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36、久方ぶりの帰宅

  翌朝、私は公爵家へと戻った。


  同じ帝国内なので学院から公爵家までは差程かからず、事前に帰宅時間を聞いていた母様とファディが出迎えてくれる。



「おかえりなさいフィリス」


「ふいすっ!」


「!……ファディが呼んだわ!あ、えと、ただいま帰りました」



  ファディの成長に思わず驚きの声をあげてしまったが、挨拶が先だと慌ててカーテシーをした。



「ふふっ。ファディも成長しているでしょう?でも……フィリスが小さい時は言葉を覚えるのも走り出すのももっと早かったように思うのよね……」


(それは、3歳以降の努力をし始めた私と比較してしまっているのではないでしょうか?)


「子どもの成長はそれぞれと言いますわ。ある程度になればどの子どもも同じように話し同じように走ります。心配いりませんわ」


「そう……ね。他のご婦人たちも同じように言ってたわ。ふふ。こうやってファディの成長をあなたと分かちあったり何気ない会話をしたりしたかったのよ。本当におかえりなさい」



  自室への荷運びはリリアに任せて、私はそのまま、母様、ファディと共にリビングに向かった。


  会話に上がるのは学院での事、ファディの成長、父様が私の時と違いファディの成長度合いをまだかまだかと気にかけている事などだ。



「ファディの成長を?」


「ええ、そろそろ家庭教師をつけるべきか?とか今のうちから外国語に馴れさせるべきではとか仰るのよ?」


「ファディは我が家の大事な跡取りですからお父様も気にかけてらっしゃるのですね」


「ふふ。それだけではないわ。あなたの存在があったからよ」


「私ですか?」



  母様が言うには他のお家では教育を始めるとしてもそんなに急ぎはしないそうだ。

  マナーや貴族の振る舞い、言葉遣いについては早いうちから矯正するが、外国語学習や読み書きなどの学習は早過ぎるとの事。



「フィリスは何を学ぶにも吸収が早いから、4歳を過ぎてから色々学ばせるようになったのを少し後悔しているようなのよ」


「後悔……」



  『後悔』と聞いて表情を暗くした私を母様は優しく笑った。



「学ばせなければ良かったと言う意味ではないわ。もっと早くに関心を持って色んな事を学ばせていれば良かったと思ってらっしゃるのよ」


「そう……ですか。それでファディには早くから家庭教師をつけようと?」


(ファディは私が4歳になってすぐに生まれたので今は3歳手前よね?さすがに読み書きは無理ではないかしら……指先に力が入らないですし)


「関心を持ってくれるのは嬉しいのですけれど、まだファディも幼いし早気もするのよね」


「あでぃー?」



  お気に入りの木や布の玩具で遊んで居たファディが自分の名が出た事でこちらを振り向く。



「少しは言葉が増えているのだけれど、まだ自分の言いたいこともちゃんと言えない状態だもの。下手に外国語を教えたらファディが混乱してしまいそうだわ」


「私もそう思います」


「だーっこ!」



  私の近くに寄って来たファディを抱き上げると、ファディは嬉しそうに頭をグリグリと擦り付けてきた。



「重くなりましたねファディ。成長してるわ。……ファディにはファディの成長速度がありますしもう少し様子を見てあげた方がいいかもしれませんね。お母様、お父様はどちらに?」


「ごめんなさいね。せっかくフィリスの誕生日祝いをするというのにシディは今日も仕事で城に出ているの」


「そうなのですね。お父様はご多忙な方ですので気になさらないでください」


「今日は早めに帰るようにすると仰ってたから遅くはならないと思うわ。あっ!フィリスに渡さなければならない物があったのよ」



  母様は近くに控えていた自身の侍女に何か言うと私に渡すという物を取りに行かせた。



「はい。モーリスからよ」


「モーリス?」


(馬車の設計になにか……?いえ、そちらは完成したのですし物を応用した他の物を作ったから私に意見を求めたいとか?)



