚ますと手足を縛られていて目元にも布を巻かれていました。あと、その上から袋を被せられていたみたいで……」
「なるほど、拐われた先の景色は見ていないと……。その後は?」
「……その後は眠って、起きたら自分の部屋でした」
精霊と契約したこと、精霊魔法で屋敷へ戻った事。その後、自室で眠りの魔法をかけられたことを大きく端折るとそういう事になるので嘘は言っていない。
「……そこは言えないという事か」
「……嘘は言っていません」
「質問をしたい。その事を伏せたいのは、誰かを庇うためか?それともその手段を人に知られてはまずいと思うからか?」
公爵は、ある程度の予測が立っているのかそう質問をしてきた。
恐らく、短時間で長距離を移動したのは人に言えない何者かの協力を得た。
もしくは、私が何かしらの手段、能力を持っていてあえて伏せようとしていると考えているようだ。
(さすがお父様……ほぼ正解を当ててる。でも、精霊魔法だとまではわかっていないはず……まだ言えないわ)
「庇う相手はいません……」
「……後者という事か」
1つ目の質問ははっきりと否定し、2つ目の質問はあえて否定しなかった。
つまりは、公爵も知らせる相手として相応しくないと判断されているという事。
その事に娘との溝の深さを感じるようで、公爵は少し暗い顔をした。
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(´∀`*)




