42、彼女の居ない学院生活(ヴァシュロン視点)
フィリセリアが帝都郊外の実家に帰った翌日の昼頃にその伝言はあった。
僕はその伝言を聞き、彼女に帰省期間をちゃんと聞かなかった事を今とても後悔している。
「……誕生日祝いをご実家でしたら直ぐに帰ってくるものと思っていたのに」
伝言内容は、次学期が始まるまで学院に帰らないというものだった。
まぁ、勉学の予習も済んでしまって他に学院でやらなければならない事も無いから帰省したのだ。
次学期まで帰ってくる理由は無い……。
実際、他の修学院生達は学期頭の試験を合格すれば、皆実家へ帰って戻って来ないのが常だ。
よくある事、皆していること……だが、それでも僕の胸は痛んだ。
「……ずっとそばに居て楽しく学園生活を過ごすものと思っていました。フィリセリア……」
勝手な思い込み、気持ちの押し付けだとは気付きつつも、僕の胸はモヤモヤとし続けた。
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フィリセリアが実家に帰った翌日の朝から僕の学園生活が一転した。
それまでは公爵令嬢であるフィリセリアが傍に居た事で、公爵家に遠慮して僕に近づいて来なかった多くの貴族令嬢達が僕の元へと止めどなく来たのだ。
「帝国の星ヴァシュロン殿下にご挨拶申し上げますわ。本日も殿下は凛々しくていらっしゃる……。やはり、剣術を嗜まれるからですの?」
「ヴァシュロン殿下、是非今度ティータイムでお話でも!他にも幾人ものご令嬢が殿下をお待ちしておりますのよ?城下街一の菓子職人が作ったものをご用意致しますのでーー」
「待って、いくらなんでも図々しいわよ貴女」
「ヴァシュロン殿下、博識な殿下に教えていただきたい勉強箇所がありまして、是非ご一緒に図書館でーー」
「ヴァシュロン殿下ーー」
僕に群がる貴族令嬢達は皆、なんとかして僕との時間を持とうとあれこれと朝から騒ぎ立てる。
(兄上は喜びそうですけれどね……)
兄の第一皇子ダビッドならばこの状況を喜んで受けいれ、全てを予定に組むのだろう。
ある意味、器が広いのかもしれない……と僕は少し思った。
(まぁ、兄上なら勉学のお誘いは断りそうですけれどね)
僕が聞いているふりをして笑顔を保ちつつ、彼女達に内心うんざりしていると、騒ぎ立てる令嬢達に割って入るように一人の令嬢が現れた。
「皆様、フィリセリア様が居なくなった途端そのように大勢に話しかけられては殿下がお困りになりますわ」
「「ミミラティス様……」」
「ミミラティス嬢?確か君は……お披露目会でフィリセリア様と一緒に過ごしていた令嬢達の和に居たね」
「あら、殿下にご存知頂いていたなんて光栄ですわ。パーティでお逢いした際にはフィリセリア様にとても良くして頂いております」
「そうか」
フィリセリアの知り合い。
僕には、それだけで他の令嬢達より余程好感が持てた。
「あの……よろしければ私と図書館で勉強でも……。あっ、今学期の試験は合格していて、今学期分は終えているのですが……」
「ああ、僕も今学期来学期の勉強を既に全て終えている。……それ以降の勉強でも良ければご一緒しよう」
他の自己主張の強い令嬢達と違い、控えめに願い出てくるところも好感が持てる点となった。
僕は彼女ならば他の令嬢達より親しみが持てそうだと思い、僕は彼女の誘いを受ける事にした。
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それからというものミミラティス嬢と僕は共に過ごす事が増えていった。
ミミラティス嬢は、図書館での勉強も昼食も剣術の練習の時ですらついて来る。
フィリセリアが居た時の状況に近いので、僕は違和感を感じつつも居心地はそれほど悪いと思っていなかった。
だが、まるでフィリセリアの代わりにミミラティス令嬢が居るかのような状況に、周囲は勝手な噂を立て始めた。
『ヴァシュロン殿下はフィリセリア様からミミラティス様に乗り換えた』
『ミミラティス様がヴァシュロン様の婚約者内定』
『ヴァシュロン殿下とフィリセリア様はただの友人に過ぎなかった』
だが、学院に残る学生のほとんどがそれらの噂話を知る頃になっても、ヴァシュロンの耳には1つとして入ってくることは無かった。




