54、戦場の光
(お願いやめて。どうか届いて)
思いが溢れると自然と歌が口から溢れ出した。
私が歌を口ずさむのに合わせて光が弾け広がる。
歌は風魔法を帯びているのか広く遠くまで響いた。
戦場の猛者たちは微かに聞こえる歌になど気付かず、不思議と癒える身体に自信を持ち、更に戦いを激しくさせる。
「……悪化している。自分が無敵にでもなったと思って、むしろ無鉄砲なほどに攻撃の手を強めている」
レンは戦争が先程より更に荒れているのを見て『戦争は止められるものでは無い』と諦めかけた。
だが、次第に猛者たちも異常に気づく。
回復しているのは自分だけではなく、相手もだ。
そして、どんなに傷つけても傷つけた事実すらないかのように癒えてしまう。
傷つけても傷つかないのでは我武者羅に攻撃し続けるのは無駄だ。
どの猛者も徐々に攻撃を弱め様子見をするようになった。
初めに気づいたのは、身動きが取れないほど傷つき倒れていた瀕死の者。
癒えて動けるようになって見上げた空に、太陽より柔らかく暖かい光があった。
戦争の怒号や爆音が収まると、微かに聞こえていた歌は確かなものとして皆の耳に届いた。
「アマテラス」
「アマテラス大御神」
猛者達はワディス国に古くから伝わる太陽神の名を口にして、空に輝く光を崇めた。
「こんな事が……。フィル、君は……」
「……。音が、止んでる。終わったの?」
「フィル!うん。フィルが……フィルが戦争を止めてくれたんだ」
歌をやめて目を開けてみると、先程まで争っていた双方共戦いを辞めてこちらを見上げていた。
完全に平伏し崇めてくる者や歓声をあげるものもいる状況で、この状況はまずいということだけはわかった。
(周囲の魔素が感じられない。また、あの力を使ったのね。……前回も今回も願いと同時に。それになんとなくだけれど、魔法とも違う感じがする。と、とにかくこの場を去らないと!)
私は戦場の人々は癒しの光が収まって姿を見られてしまう前に、グレに指示してとにかくその場から飛び去った。
****
戦場を飛び去った後、戦場周辺に居たくなくてしばらく遠方へと飛び続けたがレンはしっかりと後を追って来てくれていた。
纏っていた光は割と直ぐに収まって、今はすっかり元通り。
私は戦場の人達に本来の姿を目撃されなかった事に胸をなで下ろした。
「フィル。あまり遠くへ行き過ぎると、僕も土地勘がないので案内が難しいです。そろそろ戻りませんか?光も収まったようですし」
「そうだね……うん。戻ろうか」
戦場の辺りには近付かないようにして目的の城を目指す。
降りる場所は外壁から少し離れた所にして、そこからは歩いて行こう、などお互いに今後の動きを確認しつつ飛竜による飛行を続けた。
「……フィル」
「う……聞かれてもあまり答えられないよ?多分」
自分でもこの癒しの力は不明な事が多いし掴みどころがいまいち無い感触なので、伝えにくいのだ。
「そうですね。フィルになら人に言えない秘密くらい沢山ありそうです。大丈夫。聞き出そうとなんてしませんよ」
「あ、ありがとう」
「あの……、姉上の所に寄らせてもらいたいなと思いまして……。ちゃんと、無事かどうか自分の目で見ておきたいのです」
「!そうだよね!そのために来たんだから。僕こそごめん。あ〜……どの辺かわかる?」
幸いレンの知っている辺りまで引き返せていたようで、レンの案内でワディス国の中心に建つテンショウ城近くまで戻って来ることができた。
「この辺りで降りようか?」
「そうしましょう。これ以上近づくと飛竜の姿を見られてしまうでしょうから」
私達はテンショウ城より20kmくらい離れた森に飛竜で降り、歩いて城へと向う事にした。
ここまで乗せてきてくれたグレとレニは、自給自足の為に早速狩りへと向かったようだ。
「知らない土地ですが……飛竜達とちゃんと合流できるのでしょうか?」