  魔収納の効果が付与された袋が侍女から母様に手渡され、それを使って母様が取り出したのはずっしりと何かが入った袋だった。



(魔収納の付与が成された袋ってかなり希少な物だったはず……。それより出されたこの袋は何かしら)



  母様が促すのでその袋を開けてみると入っていたのは凄い数の金貨だった。

  よく見れば金貨の100倍価値である白金貨もいくらか混ざっている。



「馬車の売上からフィリスの取り分ですって」


「わ、私、取り分は売上の1割と言いましたよね!?」


「そうよ。その取り分。無事に資金が増えて良かったわね」


(増やすつもりだったわけでは無いのですがっ!)



  売上の1割と言ったのは作製に関わったものとして少しくらいは返りみがあるのが当然と思っていたからだ。


  長い目で見て初期投資分が戻ればいいと思っていただけ。



「なぜ……こんな高額に」


「当然だと思うわよ?最新技術を使った快適な馬車。皇族御用達。1台辺り白金貨を下ることはないでしょうし、まだ生産が追い付かないから早期に買いたい人はオークションで落とすしか無いもの」


「は……白金貨を下らない?その上……オークションで値上がり……?」


「今回の馬車のオークションには外国の王侯貴族も参加していたとか。さすが耳が早いわよね〜」


「その、今回出された馬車の台数などは……」


「今回は4台だったわね」


(たった4台の馬車にこれだけの大金!?1台辺り一体どんな値がついたの!?売上の1割だけでこれって……)


「モーリスがすっごく喜んでいたわ。モリス商会の拡大も進めているそうよ。南部の方に支部も作って外国への進出もするのですって」


(今後も馬車を作って出す度に1台辺り白金貨……その1割ごと私のところに……?)



  冒険者活動で溜まったお金を消費するつもりが、ものすごい倍率で戻ってきた事に少し頭がクラクラする。



(何とかして使わないと国のお金が回らなくなるのでは?……あ)


「平民用の幼稚園でも作ろうかしら……いえ、保育園……そしたら働きやすくなる大人も出てくるのでは?子持ちの家庭への育児手当を与えるとか……医療制度……。保険制度を……」


「フィリス?」


「ふぇ?はい母様」


「よーち園、ほいく園、育児手当、医療制度、保険制度って何?」


「へっ!?声に出してました??」


「ええ。出てたわ」


「あの……えと」



  大金の使い所を思い付いて、つい口に出して呟いていたようだ。


  どれもこの世界には無いもの。


  医療制度はありそうなものだがそれも無いのだ。


  病院は医療を学んだ者が貴族相手に高額な治療費で対応する所で、平民などは民間の薬屋で薬を買うかギルドに頼んで冒険者に薬草を詰んできてもらったり、自身で森へ取りに行く。


  当然、軽い病気や怪我で平民が死ぬ事も少なくない。


  母様になら話しても大丈夫だろうと、私は思いついた施設や仕組みについて説明した。



「……それが実現したら」


「凄いたくさんの方が助かるでしょう?」


「……敵を増やすことになるわよ」


「え?」



  母様が言うには育児手当、医療制度、保険制度に関しては個人がやるには大事過ぎるという事。

  それらを実現するならば国を通さなくてはならず、そうなれば貴族達の反発は免れないとの事だ。



「よーち園、ほいく園もおそらく受け入れられないわ。平民達は長い目で先を見ることに慣れていないの。目先の労働力が無くなるとしか目に映らないと思うわ」



  そうなれば幼稚園、保育園に子どもが来ずただ雇った人にお金を払うだけの無意味なものとなる。



「う……」


「考えは素敵なのだけれど。今の在り方を大きく変えるものだから古参の者から絶対に反発はあるわ。まるで新しい国でも無ければ実現できるものでは無いわね」


「そう……ですか……」


「……もし、フィリスみたいな人が国の頂点に立ったならきっといい国が出来るのでしょうね」


「それは無理ですわお母様」



  私は母様のその言葉を軽い冗談だと思って笑い返した。

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