2、文武両道をめざして
ただ黙々と求められる事柄をクリアしていくうちに、どの分野においても就学までに必要な能力に追いつくまでそう時間はかからなかった。
(目の前のことに真剣に取り組むと決めて頑張り始めてから2ヶ月ほどですか……)
私はマナー、語学、算学、歴史、地理、貴族名の暗記……様々なことを6歳の就学までに必要なところまで学び終えた。
その速さは専属の先生方を皆驚かせた。
なにせまだ私は3歳半になったばかりなのだから周囲の反応は当然のものだった。
(でも、まだ不足なんだわ……あの焦燥感が全然拭えない。貴族令嬢として必要なことを身につけるだけでは足りないのね)
「なら、体力づくりをして文武両道でも目指したらいいのかしら……」
「フィリセリア様?体力づくりをなさるんですか?」
「あら、声に出ていたのね。ええ、今まで通り勉強もするけれど体力もつけておこうかと思うの」
「今までの勉強に加えてですか!?そんな無理なさったら体を壊してしまいますよ?」
「無理はしないわ。初めのうちは本当に体力をつけていく程度にしかやらないつもりよ?全く体を動かさず勉強ばかりというのも体に触るじゃない?」
「そう……ですね。しかし、無理はなさらないでくださいね?勉強は今までより少し控えてその分を体力づくりに当てるくらいに致しましょう」
「そうね。わかったわ」
(とりあえず、お父様に相談かしら?体力づくりと言っても何からすればいいのか分からないもの……)
今日は公爵が久方ぶりに皇城勤めではなく、屋敷で公爵家の書類仕事をしているはずだ。
思い立ったが吉日と思い、私はそのまま父シディス・レストルーチェ公爵の書斎へ向かった。
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「お父様、フィリセリアです」
「フィリス……?入れ」
私が書斎のドアをノックして声をかければ不思議そうな返事とともに入室の許可の返答があった。
透き通るような銀の髪は書物が痛まないようにほぼ締め切られた書斎ではあまり光を返さないがそれでもとても美しい手入れされたもの。
そして、黒にも近い深い緑の瞳はこちらに目もくれずひたすら書類の字を追っている。
「どうした?何か問題でも?近頃はよく勉学に励み良い成績を残していると聞いているが?」
公爵は忙しいようで書類整理の手を止めることなく、目線も書類に向けたまま矢継ぎ早に質問をしてきた。
(お父様はいつもそうね……。帝国の宰相なんだもの……屋敷にいる時でもお忙しいのは仕方ないわ。でも……1度も目を合わせていただいたこともないなんて、少し寂しい)
「問題は特にございません。ただ、勉学のスケジュールを少し変えたいのです」
「就学に間に合う程度に勉強できたくらいで甘えるのか?」
よくやく向けられた目は鋭く、つい後退りしそうになった。
でも、何も手を抜こうという気は無いのだから自分に非はないと自らを奮い立たせて公爵に向き合った。
「勉強量を減らそうとは思っていません。しかし、体力づくりにも時間を当てたいと思ったのです。そのためには勉強時間を少し体力づくりの時間に当てたいと思いましたの」
「体力づくり?貴族令嬢にそれほど必要な要素でもあるまい。それよりも就学後に学ぶことを予習しておいたり花嫁修業を始める方がよっぽど建設的では無いのか?」
「それらも進んで行っていこうとは思います。ですが、文武両道な令嬢になるためには体力づくりも早くから行った方がいいと思ったのです」
それを聞いた公爵はそれまで鋭かった眼光がパッと消え失せ。
キョトンとした顔をすると途端に笑いだした。
「っく。はははっ!文武両道な令嬢!その発想はなかったな!普通はお淑やかな社交界の華を目指すものだが……プククッそうか、文武両道な令嬢か」
「っ!冗談ではございません!本当に目指そうと思っているのです!」
「わかった。わかった。よかろう。騎士団の訓練場の片隅でも貸してやる。出来次第では騎士団の訓練に混ざっても構わん」
「!よろしいのですか……?」
「ああ、良い。できる所までやってみるが良い。騎士団の方にも声を掛けてやろう。だが、お前はまだお披露目前だ。5歳のお披露目までは騎士団にも合わせるわけにいかん。それまでは庭を駆けるなり乗馬訓練なり木刀を振るなどして自主練に励む事だな。よもや、乗馬をできるようになる程度で文武両道などとは言うまい?」
「もちろんです!乗馬はもちろん剣も扱える令嬢になりたいと思っております!」
「ックク。いいぞ。だが、勉学も手を緩めるな?花嫁修業もだ。もし、他が疎かになるようなら騎士団に話をつける件も無効。自主練も却下で勉学と花嫁修業に専念してもらうぞ?5歳のお披露目まで手を緩めず向上心を持ち続ける事を期待する」
「はい!ありがとうございますお父様」
文武両道になれば大抵の事は乗り越えられるはず。
そうすればこの焦燥感も拭えるかもしれない。
そう願って私は自分へ新たに課した課題を乗り越えていく決心を固めた。