「大丈夫だよ。どこにいても呼び出せると思う」
影さえあれば希闇が探してくれるだろうし、翡翠に頼んで呼んできてもらうこともできる。
まぁ、それほど遠くなければ心話で届くと思うので飛竜達と別行動になることに対して不安は無い。
(薬草探しの時も問題なくやり取りできていたし、かなりの範囲で心話が出来ると思う)
****
城下街へ着くまでの道程はなんら問題なく、3回ほど魔物に邂逅しただけで済んだ。
生えている草木もどことなく日本に似ていて、少し湿気の強い感じの森。
魔力探知で感じた魔物もスライムや蛙型、虫系と何となくジメッとしたものが多かった。
紅葉した落ち葉が敷き詰められた湿った地を踏み歩く。
「あ、見えましたね。城壁です」
「上空から見たお城を囲ってた城壁は石造りだったけど、さらに外の城壁は木製なんだね」
「城壁の入口はこの先のようですね」
朝や夕方は込み合う城壁出入口だが、今はまだ日中。
城壁門に並んでそれほど経たずに私達の番となった。
冒険者ギルドの冒険者証明は一部を除き、ほとんどの土地への通行手形として使える。
私達も冒険者証明の提示のみですんなりとワディス国王都、テンショウへと入った。
「人……少なめ?」
「戦時中ですからね。男手は戦場へ出て居るので総数が少ないですし、増税もしているでしょうから家計が厳しくて買い物にもあまり出なくなる」
「そっか……だから、王都なのに活気が感じられないんだね」
街の人達は皆、私達を横目で見ては少し警戒した様子で足早に去る。
「警戒されてる……」
「戦時中だから敵方の刺客が来ないとも限らないですからね。まぁ、今回の戦いは身内同士のものなのでむしろ他国から来た私達に対してはまだ警戒が薄い方です」
「じゃあ、門をあっさり通れたのも不思議なくらい国内は緊張状態……?」
「門をすんなりと通れたのは、恐らく私の証明を見て、姉上の身内と知っての事だと思いますよ。なので……ほら、来ました」
レンの目線の先へ目を向けると、城から来たらしい侍姿の役人が真っ直ぐ私達の元へと歩いて来ていた。
そして彼等は、私とレンの前まで来ると片膝を付きこう告げる。
「ティルス・シャルディルチア帝国カルマ公爵家御次男、王妃マヤ様の弟君、レン・ガルマ様とお見受け致します。天正城への乗り物を御用意致しましたので、どうか登城願います」
「わかった。こちらとしても姉上に逢いに来たところ、車の手配大いに助かる」
「はっ。そちらのお連れ様もどうぞお乗り下さい」
「助かります」
乗せてもらったのは人力車で、車を引く人は専任の人がいて、呼びに来た役人さん2人はその人力車を護衛するように左右に付いて城まで同行する。
私達は人力車に乗ったままテンショウ城敷地内に入り、しばらくそのまま進むと本城と思われる一際高い建物の前で止まった。
「どうぞこちらへ。帝国には無い文化とは思いますが、我が国では御履物……」
「……ん?なにか?」
私は前世の記憶もあったので、玄関入口の段差を見てすぐに履物を脱ぎ、片膝になって着くを綺麗に揃えているところだった。
「あっ、靴箱に入れるべきでした?」
「い、いえ。お連れ様は随分とこちらの文化に精通してらっしゃるのですね……。履物はその場に置いておいて下さいませ。靴揃えもこちらで行います故、お気になさらず」
帝国には靴を脱ぐような文化は無い。
帝国のみならず、靴を脱いで座敷に上がるような文化は世界的に見てもこのワディス国だけだ。
そのため、言われるまでもなく靴を脱ぎ尚且つ綺麗に履物を揃え直した私に2人とも驚いたのだと言われてから気付いた。
まぁ、レンが驚いたのは一瞬の事で今は自慢げにすら見える笑顔でこちらを見ている。
(……多分『さすがは知のレストルーチェ』とか思ってるんだろうな。その方が楽だしそのままでいいや)




