53、ワディス国へ
自主訓練をしながら過ごすと、次のパーティ活動まであっという間だった。
家を出る時に飛竜達に『今日もお願いね』と声をかけてから、待ち合わせ場所の帝都ギルドへと向かう。
「え?カルは来ないの?」
「ええ。護衛依頼が予定通りであれば既に終わっている日数だったのですが、依頼者の都合もあって延長になったそうです」
「そうなんだ……まぁ、護衛依頼が延びたんじゃしょうがないよね。じゃあ、今日はどうしようか?」
「あの……よろしければ、私の家の領地へ行きませんか?あの辺にも手頃な魔物の居る場所があるんです」
「いいね!この前は僕の方の領地だったし」
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話が決まると私達は飛竜に乗ってガルマ公爵領へと向かった。
ガルマ公爵領は帝都から見て東の方向、レストルーチェ公爵領は帝都から北にあるので公爵家間では東隣の領地ということになる。
飛竜に乗って過ぎ去っていく景色は次第に竹林が増えてきて、見慣れた広葉樹よりも竹林の方が多くなって行った。
ガルマ公爵領の領主街より少し外れた所に飛竜で降りて、そこから歩いて街へ入る。
「うわぁ……想像してたけど凄い」
建てられている家は全て、木と竹で組み合わせて作られた竹の家で高床式造り。
各家々の軒下には風鈴が飾られ、至る所からチリチリンと心地いい音がする。
竹林をくり抜いて作ったようなその街は、帝都ともレストルーチェ領ともまるで違う様相だった。
「竹が多かったから、もしかして家を建てるのに竹を使っているかもしれないとは思ったけれど……まるで違う国みたいだ」
「竹林が多く木材が採れない土地柄なので昔からこういった建て方をしています。私も帝都へ初めて行った時は、別の国へ来たようだと思いましたよ」
景色に魅入られながら、レンの案内で冒険者ギルドガルマ支部へと向かう。
着いたガルマ支部も当然、竹建築で造られた建物でギルドだとは思えない見た目だ。
「レン様っ!」
「ギル……」
「ああっと……名前の呼び方をまずった事への叱責は後回しにしてください。急ぎの連絡が……」
ギルドへ入る所だったレンを呼び止めた顔を隠した男は、急ぎ連絡をレンに耳打ちする。
それを聞いて、レンの目に動揺の感情が揺れる。
そして、悩むように俯いてから私へと向きあった。
「頼みがあります。とても日帰りでは済まないのですが……どうしても、どうしても向かいたい所があるのです」
「日帰りで行ける距離じゃない所へ飛竜で?」
「……はい。ワディス国へ飛竜を飛ばしてもらえませんか?」
ワディス国といえば、レンのお披露目会の時聞いた姉君マヤ様の嫁ぎ先だ。
レンがここまで動揺するのだ。
きっと、マヤ様に何かあったのだろうと推測出来る。
「……いいですよ。ただ、レンの信用できる者に僕の家へ数日帰れないかもしれない旨を伝えさせてください」
「承知しました。ありがとうフィル」
(翡翠、風の精霊である貴方ならお父様に声を伝えられるよね?翡翠からも伝えてくれる?)
『わかった!』
姿の見えない精霊の声を信じてくれるか、急に訪問したガルマ家の人間を信用してくれるか分からないが、信じるしかない。
冒険者活動を陰ながら認めてくれる父様なら分かってくれると信じて、私はレンと共に飛竜に乗って海より遥かに東、ワディス国へと向かった。
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飛竜で高速で飛ぶ間の風の膜は翡翠の代わりに私が張っていた。
レンが物言いたげに私の方を見続けるが、風の膜もあるので声を伝えることは出来ない。
『ちゃんと伝えたよ〜』
(あ、おかえり。ありがと翡翠)
『風の膜変わろうかー?』
(それより、レンと会話出来るようにしてもらえない?風の膜の維持は私が続けるから)
『両方できるよ大丈夫〜』
そう言って翡翠はあっさり風の膜の維持と声を伝える事を同時に行った。
こういった自分の属性に関することなら多重していても可能な当たりはさすが精霊だなと思いつつ、レンに声をかけてみる。
「レン。聞こえる?風魔術で伝えられるか試したのだけど」
「あ!はい。聞こえます。風魔術でそんな事が……フィルは本当に凄いですね」
本当は声を届けられるようにしてくれたのは翡翠だが、レンは私の精霊を未だ光の精霊白妃だけと思っているはずだ。
なので、念の為翡翠のことは言わなかった。
「その……まさか即決で行くことを許してもらえるとは、思っていませんでした。急な事だったのに本当にありがとうございます」
「だって、マヤ様に何かあったんでしょう?」
「……元々、ワディス国は島国でありながら国内戦争が頻繁な国なのですが、ここ最近は更にそれが激化していました」
今のワディス国は戦国時代の日本のような国らしい。
「そんな状態が続いているので心配していたのですが、母の元に姉上から『もうこれまでかもしれません。私の命も長くは持たないでしょう。今までありがとうございました』という文が届いたとか」
「え……マヤ様は国妃でしょう?国内の戦争が激化しているとはいえ、まさか王族を狙うなんて……。国内の領主同士が争いあっているだけでは無いの?」
「普段の国内戦争の内容ならそうですが、今回は王弟が国王の座を狙って領主達と手を組んだと聞いています」
「じゃあ、現王対王弟で今争っているの?それで、現王の妃であるマヤ様の身も危ないと……」
「そうです」
国内が大規模の戦争中で身内の身が今まさに危ないかもしれないとなれば、いくら普段冷静なレンも取り乱して当然だ。
「着いてから……どういたらいい?」
「分からない……。ごめん、とにかく姉上の身が心配で……。僕が飛竜を飛ばして欲しいと言ったのに……」
「実の姉が危ないかもしれないんだから、急いで向かいたいのは当然でしょ。……マヤ様だけでも守れるように頑張ろう」
「……うん」
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ワディス国が見えてからは、レンの記憶を頼りに国の中心へと向かう。
王城は予想通り日本の城に酷似した作りをしていて、周辺には自然が多い……のだが。
そのすぐ近くの平野で行われる惨劇が酷過ぎて、美しい景色にはとても目を向けられない。
「「わあああ「あぐっ」「がぁっ」」」
戦争の鬨の声とそこかしこから微かに聞こえる断末魔。
濃い鉄の匂い、生臭い匂い。
立ち込める火薬の煙に斬撃のキンキンと甲高い音。
耳も鼻もおかしくなりそうな怒号の中、次々と打ち捨てられていく死体は、他の誰かの足に踏みつけられていく。
「……こんな」
「……これが戦争です」
今すぐやめて欲しい。
それ以上、怪我を負うことすらして欲しくない。
勝手な私の想いだが、そう思わずに居られなかった。
「フィル!?」
私はいつの間にかに目を閉じ、手を組んでいた。
私を包み私から広がる光は……まさに、ヴァシュロンを死毒から救った時と同じもの。
(お願いやめて。どうか、届いて)




